第6話:海上の攻防2
その頃、司令室ではリンがミユウと二人だけで、新たな動きを見せ始めた事態への対応を協議していた。
余人を交えずに、司令と副司令だけでの密談という形にしたのは、人工知能とはいえ、電脳謀反へのアメリカ参戦という国際問題への対処に、人類側の代表たるリンが苦慮していたからである。
将たる者は、けっして下に弱さは見せない―――それは、己を信じ、支えてくれる仲間に不安を与え、ひいてはそれが仲間を死地に追い込む事にもなりかねない。
そう己を強く律しているリンであったが、彼女も一人の女性であり、日本国内での内戦に続く日米交戦という、この未曾有の事態に、その心はギリギリにまで追い詰められていた。
そんな時、いつもリンはミユウと二人きりで話をする。別に弱音を吐く訳ではない。ただ話をするだけである。
だがミユウは、リンが自分だけを呼び出す時は、彼女が救いを求めている時だという事を理解している。だからミユウも普通に話す。特に慰めの言葉をかける訳でもない。ただそれだけで良いのだ。それが二人の絆であった。
「バクフの謀反から、もう半月も経つのに、国連が動かない……」
今回も普段と何も変わらぬ口調で、リンが口火を切った。
「そうね……いくらバクフの行動に、日本政府が静観を決めたといっても、ガーディアンを統括する国連が、動かないというのはおかしいわね」
ミユウもいつもの様に、冷静な口調を崩さずに相槌を打つ。
「アメリカの対応も気になる……」
リンたち、ミライミナト駐屯地の人馬戦車部隊は、やむを得ぬ事情とはいえ、同盟国アメリカと交戦したのだ。だが米軍は、リンが救助したトムキャットを回収すると、それ以後まるで何事もなかったかの様に、沈黙を貫いている。アメリカ政府から、国家レベルでの非難声明が出た様子もない。
「AI機とはいえ、私たちが交戦した事をまったく問題にしていない体だったわね……問題にできない何かがあるのかもね」
「ミサイルを使った事か?」
「それもあるけど、問題はもっと深いところにある気がするわ」
謎かけの様なミユウの言葉。だがリンは、聡明な洞察力に裏打ちされた、この言葉を聞く事で心に落ち着きが生まれてくる。まるでそれをせがむ様に、リンは問いを続ける。
「ミサイルを使ってでも、収拾したいなんらかの事態があったというのか?」
「国連規定で禁じられているジェット兵器を使用すれば、衛星監視システムで国連からその嫌疑をかけられるのは、アメリカ側も当然分かっていたはず……でも―――」
ミユウは一呼吸おいて、まっすぐにリンを見つめる。
「それが、日本の領海内でなら隠蔽可能という、確証があったとしたなら……」
「日本が関与しているというのか!?」
あまりの衝撃に、リンはつい声を荒げた。
「あくまでも推測よ。でも一蓮托生で、隠し通さなければならない何かを、日本とアメリカが共有しているとしたなら、すべての辻褄が合わないかしら?」
「――――――!」
想像もしなかった筋書きに、リンは言葉を失ってしまった。
もしミユウの推論が事実だとしたなら―――人工知能フロンティアに操られ、米軍空母から脱走したホーネット部隊に、米軍追撃部隊がミサイルを使用する事を、日本政府があらかじめ容認していたなら―――それを日本政府が、国内での偶発的事故と、国連に虚偽説明をしたなら―――そしてそれが、両国にとっての政治レベルでの、国益に繋がるとしたならば―――一連の流れは辻褄が合う。それに付随した日米交戦など、瑣末な事態なのだろう。
「あのね、リン……」
呆然とし続けるリンから顔をそむけながら、ミユウは口ごもる。そのらしくない態度にリンも我に返り、ミユウに目を移した。
「タカハネ……博士の事なんだけど……」
ミユウは今、自分たちが直面している電脳謀反の黒幕である、互いの恩師であるタカハネ=サツキを、かつての呼び名である『タカハネ博士』と呼んだ。リンに至っては、サツキを謀反人として―――そして自分をこの地獄に陥れた仇として、今や呼び捨てにしているのにだ。
「タカハネ博士は、ここまですべて見通していたんじゃないかと思うの……」
顔はそむけたまま、しかし目だけはしっかりとリンを見つめて、ミユウはそう言った。瞬間、リンの顔つきが険しくなった。
サツキが語った電脳謀反の目的は―――人類と人工知能の、人馬戦車をめぐる未来を、現代に具現化する事。
だがミユウが、サツキの狙いは他にもあると踏んでいるのは、マザ駐屯地制圧戦から、米軍AI機の襲来に急行する最中、交信をしてきたサツキへ、ミユウがそれを問いかけた事で、リンも把握している。
そして、それをサツキにはぐらかされて、さらに問いかけようとしたミユウの言葉を遮ったのは、リンであった。
その可能性に、リンが不快感を抱いているのは、ミユウも重々理解している。それでもミユウは言葉を重ねた。
「バクフが人類に人馬戦車の排除を宣言した事―――それをタカハネ博士が仕向けたのは、日本とアメリカに何か許されざる、未来をおびやかす重大な秘密があると掴んだからじゃ……そして、それが告発というレベルでは、けっして抗えない様な、それを具現化しなければ事態を収拾できない様な、とてつもなく大きなものだとしたら―――」
「やめろ!」
耐えかねた様に、リンは怒声を発した。だがミユウは怯まない。
「同盟国である日本とアメリカが、人馬戦車に関する秘匿を共有しているならば、それを制御するガーディアンの、バクフとフロンティアが共闘する事は予測できるわ。そこまでの道筋をつけるために、私たちは動かされていたとしたら。国連がいまだに動かないのも、すべてが明るみに出るまで、一部始終を見届けさせるために、タカハネ博士が働きかけているのだとしたら」
「やめろ、ミユウ!もういい!」
再びリンは叫びながら立ち上がると、肩を震わせながら荒い息を漏らし続けた。そして、クックックッと自嘲の笑い声を上げると、
「もし、そうだとしたら……私は道化だ……」
そう言いながら、片手で顔を覆った。
「彼女の筋書き通りに―――ミライミナト学園で見出され、人馬戦車のエースと持ち上げられ、米軍機開発のテストドライバーという栄誉を与えられ、そればかりか駐屯地司令という分不相応な地位に昇らされ……そのすべてが人工知能と戦うための手段だったと……私は作られた駒だったと……」
ここまで半ば笑いながら語ったリンは、語気を強めると、
「それを受け入れても、私の悔しさは消えなかった!人類のため、未来のために戦うと皆に言いながらも、私の心の中には、タカハネ=サツキに対する憎しみが渦巻いていた!それが私の支えだった!彼女に一矢でも報いる事で、私は救われたいとも、思っていたんだ!」
隠し続けていた思いの丈を、一息にわめき散らした。そしてギリギリと音が立つほど、歯をくいしばると、
「それがもし……私の逆恨みだとしたら……タカハネ=サツキは真に世界の未来を考え、私はそれを理解もできずに、表では偽善者の仮面を被りながら、姑息にもその仮面を使って復讐を期していたなんて……もし、それが真実なら……あまりにも惨めすぎる……」
もはや憎しみと自戒が、ないまぜになり、己を保てなくなった様に、リンの表情は混迷の極みを見せていた。
「リン!―――」
そこに響き渡ったのは、まるで平手を打つようなミユウの研ぎ澄まされた声だった。
「あなたが、それを認めたくないのは痛いほど分かるわ。だって、その痛みは……きっと誰にも……あなたしか理解できないものなのだから……」
「ミユウ……」
心から親友の痛みを憂う、ミユウの表情と言葉に、リンはただその名前を呼び返す事しかできない。
「でもね……辛くても、あなたはこの可能性を、胸に刻んでおくべきだと思うの……」
そこまで言うと、ミユウは最後の言葉を放った。
「人類の代表としてバクフと―――いやフロンティアも含めた、すべての人工知能と戦うと決めたのなら!」
それは今一度、リンの覚悟を問うものであった。そしてリンは、目を伏せた。
しばしの沈黙が、司令室を包む―――その間、リンの胸には様々な思いが去来していた。
不意に顔を上げたリンと、ミユウの目が合った。ミユウはずっとリンを、真っすぐに見つめ続けていた様だ。
「ありがとう、ミユウ……私は己が信じた道も、憎しみも、過ちも……すべてを背負って戦う……」
そう言ったリンの表情は、いつもの冷静沈着な統率者のそれに戻っていた。
「心は決まった?」
「ああ―――」
「打って出るのね―――ホーネットに向かって」
ミユウの問いに、リンは小さく、だが力強く頷いた。
「道は己で切り開く。それが、たとえあの人の仕組んだ道だとしても……私はそれを自分で選んで進むのだ」
「リン……」
もはや迷いは断ち切った―――そう感じたミユウは、立ち上がりリンに歩み寄ると、その体を包み込む様に、優しく抱きしめた。
「ミユウ……?」
突然の事に、リンは当惑を隠せない。
「リン……あなたは、とても強いわ……そして強くあろうと、いつも弱さを見せない様にしている……でもね―――」
そう言いながらミユウは、リンの頭を肩口に抱え込む―――これで、お互いの顔は見えなくなった。
「私の前でだけは……泣いてもいいのよ」
そう言うと、ミユウは目を閉じた。そして同じ様に、目を閉じたリンの頬に、一筋の涙が流れ落ちた。




