第6話:海上の攻防1
世界を統括する、人工知能ガーディアンシステムのアメリカ担当『フロンティア』の参戦は、リンたちヴァルキリー隊の戦略を大きく狂わせた。
人馬戦車の廃絶をハッキングという手段を用いて、一方的に人類に突きつけてきた、日本担当ガーディアン『バクフ』に対抗するべく、首都強襲を目論むヴァルキリー隊の足元をすくう様に、喉元のミライミナト湾岸部に、フロンティアは足止め部隊を差し向けてきた。
それに介入してきた米軍の窮地を救うべく、本意ならずも米軍AI機と交戦したヴァルキリー隊は、同盟国アメリカとの戦端を開いたという、微妙な立場に立たされたのだ。
共に人工知能に謀反を許した、同盟国である日本とアメリカ―――事態に不干渉を表明した日本政府と、それに積極介入してきたアメリカ政府、それぞれの隠された思惑が、日米交戦という看過せざる事態によって、明るみに出ようとしていた。
「違う、違う、違いますわよ!」
カノンの手厳しい怒声が、ミライミナト駐屯地のハンガーに響き渡る。
「なによ、アンタの言う通りにやってるじゃないのよ!」
「どこが言う通りなの!?さっきから同じところばっかり間違えて!」
アカネの抗弁に対して、カノンは聞く耳持たずとばかりに、再び激しい罵声を浴びせかける。
今、二人はハンガーで日本舞踊を舞っている―――それは、以前シオンから、姉のカノンが日本舞踊の名手だと聞きつけた、本来は舞踊科の学生であるアカネが、苦手とする日舞のテクニックを手に入れるべく、その手ほどきをせがんだからであった。
以前は、お互いのプライドをぶつけ合い、仇の様に反目し合っていた二人だったが、幾たびの修羅場を共にくぐり抜けた事によって、今では不器用ながら奇妙な友情を抱くまでになっている。
だがその根本は変わらず、お互い何かあれば口汚く罵り合う有様であり、今も日本舞踊の本質を理解しようとしないアカネに向かって、カノンの堪忍袋の緒が切れた様子であった。
「日本舞踊は、あなたが今までやってきた西洋のダンスとは違って、飛んで跳ねてじゃないのですよ!」
「いつアタシが、飛んで跳ねてるっていうのよ!?アンタの手本通り、ちゃんとすり足で進んでるじゃない!」
「形だけはその通りですわ……ですが、あなたの所作はすべてが勢いにまかせています。西洋のダンスは跳躍や回転に勢いを利用するものですが、日本舞踊とは流れ―――すなわち流れるような動きの中に、けっしてぶれない『軸』が存在するのです!」
「ぶれない……軸……」
辛辣な口調ながら、的確に日本舞踊の真髄を説明するカノンの言葉に、アカネは心から感じ入った。だがその雰囲気をぶち壊す様に、カノンは追い討ちをかける。
「本当に性格同様、踊りもひねくれていますわね、あなたは」
「なんですってー!」
どうにもこの二人は、互いに一言多い。
「お姉様、アカネさんだって、一生懸命やっています。もう少し、お手柔らかにしてさしあげても……」
姉のあまりのスパルタ指導ぶりに、たまらずシオンが助け舟とばかりに、口を挟んだが、
「ありがとう、シオン。でも、いいのよ……カノン!もう一回、手本を見せなさいよ。今度こそ、ちゃんと舞って見せるわ!」
アカネは、シオンに感謝の言葉を述べると、額の汗をぬぐいながら不敵な笑みを浮かべ、負けるもんかとばかりに、カノンに再び教えを請うた。
その気迫に応える様に、カノンは無言で舞い始める。アカネは、そのすべてを一瞬でも見逃すまいと、食い入る様に見つめるのだった。
「カノンにあれだけ言われても、へこたれないなんて、やっぱりアカネの神経は、筋金入りの図太さなのですよ」
「うん……でも、いつものアカネなら怒って投げ出しちゃうとこなんですけど、やっぱり踊りはアカネにとって、特別なものだから、あんなに頑張れてるんだと思います」
アカネの胆力を称賛するチトセに向かって、共にギャラリーとしてレッスンを見守っているアオイは、苦笑いを隠せない。だが踊りに関しては、けっして妥協しないその一途さを畏敬し、誰よりも理解しているのもアオイであった。
何度、カノンに罵られてもアカネは挫けない―――そして再び舞う。そんな二人の間に立つシオンも、引き続きオロオロと展望を見守り続けた。
これが戦時でなければ、平和そのものであった。だが、事態は混迷の度を深めていくばかりであったのだ。
「あれから三日……まだリン大佐からは、なんの指示も出ませんね……」
アオイは眼鏡の位置を直しながら、激戦から一転して平穏そのものの、このなんともいえない現状に対する感慨を漏らす。
「打って出ようにも、機体の修復もまだ済んでいないのですよ。マザの制圧だけでも激戦だったのに、まさかアメリカと―――フロンティアを戦う事になるなんて、誰も想像してなかったのですよ」
「そうですね……でも、ホーネットはまだ湾岸部に居座ったまま……なんだか気味が悪いですね」
逸る気持ちをチトセに諭されて、アオイはまた苦笑いを浮かべた。言われなくとも理解していた現状に対して、それでもそう言わずにいられなかった自分の青さが、気恥ずかしかったのだ。
アオイが述べた通り、人工知能フロンティアによって操られた米軍AI機、KF-18ホーネットは、いまだミライミナト駐屯地の目と鼻の先の湾岸部に展開したままであった。
米軍追撃部隊を粉砕し、アカネとアオイを危機に追い込んだ、その精鋭部隊は、表立った行動はないものの、海上に着水しながら、ヴァルキリー隊を牽制する様に息をひそめている。
同盟国である日本担当ガーディアン、人工知能バクフに対して、ヴァルキリー隊が強襲の動きを見せれば、すぐさまそれを阻止せんと、再び牙を向けてくるのは必定であった。
それに対して、司令であるリンがどう挑もうというのか―――難しい選択だが、先の見えないこの平穏を何もできずに受け入れる事に、言い知れぬ不安を抱くアオイたちなのであった。




