第5話:フロンティア参戦11
だが、事態をいち早く察知するとアオイは、
「アカネ、反転!引き返して!」
と、大声を張り上げた。そのおかげで戸惑うアカネは、無意識に機体を回避行動に転じさせ、狙いと裏腹に自身がゼロ距離射撃を食らう事態を、免れる事ができた。
だが、突入した敵陣からの脱出に成功したとはいえ、その背中には容赦のない、機関砲の追い討ちがかかる。それをダンス走法でかわしながら、
「どうする!?もう弾はないわよ!」
アカネは予備マガジンも、既に使い果たしている事をアオイに告げる。
無理もない。昨夜のマザ駐屯地制圧戦から、休む間もなく駆け付けてきた連戦だったのだ。もちろん弾丸の補充などしていない。
それはヴァルキリー隊の全機同じであったが、その中でもアカネのファントムはもっとも激しく戦ったため、その弾丸消費量は他機とは比較にならなかった。
自分たちが囮となる事で、ホーネット部隊を湾岸部から引き剥がすまでは計算通りであったが、残弾数にまで考えが及んでいなかった事に、アオイは舌打ちしたい思いを抑えながら、それでも思考をフル回転させると、
「アカネ、こうなったら徹底的に囲まれよう!そうすれば、ホーネットも機関砲を使えないよ!」
近接戦では、確実なゼロ距離射撃が実行できない限り、銃火器の使用は機体数の多い陣営の方が、同士討ちの危険を伴う。
今の状況では、ファントム一機に対して、ホーネットは四十二機。もし完全包囲の中で機関砲を使用すれば、ホーネット部隊がお互いを撃ち合ってしまう事は必至であった。
高度な演算能力を持つが故に、人工知能『フロンティア』はその愚を冒さない―――アオイの狙いはそこにあった。
「なるほどね!じゃあ、あいつらもダンスに参加させなきゃね!」
アカネはそう言って、前方から迫り来る、先回り部隊を指差すと、ファントムに機関砲を捨てさせながら、機体を前傾姿勢でダッシュさせた。
この状況で最悪なのは、適切な距離で前後に囲まれる事であり、そうなれば前後から機関砲の一斉掃射を浴びてしまう。アオイの狙いを実現させるためには、先回り部隊も引き込んで、包囲陣をひとつに合流させる必要があった。
「さあ、ついてきなさいよ!」
ファントムを挟み撃ちにせんと迫ってくる、先回り部隊の目の前まで突っ込むと、アカネは機体をスピンターンで急転回させる。
そして射撃を浴びながらも、押しては退き、退いては押す、巧みな『釣り』によって、遂に先回り部隊を、元いた地点まで引き込むとファントムを停止させた。
コクピットでは、ようやく一息ついたアカネが、ゼーゼーと荒い息を漏らす―――それに反して、戦場は静寂に包まれた。
それは人工知能フロンティアが、考慮に入っている事を意味しており、ファントムと呼応する様に、四十二機のホーネットも動きを停止させてしまった。
フロンティアは手詰まった―――世界最高の演算能力を持つ人工知能を、この二人の少女は『策と技量』でもって、完全に自分たちのフィールドに引き込んだのだ。そしてファントムは、両腕からダガーを飛び出させた。
ここからは近接格闘戦―――人馬戦車同士の、一対四十二の殴り合いであった。
「くそっ、ファントムとの無線が繋がらん!」
アカネたちの救援に向かうリンは、先程から何度試みても、ファントムとの通信が遮断されている状況に、焦りを深めていた。
「フロンティアが、レーダー撹乱だけでなく、通信の妨害も行なっているという事ですか?」
「おそらくそうだ。我々が救援に向かう動きを見せた事で、それを警戒しての事だろう」
カノンの問いかけに、リンは険しい表情で答えた。
フロンティアの電子攻撃によって、トムキャットの高性能レーダーをもってしても、今だホーネットの機影は掴めない。それどころか、広範囲に及ぶそれは、ファントムの機影さえも消し去り、アカネたちが健在かどうかさえ確認できない状況に陥った。
それだけに無線だけが頼みだったのだが、それさえも封じられ、当初覚悟した通り、有視界まで近付く事が求められる展開になったが、それ以前に大きな問題があった。
それはファントムが進んだ、湾岸部から首都東京への連絡橋の入り口が―――二つに分かれていたのであった。
その理由は、連絡橋が貨物車両の効率循環を目指して、四車線道路を往路、復路で上下二段に分けている構造にあり、入り口を間違えると、相当先の合流ポイントまで交わる事のない一方通行が続く。
上下、十五メートル食い違った上段往路、下段復路のどちらにファントムは進んだのか―――選ぶ道を間違えれば、すべてが無になってしまう。
間もなく入り口が近付く。トムキャットを操縦するカノン、そして後に続く、二機のイーグルにも指示を出さなければならない―――リンは決断を迫られる。
「リン様……?」
不安そうなカノンの声に、
「チトセ、シオン!お前たちは下段を進め!―――カノン、我らは上段を進むぞ!」
リンの出した結論は、救援部隊の分割だった。




