第1話:人馬戦車5
「アカネ……」
「なにキョトンとしてるのよ。わかったわよ、こいつの踊らせ方」
そう言いながら、アカネはファントムの挙動を完全にコントロールして見せると、模擬敵機の待つ前線に機体を進めていった。
支援機を巧みに制御するアオイの働きで、敵機は四機から二機にまで数を減らしていたが、その二機に対して、
「残りはアタシが仕留めるわ。支援機に手を出させないで」
アカネはそれを自分が撃破すると宣言した。
人馬戦車を初めて操縦してから、わずか三十分たらずで、戦車の操縦、ヒューマンモードの二足歩行、そして難易度の高いホイールドライブをマスターして、今また対人馬戦車攻撃に挑むと宣言したアカネの底知れなさに、アオイは驚愕を超えたさらなる興奮を覚え、その拳を強く握りしめた。
「わかったわ。アカネ、操縦桿の右横に付いているスイッチを下げて」
アオイの指示通り操作すると、ハンドル状の操縦桿の右手部分がスティック状にせり上がった。
「それで右腕が動かせるわ。左腕はさっきの被弾でパージした事になってるから、右腕だけでの射撃になるわ。次に右手親指のとこにあるスイッチを下げて。機関砲の安全装置よ」
安全装置を解除すると、フロントモニターに火器管制指示の情報が次々に表示され、同時に操縦桿の右スティックの人差し指部分が隆起し、引き金の感触がアカネの指に伝わってきた。
もちろん、これはアオイの演習ディスクの模擬戦闘シミュレーションだが、もはやそれは実戦の様な緊迫感を帯びて、この空間を支配していた。
そして気合の声とともに、アカネは引き金を引いたが、その弾丸は敵機には、まったく当たらない。
フロントモニターの照準器を見てはいるのだが、ホイールドライブで走り続けているファントムの走行ラインと弾道が食い違っているのだ。
「アカネ、ファントムの動きと弾道を計算して」
アオイの指示に、アカネなりに何度も試みるが、さすがに機関砲の弾道計算までは即座にマスターできる程、軍用兵器は甘くなかった。
支援機を撤退させているので、敵機二機と自機の、二対ーの構図。二十ミリ弾の雨をかわしながら、当たらない自機の攻撃に、アカネは次第に苛つき始めた。
自機の動きのせいで弾道が逸れる。だが止まって撃てば、敵弾の餌食になるのは必然。
(――――――!)
アカネの脳裏に閃きが走った。
「そうか!簡単な事じゃない!」
突然、アカネは叫ぶと、アクセルを思いっ切り踏み込み、ホイールスピンの唸りを上げながら、ファントムを敵機に向かって急加速させた。
「えっ?えっ?えっ?」
突進を思わせる、その動きにアオイは慌てた。案の定、正面から一斉掃射が襲ってきたが、アカネはその卓越した操縦技術で、ターンを繰り返しながら、その攻撃をかわすと、次第に敵機との距離を詰めていった。
「アカネ、まさか……」
アオイの言葉に答えず、アカネがファントムに最後のターンを舞わせ、敵機の背後に回り込むと―――
「ゼロ距離射撃!?」
アオイの叫びと同時に、ファントムは敵機二機の背中に、二十ミリ機関砲を撃ち込んだ。
撃破判定―――フロントモニターの表示を確認すると、
「どうよ!当たらないなら、当たる距離まで近付けばいいだけの事よ!」
アカネは得意満面で、この展開に唖然としているアオイに向かって、自身の戦術を誇らしげに語った。
「もう、どんだけ凄いのよ、アカネは」
呆れる気持ちが半分ながらも、シミュレーションとはいえ、ぶっつけ本番で敵機撃破を成し遂げたアカネを、心から称賛するアオイだった。
そんな感慨も束の間―――突然、コクピットに敵機接近のアラート音が鳴り響いた。
「あれ、シミュレーションは四対四だから、これで全機撃破で終わりのはず……」
ディスクを抜きながら、管制システムを確認するアオイだったが、次の瞬間―――先程の敵機とは違う人馬戦車が、モニターに大映しになった。
「はあ、なによこれ?さっきのグラフィックとは違うわね?」
「KF-16ファルコン?こんなデータは……!違う、これ本物よ!」