第5話:フロンティア参戦10
「くっ、まずいわね!」
さすがに状況の不利を感じたアカネは、素早くブレーキ操作を行い、スピンターンでファントムを反転させると、来た道を引き返すべく、巧みなアクセルワークで機体を再加速させる。
だが逃走に転じたファントムの先には、すでに別働隊が背後に回り込んでおり、アオイの予測通り、アカネたちは前後に囲まれた形となった。
連絡橋の上なので、左右にも逃げ場はない。その下は海であり、もはや進むも退くもならない状況に、アカネは機体を停止させると、
「先回りに、後ろからストーキング……こいつら絶対、女にモテないタイプね……」
と、フロンティアにしてやられた鬱憤を、自分たちを囲むホーネットに悪態をつく事で晴らすのだった。
「アカネ、このまま湾岸部に向けて突破しよう。東京方面に向かっても追い詰められるだけよ」
前後に囲まれた状況に対して、どちらを突破するかを、アオイは迅速に指示する。言う通り、東京方面に向かっても援護がないどころか、バクフとフロンティアの挟撃に合うのがオチであった。一方、ミライミナトに戻れば、自軍の駐屯地に逃げ込める。どちらを選ぶべきかは、明白であった。
「そうね……じゃあ、踊らせてもらうわよ!」
覚悟を決めたアカネはファントムを、湾岸部側への進路を塞いでいるホーネット隊に向けて、突進させた。
その頃―――湾岸部では、ようやくリンのトムキャットが、満身創痍となった米軍トムキャットを、海上から陸地まで移動させ、救出活動を終えたところであった。
「ミユウ、ここを頼む!私はファントムを連れ戻してくる!」
米軍トムキャットの乗員二名が、幸い命に別状がない事を確認すると、リンはミユウに部隊の指揮権を渡し、今度はファントムの救出に動こうとした。
「わかったわ、リン。ここは大丈夫だから、チトセ中尉とシオン少尉を連れて行って」
迅速な行動が必要である事を理解しているミユウは、素早くリンに応じると、単機での救援を懸念して、ヴァルキリー隊の精鋭であるチトセとシオンの随行を進言する。
「すまない、そうさせてもらう。チトセ、シオン、続け!」
「了解なのですよ!」「了解しました!」
リンの号令にチトセとシオンが、これもまた素早く応じると、三機は阿吽の呼吸で、機体をタンクモードに変形させると、トムキャットを先頭に進発を開始した。
まだレーダーサイトには、ホーネットの機影が映らない。フロンティアの高度な電子攻撃には、もう有視界に入るまで、その捕捉は無理なのかもしれない。
それだけに、フロンティアの追撃に対する本気度が窺われ、掴めない状況と合わせて、リンの心は苛ついた。
「意外とこいつ、遅いわね!」
そして、ホーネットの防衛陣に向かって、ファントムを進めたアカネは、その意外な鈍重さに驚いていた。
KF-14トムキャットの専用AI支援機として、アメリカが開発したKF-18ホーネットは、トムキャットが海防を担う水陸両用機であるのに合わせて、同じく水陸両用機として開発されたのだが、陸戦、海戦ともに高性能のトムキャットに比較して、どちらかというと海戦性能を優先して製作された。
それは最強であるが故に、非常な高コスト機であるトムキャットに対して、その支援機であるホーネットには、低コストを実現するという、アメリカ政府の課題が存在したからであり、そのため空母搭載を念頭に開発されたホーネットの陸戦性能は、第四世代機としては、いささか中途半端であったのだ。
そのホーネットに、得意のダンス走行でファントムを寄せていくアカネは、それに対応し切れない敵機に、拍子抜けの感を抱いたのである。
だがそれは、第三世代機の特徴である車輪走行―――ホイールドライブを完全に活かし切った、地をすべる様に踊りながら走行する、アカネの操縦技術に初めて相対する、人工知能『フロンティア』のとまどいも加味されていた。
フロンティアにとっては、データにないアカネの動きは、ある意味驚異であったのだ。
「これは、いけるわね!」
戦況を有利とアカネが感じた瞬間、前方のホーネット隊から機関砲の射撃が開始される。
「わわわわわ!」
慌てて機体を振って、アカネはそれを回避する。
「アカネ、油断しないで!近付くほど、当たるとダメージが深刻になるよ!」
なんとか被弾を免れはしたが、貨物運搬用の四車線道路のため、エスケープゾーンを含めても、回避範囲がそれほど広くないに戦場に、アオイは注意を促す。
さらに目的は回避でなく突破であり、そのためには敵機に対してゼロ距離まで近付くので、威力の弱い二十ミリ機関砲とはいえ、近距離で被弾すれば撃破されるのは必至であった。
「わかってるわよ!でも、それは相手も同じでしょ!」
続くホーネットからの射撃をかわしながら、アカネはそううそぶく。その狙いはひとつ―――アカネお得意のゼロ距離射撃であった。
そして遂にファントムとホーネットが、至近距離まで接近する。気を引き締め直したアカネは、ここまで被弾を最小限に食い止めている。ファントムに最後のダンスを踊らせ、敵陣に突入すれば、これでアカネの勝ちパターンであった。
アオイもそれに合わせて、もっとも効果的な突入ポイントを割り出して、モニターに表示させる。
「いくわよー!みんな踊らせてあげるわ!」
気合いの叫びとともに、アカネは指定ポイントにファントムを切り込ませる。
それは見事に決まり、無防備に背中を晒したホーネットに向かって、ファントムの機関砲が火を吹いた。
だが、それは一瞬だった―――ファントムが放った二十ミリ弾は数発のみが、ホーネットに突き刺さると、それっきり機関砲は、カラカラと空しい駆動音を鳴らし続けるばかりであった。
ホーネットの群れに飛び込んだこの状況で、まさかの弾切れ―――最悪の展開であった。




