第5話:フロンティア参戦8
それは、アカネとの模擬戦を終えた後に、リンが駐屯地の皆を集めて宣言した決意の言葉であった。それを伝え終えると、機関砲のマガジンを装填すると同時に、アカネは米軍ホーネットに向かい射撃を再開した。
アカネにも、自分たちが米軍に向かい弾を放つという事が、どういう事かなど十分わかっている。リンの立場も痛いほどに理解していた。
それでも人が人として生きるため、人が人を救うという、当たり前の行為のためならば、その引き金を引く事に、アカネにためらいなど微塵もなかった。
それはアカネのパートナーのアオイも、まったく同じであり、アカネが射撃を開始する直前に、無言でホーネットと包囲されたトムキャットの配置観測から割り出した、有効射撃ポイントをモニターに表示させていた。
この切迫した状況下で、二人は言葉もなしに、その決意を同じくし、阿吽の呼吸で未来を切り開かんと、行動を開始したのだ。
これこそが、リンがアカネとアオイを民間人ながらも見出し、そして二人にかけた未来への希望だったのかもしれない。
自分は何をためらっていたのだ―――自責の念にかられながらも、それを今は胸にしまいこみ、すぐさまリンは統率者の顔に戻ると、
「トムキャットを救出する!全機、ホーネットに向け、機関砲掃射!」
迷いのない声で、部隊全機に向けて、米軍との交戦を宣言した。
リンの号令に勇気づけられた各機は、その号令のもと次々と機関砲を放つ―――アカネの英断も見事だったが、やはりリンの言葉は、絶大な力をもって駐屯地隊員の背中を押した。
突然の機関砲掃射を受けたホーネット隊は、トムキャットへの射撃を一旦停止すると、すぐさま回避行動にシフトしながら、編隊を組み直す。
そして、それを制御する人工知能ガーディアンシステムの、アメリカ担当『フロンティア』は考える。
自軍ホーネットに今、攻撃を加えているのは、日本国自衛軍所属機―――同盟国所属機である。しかし、当方の戦闘回避姿勢に対して、先制攻撃を仕掛けてきたのは日本側。防衛による反撃という―――『大義名分』は立つ、と。
わずか数秒の間に、国家間のパワーバランスと、その交戦による戦後処理問題の演算を、フロンティアは済ませると、ホーネットに反撃を開始させた。
両軍とも、人馬戦車の形態は、近接格闘戦様のヒューマンモードのままだが、ホーネットは海上から動かないまま、機関砲を撃つのみに終始していた。
さすがに上陸しての近接戦になれば、必ず本格戦闘に移行して、戦後処理が面倒になる。現状の威嚇射撃程度の応酬が、適当であるとフロンティアもひとまず判断した様だ。
だがリンたち自衛軍が、米軍との交戦に踏み出した理由は、ホーネット隊の中に取り残された、トムキャットを救出するためである。
ホーネットからの包囲射撃で、撃破寸前にまで破壊されたトムキャットは、仮に操縦士が正気を取り戻したとしても、もはや自力で母艦まで戻る事は不可能であろう。ならば、それを回収しなくてはならない。
そのためには、海上のホーネットの群れに飛び込み、米軍トムキャットを湾岸部まで誘導する必要がある。このまま遠距離の威嚇射撃を繰り返していても、ラチがあかないのである。
リンがそんな思案に暮れていると、
「救えるのはアンタだけよ、リン!」
またもや、アカネの声が飛び込んできた。
アカネの言う通り、今、自衛軍の人馬戦車は、KF-15イーグル、KF-4ファントムともに陸戦型であり、海上に踏み込んでいけるのは、水陸両用型であるリンのKF-14トムキャットだけである。
(迷わずに進め―――という事か!)
リンはアカネに、背中を押されている気分だった。
己は部隊長として、司令として、そして今は人工知能を相手にした人類の代表として―――いつも皆を率いる統率者として、常に最善を考え、決断し、そして仲間の背中を押してきた。
だがこの少女は―――アカネは、まわりくどい理論などお構いなしに、真っすぐに進めと言わんばかりに、そんな自分の背中を押してくれる。
「わかっている、アカネ!」
もはや迷いを断ち切ったリンは、清々しいほどの決然とした声で、そう言い放った。
「今から、米軍トムキャットを回収する。私が海上に突入するので皆、支援を頼む。カノン、出るぞ!」
海上への突入を決断すると、リンは自機の操縦士である前席のカノンに、進発を指示した。
「かしこまりました、リン様!」
すぐさまカノンはリンの指示に従い、機体を海上に進めた。その間も、両軍の機関砲射撃の応酬は続いている。
リンは救出するべき米軍トムキャットと、ホーネット編隊の配置観測、及び救出経路の算出を急ぐ。そして前席のカノンに向かって、
「いいか、射撃は必要最低限の防衛のみに抑えるんだ」
と、間近に迫った突入に対しての、戦闘方針を指示した。
「撃破してはならない……という事でしょうか?」
「そうだ。おそらくフロンティアは、まだ様子をみている。こちらに撃破の意思がなければ、本気で攻撃を仕掛けてはこないはずだ」
「かしこまりました。やってみせます」
自軍から射撃を加えはしたが、まだ撃破には至っていないその戦闘行動に、フロンティアはまだ寛容を示しているとリンは判断した。
だが米軍追撃部隊のミサイルによる撃破、及び、先程の取り残されたトムキャットの反抗姿勢に対する、フロンティアの対応は苛烈を極めた。打つ手を間違えれば、救出どころか、自分たちも撃破の憂き目に合うだろう。
故に、包囲網の中への突入という、果断な行動ながら、その内容には慎重な対応が必要であった。
そしてリンが算出した突入ルートに沿って、カノンがトムキャットを包囲陣の中に突入させた。同時に湾岸部からの、支援射撃もリンとカノンを援護する。
撃破できても、撃破しない―――ある意味、撃破よりも難しいこの難題に、カノンはよく対処した。
救出対象への進路を阻むホーネットに対して、基本かわす事に終始しながらも、時にはギリギリ当たらない、もしくは回避可能なポイントへの射撃を意図的に実行できるカノンの技量は、まさに当代のエースの名に恥じない、天才的なものであった。
だが、いまだに四十二機が健在のホーネット部隊に対して、その包囲陣に一機で突入を続けるジリ貧感は、次第に深刻の度を増し、リンが必死にその突破ルートを算出しても、人工知能フロンティアも、そうはさせじと、それを塞ぐフォーメーションをホーネットに展開させた。
湾岸部からの支援射撃も特に功を奏さず、全員の顔に焦りの色が濃くなっていく中、ある思案に暮れていたアオイは、ファントムのコクピットで手を打った。
「ど、どうしたのよ、急に?」
支援射撃に集中していた操縦席のアカネは、隣のアオイに問いかける。
「アカネ、囮になろう!」
アオイが口にしたのは、自分たちが囮になるという突拍子もない提案であった。
「囮って……ここで、どうやって囮になるっていうのよ?」
確かに今、リンたちはホーネットの包囲に苦戦している。包囲陣の注意を逸らす事ができれば、それは有効であろう。だがそれは、はるか前方の海上で展開されており、今、自分たちがいるのは湾岸部。どうやってここで囮になるというのだ。
アカネはアオイの意図が理解できず、顔をしかめた。
「私も確証はないけど……でも大丈夫だと思う。このルートでファントムを走らせて」
そう言うと、アオイは自身が計算した走行ルートを、管制席のキーボードを素早く叩きながら、モニターに表示させた。
「時間がないわ!急いで、アカネ!」
まだその内容が理解できないアカネだったが、気迫に満ちたアオイの声に、
「わかったわ!いくわよ、ファントム!」
と、ファントムの脚部車輪を降ろすと、ホイールスピンの轟音を鳴らしながら、ホイールドライブでファントムを疾走させた。
突然、支援射撃の列から抜けたファントムに、皆が驚く中、
(あの子たち……まさか!)
と、副隊長のミユウだけは、その進路を見た瞬間、鋭敏にその狙いを読み取った。
「そのまま直進、で、その橋に入って」
「わかったわ!」
アオイのルート指示に従い、アカネはファントムを湾岸部を北上させる。そしてその機体は、首都東京への連絡橋に差しかかろうとしていた。
瞬間―――撃破寸前の米軍機とリンたちの、二機のトムキャットを取り囲んでいた、四十二機のホーネットの動きが一斉に止まった。




