第5話:フロンティア参戦7
僚機の戦域離脱成功を確認したトムキャット編隊は、それに続いて、一機、また一機と同じ様に逃走を開始―――そのいずれにもホーネットは追撃を加えなかった。
「ミユウ様の読み通りでしたわね、リン様」
「ああ、このまま米軍がいなくなれば、これで戦闘は終わる。こちらから仕掛けなければ、フロンティアは我々とも先端は開くまい。ひとまず帰還できそうだ」
カノンの言葉に応じながら、リンは心から安堵の声を漏らす。フロンティアの参戦は痛恨事であったが、その背後にある同盟国アメリカとの交戦という、最悪のシナリオは回避できそうなのだから無理もなかった。
だが変事は起こった―――
「あれ?あのトムキャット、なんか変な動きしてませんか?」
ホーネットの包囲陣の中で、最後の一機となったトムキャットの挙動に不審を感じたシオンが、声を上げる。
「確かになのですよ!もうみんな離脱しているのに、あのトムキャットだけフラフラしているのですよ」
続いてチトセも、シオンの意見に同意を示す―――そう言っている間にも、そのトムキャットはホーネットの中を、右に左に揺れながら、およそ離脱体勢に入る様な雰囲気を見せない。
「どういう事でしょう?駆動系に障害でも発生したのでしょうか?」
開発協力の経緯から米軍より供与された、同じトムキャットに乗るカノンは、後席のリンに問いかけた。
「……………」
リンはそれに答えない。だが胸の中には、嫌な予感が渦巻いていた。
「リン……まずいわよ」
同じ予感を感じたミユウが、すかさずリンに問いかける。そこでリンは確信する―――ミユウもそう感じたのなら間違いないと。
その間にも、取り残された米軍トムキャットは、ホーネットの間をフラフラと浮遊し続ける―――どころか、その動きは次第に、ホーネットにぶつからんばかりの不安定な動きに変化していく。
「なにやってんのよ、アイツ。早く逃げればいいのに」
ファントムのコクピットで、アカネもトムキャットの不審な挙動に疑問を呈した。
「たぶん……あのトムキャットの操縦士さん……パニクっちゃってるんだと思う……」
緊張のこもった声で、アオイが言葉を発する―――それは、リンとミユウが感じたものと同じであった。
三人の予想通り、いまだ戦域を離脱せずに残留しているトムキャットの操縦士は、初めての実戦、そしてホーネットの驚異的な戦闘能力に対峙した恐怖から、パニック状態に陥っていたのだ。
そのために、僚機がすでに離脱した状況も把握できず、ただただ無様に戦域を漂うだけの有り様であった。
第三世代の複座機であるKF-4ファントムは、過渡期の機体という事もあり、簡易型ではあるが管制席にも操縦桿があり、変事の際には管制担当が操縦権を取って、機体運用を行う事ができた。
だが第四世代機のKF-14トムキャットは、高精度の管制、指揮システムを搭載しているため、複座機ではあるが、後席に操縦系統を搭載する余裕はなく、操縦と管制が完全に分割されていた。
故に今、操縦士が錯乱の中にあるトムキャットの管制担当には、この状況に対して為す術はなく、操縦士に離脱を空しく叫び続ける事しかできなかった。
そして見守る自衛軍側も、ヴァルキリー隊をはじめ、皆が打つ手を見出せずに、手をこまねく中、事態は動いた―――それも最悪の方向に。
パニックによる錯乱がピークに達した、米軍トムキャットの操縦士は、武装が皆無になった機体の現状も認識できないまま、あろう事かホーネットに向かって攻撃を仕掛けたのだ。
ミサイルランチャー、機関砲、そして上腕部に格納されていたダガーの、すべてを失ったトムキャットの攻撃は、なんと体当たりであった。
「えっ!えっ!えーっ!?」
「む、無謀すぎるのですよ!」
またも、いち早くシオンとチトセが驚きの声を上げる。
恐怖によって正常な思考を失い、いまだ精神が戦闘状態にある米軍トムキャットの操縦士は、それでも愚かな体当たりを繰り返した。
対するホーネットは、それを制御するフロンティアにとって、このパターンは予想外であった。というよりも、この様な経験がなかったのだ。
戦闘不能に陥れば、敵機は離脱する―――それが常識であり、この様に錯乱状態で、無謀な特攻を仕掛けてくるなどという、人間ならでは行動パターンを人工知能に斟酌させるというのは、どだい無理な話であった。
そして、トムキャットは回避運動に終始すると予測し、その行く手を塞ぐという位置取りをしていた、ホーネット編隊の一機に、トムキャットは最大加速で突っ込んだ。
加速から逸れると予測していたホーネットは、トムキャットの体当たりを真正面から食らい、そのまま後ろに吹っ飛ぶと、背中から海面に着水した。
稚拙極まる、その攻撃を成功させた米軍トムキャットの操縦士は、ヘルメットの中で、目を血走らせながら笑みを浮かべ、さらに正常な思考を失っていった。
歯向かわなければ手は出さない―――フロンティアの姿勢をリンはそう判断し、事実フロンティアの方針もその通りであった。
だが取り残されたトムキャットは、体当たりという無謀極まる方法ながら、フロンティアに攻撃を仕掛けた。そして不幸な事に、その攻撃は成功してしまい、その走狗たるホーネットにダメージを与えた―――これにより人工知能フロンティアは判断した。このトムキャットは攻撃対象であると。
次の瞬間、まるで何か別のものが乗り移ったかの様に、ホーネット編隊の動きが豹変した。
それまで、さあお逃げなさいと言わんばかりの包囲陣は、攻囲陣へと様変わりすると、ホーネットが手にする二十ミリ機関砲が次々と火を吹いた。
突然、雨の様な弾幕にさらされた米軍トムキャットは、それでも慌てながらも回避行動を取った。だが世界最強の米軍の戦術を、そのまま自身の戦術として身につけたフロンティアのAI機制御は、編隊射撃においても見事な威力を発揮し、トムキャットは被弾数を増やしていくばかりであった。
先のマザ駐屯地制圧戦で、ヴァルキリー隊がそうであった様に、二十ミリ機関砲の威力は低く、遠距離からの少々の被弾なら、人馬戦車の装甲はそれに十分耐えうるものであり、致命傷には至らない。
特にKF-14トムキャットは、それまでの人馬戦車よりも強装甲であり、機体サイズもひと回り大きいため防御力も高かった。
だが、それにしても限度がある―――ホーネット四十二機による攻囲射撃を受ける、米軍トムキャットが撃破されるのは時間の問題。そしてその乗員二名の命も、風前の灯火であった。
どうすればいい―――人命、相手は世界最強の戦術を備えた人口知能、歯向かわなければ手は出されない、攻撃すればあのトムキャットと同じ目に合う、そしてホーネットに挑むという事はアメリカと交戦するという事、同盟国であるアメリカに日本が先に手を出すという形を作ってしまう―――見守る、日本国自衛軍各々の胸に、様々な思いが駆け巡り、誰も手が出せない。
そんな中、湾岸部から機関砲の音が鳴り響いた―――けたたましく機体を揺らしながら、ホーネットに向けて弾丸を放ち続けるその姿は、KF-4ファントム。
誰もが、司令であるリンさえも対応に戸惑う中、アカネは危機に陥った米軍トムキャットを救うため、迷わず引き金を引いた。
だが、これにより形の上でだが、日本は同盟国であるアメリカに対し、戦闘行動を取った事になった。
皆が唖然とする中、それでもアカネはホーネットの攻囲陣を崩すために、ファントムの機関砲を撃ち続ける―――そして、それを撃ち尽くし、空になったマガジンを地面に向かって、リリースすると言い放った。
「なにやってんのよ!アタシたちは、人が人として生きるために戦ってるんでしょ!そう言ったのはアンタでしょ、リン!」




