第1話:人馬戦車4
KF-4ファントムを、ヒューマンモードに変形させてからも、アカネの機体への順応度は素人離れしていた。
「すごい!これ転ばずに二足で走ってるわ!」
「二足歩行の時は、バランサーが作動するからね」
そう答えたアオイだったが、内心はその操縦技術に舌を巻いていた。
いくらバランサーが効いているとはいえ、アカネはファントムを歩行ではなく、走らせているのだ。当然、路面の状況や、機体の制動予測を見誤れば転ぶ。事実、アオイや他の機甲科の生徒も、最初は歩行でさえも、ままならなかったのにである。
(これは本物かも―――)
そう思ったアオイは、今度は自身の好奇心を満足させるべく、アカネに新たな提案を持ちかけた。
「ねえ、今から支援機を発進させるわ。その後に、仮装敵機をモニターに出すから、それを撃破して」
「はっ!?なに!?」
言葉の意味をはかりかねるアカネを、無視したまま士官席のキーボードを叩き始めるアオイ。
「実際に動く機体で、シミュレーションやってみたかったのよね!」
そう言いながら、アオイがリターンキーを叩くと―――フロントモニターに三機の機影がグラフィックで出現した。
「なっ、なっ、なによこれ!?」
「言ったでしょ、このファントムは指揮官機なの!で、前にいるAI機のKF-5タイガーを私が制御、指揮するのよ!」
「意味わかんないわよ!」
突然の展開に、アカネは頭の整理が追い付かない。
「アカネはしっかりとファントムを操縦してて!さあ来るわよ!」
完全に自分の世界に入ってしまったアオイがそう言うと、フロントモニターに新たな機影が四機―――色違いのグラフィックで表示された敵機が出現してきた。
「さあ撃ってくるわよ!かわして、アカネ!」
反問する時間も与えられないまま、敵機が二十ミリ機関砲を、アカネたちのファントムに向けて撃ってきた―――もちろん、それもシミュレーション用のグラフィックだが、その迫力にアカネは一瞬おびえてしまう程の衝撃を覚えた。
「左腕に被弾!パージするわ!少し機体バランスが変わるから気を付けて!」
アカネの受けた衝撃などお構いなしに、アオイはシミュレーションの戦況を報告する。
「アカネ、まずは逃げて!私が支援機で応戦するから、後方に下がって体勢を立て直して」
言われるがままに、機体を後方に移動させたアカネは、ようやく一息ついて、戦況を観望する。
アオイが制御しているらしい支援機―――KF-5タイガーは無人機のため、ファントムに比べやや細身ながら、人型のヒューマンモードで、同じく色違いの敵機役の同機と、手にした機関砲で銃撃戦を展開している。
「ビックリしちゃった?でもこれシミュレーションだから安心して。実際に校庭にいるのは、私たちの機体だけだから。弾も飛んでないわよ」
ケロリとそう言うアオイに、もう呆れ果てたアカネは言葉を失い、フロントモニターの戦況を眺めるしかなかった。
校庭内の機甲科の演習敷地いっぱいに、敵機と支援機が疾走しながら交戦している中、
(―――!?)
ある事実に気付いたアカネが、大きく目を見開いた。
「ちょ、ちょっと!なんで、あいつら人型なのに、車みたいに走り回ってんのよ!」
「あっ、言ってなかったね。人馬戦車はヒューマンモードでも、足に付いてるタンクの後部車輪を降ろして、ああいう風に高速走行できるのよ」
「なっ!それを早く言いなさいよ!どうやるのよ!」
「えっ、アカネやる気なの?ヒューマンモードのホイールドライブは、さすがにいきなりは無理よ」
「なに言ってんの!AIなんかにできて、アタシにできないわけないじゃない!」
その気迫に満ちた視線に、アオイは覚悟を決めた。アカネなら、今度も常識を覆してしまうかもしれない、と。
「さっきヒューマンモードに変形した時のレバー。それを水平にひねって」
アオイの指示通りに、アカネがレバーを操作すると、ファントムの脚部側面にせり上がっていた戦車の後輪が、ガクンという挙動とともに大地を掴んだ。
「基本操作は、タンクモードと同じ!でも比べ物にならないくらい安定が悪いから気を付けて!」
「やってやるわよ!」
アオイの警告もどこ吹く風、もう慣れた操作でクラッチとアクセルをアカネが踏み込むと、ファントムはモニター内の敵機に向けて、一直線に疾走を開始した。
「アカネ!前方から銃撃!」
アオイの声とともに、コクピット内にアラート音が響く。
「ちぃっ!」
そう舌打ちすると、アカネは操縦桿を大きく切って、モニターに映る二十ミリ機関砲の射撃をかわさんと試みた。
次の瞬間、ガクンと機体の制動が大きく乱れた。銃撃はかわしたものの、その機体は転倒寸前まで大きくバランスを崩してしまった。
(転ぶ―――!)
アオイは転倒を覚悟し、目をつぶったが、
「うおりゃーーーっ!」
というアカネの気合の声に、目を開けると―――ファントムは転倒していない。それどころか、先程の制動でホイールドライブのコツを掴んだアカネは、ファントムを右に左にターンさせている。
それはまるで人馬戦車が、ステージで華麗に踊っているかの様であった。