第4話:逆襲のヴァルキリー7
それは誰に向けたものでもなく、思わずついて出た心の声だったに違いない。
だが、アオイが言ったその言葉を聞いた瞬間、アカネは反射的に何かを理解した。そして言った―――
「時間を稼ぐわ!アタシにまかせて!」
思い返される、リンとアオイが交わしていた、暗号の様な会話―――今もアカネには、その中身は分からないが、アオイが何かを仕掛けていて、リンがそれを待っている事だけは、アオイの言葉で理解できた。
アカネが動き出すのに、理由はそれだけで十分だった。
ファントムがホイールスピンの煙を上げながら、動き出す。それを見たカノンは、
「ちょっ、あなた、なにを勝手に動いて―――リン様!?」
と、すかさずアカネの独断専行に対して、リンの判断を仰いだ。
依然、敵ファルコン七十五機は、横一線の陣形を構えており、先程に続く一斉掃射を再び行うべく、各機二十ミリ機関砲のマガジンを交換している。
遠距離では威力の低い、二十ミリ弾の弾幕射撃なら、このまま距離を取っていた方が得策の中、アカネのファントムは、ほぼ突撃の様な直進でファルコンの群れに向かっている。
ヴァルキリー隊は回避行動の末、現在は五機が散開しているが、段階的に距離を詰められれば、いずれは敵の一斉掃射が効果を発揮するのは明白―――指揮官リンは決断した。
「ファントムを!ヒビキ=アカネを支援する!ファントムの軌道に向けて、私の合図で弾幕射撃だ!」
アカネの行動は常識論でいえば自殺行為だ。わざわざ機関砲の威力が増す中に、自ら飛び込んでいっているのだから。
だが甘んじて、ファルコンからの第二射を受けるしかないこの状況下で、アカネはそれに立ち向かう行動を見せた。それが蛮勇であったとしても、リンはそれに賭けた―――そこには将として感じた、言葉では説明できない勝機があったからだ。
リンの言葉に、ヴァルキリー隊各機も即座に反応して、機関砲を構えた。ファントムの軌道は依然として直進のまま―――まだリンは射撃の合図を出さない。
ファルコン編隊の銃口が、突出するファントムに向けられる。あとわずかで有効射程距離に入るが、それでもまだリンは言葉を発しない―――まだ戦の間合いを感じないのだ。
ヒビキ=アカネなら、必ず何かをやってくれるはずだ。そう信じて、リンは緊張しながらもそれを待った。ミユウ、カノン、チトセ、シオン―――思いを同じくするヴァルキリー隊の各人も、その瞬間を外すまいと、操縦桿の引き金にかけた指に神経を集中させた。
ファントムのコクピットのアカネも、その間合いを待った―――それは、人工知能が自分に向けて射撃を開始する、わずか前の瞬間を。
隣のアオイは何も言わなかった。アカネはきっと自分のために「時間を稼ぐ」と言ってくれたのだ。それなら自分はパートナーを信頼するだけ、己の戦いに集中するのみ、と一心不乱にキーボードを叩き続けた。
そしてその時はきた―――人工知能バクフに統括されているファルコンのAIは、突進してくるファントムを標的と定め、七十五機全機がロックオンを開始したその刹那―――
アカネのファントムが、タンクモードに変形するやいなや、直角に進路を変更した。
常識では考えられない動き―――データ論で動く人工知能は混乱した。
だがヴァルキリー隊全員の胸には、同じ思いが湧き上がっていた。あれは模擬戦でリンが見せた、二百七十度スピンからの直角ターンだと。
卓越した操縦技術を持つリンだからこそ、実現させたあの高等技術を、この場面でアカネは、一発勝負で再現して見せた。成功の根拠がなくても挑む度胸と、それでもそれを成し遂げてしまう技量は、もう感嘆せざるを得なかった。
実際、アカネにも成功させる確実な自信はなかった。だが、あの模擬戦で自分は、リンの直角ターンに度肝を抜かれた。それなら今、人工知能を混乱させるために挑むなら、これしかない。ただそれだけの理由で、アカネはこの無謀な突撃に挑んだのだった。
そしてアカネが、トレースしたのは直角ターンだけではなかった。
直角ターンからの、ギアをリバースに入れたバック走行―――それによりファントムは退きながらも、中央に向けて攻撃ができた。
いまだ人工知能は、予想外のファントムの動きに、ロックオンを再設定できない。それに向けてアカネは、二十ミリ機関砲の引き金を引いた。
有効射程距離に入ったファントムの二十ミリ弾が、横一列のファルコンに次々と入っていく。そして列の中央付近に乱れが発生すると、
「あそこだ!一斉射撃!」
というリンの怒号とともに、散開しているヴァルキリー隊各機から集中砲火が浴びせられ、そのおかげでファルコン編隊の中央部に、わずかだが隙間ができた。
そして再びヒューマンモードに変形したファントムは、円形軌道で敵編隊の中央に入ると、そのわずかな隙間に向かって―――なんとこれもまた、リンが模擬戦で見せた、ヒューマンモードでのバック走行のまま突入したのだった。
タンクモードでの直角ターンに続く、ヒューマンモードのバック走行の実現。もはや戦場は、アカネの独り舞台と化していた。
そしてバック走行のまま、横一線のファルコン編隊を抜けたアカネの目には―――無防備に背中を晒した敵機が、標的の様に並んでいるだけであった。
「食らいなさい!」
アカネの叫びとともに、ファントムは華麗に舞いながら、二十ミリ機関砲のゼロ距離射撃を開始した。




