第1話:人馬戦車3
「はーっ、操縦!?アンタなに言ってんの!」
「大丈夫だって、私がちゃんと管制してあげるし、いざって時は私の席にも操縦システムが付いてるから、心配しなくても平気だよ」
「だからってアンタね……」
「息抜きって言ったでしょ、きっと楽しいって」
「……………」
押し切られるままに、アカネは人馬戦車の操縦をするハメになり、その機体を人気のない校庭に、ゆっくりと進めた。
「ねっ、動かすだけなら簡単でしょ。操縦桿もハンドルみたいなもんだし、ゴーカートを運転していると思えば楽勝でしょ」
「ゴーカートって、アンタ……」
細心な様で、楽天家のアオイの言葉に呆れるアカネだったが、動かしてみるとその言葉通り、操縦は簡単で、しかも思ったよりも楽しかった。しかし、戦車のその鈍重な動きに、だんだんアカネは苛立ちを覚えてきた。
「ねえ、もうちょっとスピードは出ないの?あと、さっきからエンジン?ギーギー悲鳴みたいにうるさいんだけど」
「おっアカネ、いいとこに気付いたね!言う通り、エンジンの回転数が今のギアの最高値に達してるからね。じゃあ、ひとつだけギアを上げてみようか」
「これかしら」
そう言うなり、アカネは操縦席の左手にあるシフトレバーを、一速から二速にシフトチェンジした―――瞬間、ファントムはガクンという挙動とともに、エンストを起こし、その走行を停止した。
「はーっ!なんなのよ、これ!」
「いきなりシフトチェンジしちゃダメだって。今はマニュアルモードだから、シフトチェンジする時は、発進の時に使った、左足のとこにあるクラッチを踏んで、エンジンの動力を一度切らないとダメなのよ」
「なによそれ!先に言いなさいよ!」
「言おうと思ったら、アカネが先にやっちゃったんでしょ」
アオイは苦笑いするしかなかったが、この前のめりな姿勢こそが、アカネの本領である事を理解している彼女は、けっしてそれを責めはしない。
「いいわ、やり方教えて!今度はうまくやるから!」
「じゃあ、もう一度エンジンをかけて。まずは最初と同じ、左足のクラッチを踏んだまま、少しずつアクセルを踏んで―――」
そして少しの後、アカネはぎこちなさは残るものの、マニュアルシフトの操作を完全に理解し、自在に戦車を加減速させられるまでに、ファントムを乗りこなし始めた。
「すごい、これ思った通りに動くわ!」
急加速、急減速、巧みな操縦桿さばきと、回を重ねるごとに滑らかさを増すシフトチェンジで、校庭を縦横無尽に走るファントムに、アカネは次第に興奮を覚えた。
それどころか、己の感覚のみで逆ハンドルのタイミングも習得し、カウンターを当てながらドリフトまがいの動きを見せるその走りに、普段冷静なアオイまでもが予定外のいたずら心を起こしてしまった。
「ねえアカネ、ヒューマンモードも試してみようか?」
「ヒューマンモード?」
「人型に変形させるの。ケンタウロスが人馬戦車と言われる由縁よ!」
いつの間にか、アオイの方が興奮してしまっている。
「じゃあ、左膝のとこにあるレバーを引いて」
「これの事?」
「そう!今はタンクモードだから、それで戦車部分が足に変形するから」
言われるがままにアカネはレバーを引いた―――瞬間、足元から機構部が激しく動く音がして、フロントモニターの視界が徐々に上がっていくではないか。
KF-4ファントムは、まるで正座を解除するかの様な動きで、その戦車部を解体しながら脚部を形成し、上半身人型、下半身戦車というタンクモードから、完全に人型のヒューマンモードへと変形を遂げた。
日常生活で、人馬戦車を目にする機会はあるので、今さらその変形に驚きはしないが、自身がそのコクピットに座り、それを機内で体感する事など、軍人でない限り得られない体験だ。
「どう、アカネ!?すごいでしょ!?」
「―――すの」
「ん?なに?」
「これ、どうやって動かすのって聞いてんのよ!早く教えなさいよ!」
フロントモニターの視界、機体姿勢を表す人型のグラフィックに、アカネはヒューマンモードを操縦したい思いを抑えきれず、アオイにその操縦方法を教えろと、詰め寄った。
「フフフ、ヒューマンモードは、ちょっと難しいわよ」
わざと挑戦的な態度で、笑みを浮かべるアオイに、
「望むところよ!」
受けて立つわ、という表情で、アカネもまた微笑み返した。