第3話:アンサー12 (第3話 終)
リンの決意に、駐屯地の全員が同意した事によって、『バクフ』への徹底抗戦が決まった。そして各隊員は決戦に備え、忙しく働き始める。
抗戦の要となる人馬戦車の整備、ハッキングに対しての電子戦準備、作戦計画の練り直しなど、やる事は山積みであった。
そしてアカネとアオイの二人も、ハンガーでファントムと向き合っていたが、なにやらアカネは、うんうん唸りながら頭を抱えている。
「ねー、もー、なんで赤じゃダメなのよー!」
「もう何度も言ってるじゃない。赤はリン大佐のカラーだから、被っちゃダメなんだって」
色について、赤を選択できない事に文句を言うアカネを、アオイがなだめている様子であった。
なぜ色について彼女たちが議論しているかというと―――バクフとの戦闘が、これまでの受け身から反攻に移るにあたり、大規模戦で各機体の識別をつきやすくする必要がある。よってヴァルキリー隊各機の肩を、パーソナルカラーで染めるように―――というリンからの指示があったのだ。
問題は、これまでもパーソナルカラーは各機の胴体に、控え目に配色されていたという事であり―――つまり代表的な色にはもう先約がいた状態なのだ。
そこでアカネは、自分の名前にちなんだ赤が選択できない事に、不満を爆発させていたのだ。
ちなみに、前述の通りリンは赤で、その他はミユウが黄色、カノンが青、チトセがピンク、シオンが黒を選択しており、代表的な色で空きがあるのは、緑ぐらいであった。
「なんで先着順なのよー!公平にジャンケンとか、くじ引きで決め直せばいいじゃない!」
文句たらたらのアカネに、
(どうせアカネの事だから、ジャンケンに負けても納得しないんだろうけど……)
と、アオイは思うのだが、もちろんそれは口に出さない。
「じゃあさ、アカネの赤と、アオイの青を混ぜて紫にしようよ」
「いやよー、そんな中途半端なのー!アタシは赤がいいのー!」
アオイ渾身の折衷案も、駄々っ子状態のアカネには通用しなかった。
「まったく、色ぐらいで……本当にやかましい人ですわね、あなたは」
二人が振り返ると、声の主はカノンであった。
「あっ、カノンさん。先程はありがとうございました」
「いえ、あれはリン様のご厚意でしたので、私は」
カノンの言う、リンの厚意とは―――
模擬戦に続いたリンの抗戦宣言が終わった後、アカネとアオイはリンに呼び止められた。
「ヒビキ=アカネ、コダマ=アオイ、模擬戦の褒美をやろう」
「褒美……?アタシたちは負けたのよ」
リンのトムキャットを賭けた模擬戦に敗北したアカネは、その言葉の意図が理解できず、怪訝な顔をした。加えて、『褒美』という言い回しが引っかかったが、この女はこれが普通なのかも、と達観したアカネは以前の様に『上から目線女』と食ってかかる真似はしなかった。
そんなアカネの心を知ってか知らずか、
「わあ、なにが頂けるんですかあ?」
と、リンのファンを公言してやまないアオイは、目を輝かせながら、その『褒美』という言葉に、素直に胸を弾ませた。
「フフッ、トムキャットはくれてやれんが……乗せてやろう」
リンの褒美とは、自身の乗機トムキャットへの試乗を、二人に許可するという申し出だった。
「はあっ、別にそんなの―――」
と、アカネがいい終わらないうちに、
「ええっ!いいんですかー!?お願いしますー!やったねアカネ、トムキャットに乗れるんだよー!」
アオイは完全に舞い上がってしまった。そしてアオイにすべて押し切られる形で、試乗が決まった。
―――その試乗について、
「あなたが私のシートに座ったかと思うと、滅菌消毒したい気分ですわ」
カノンは胸糞悪かった―――自身とリンを繋ぐ拠り所、リンと自分の愛の城とさえ思っていたトムキャットに、アカネが足を踏み入れた事が。そして、それを許したリンのアカネへの好遇にも腹が立った。
だがリンを責める訳にはいかない―――なぜなら、それは嫉妬だとカノンにも分かっているからだ。だから、せめてアカネに向かって、こうして力いっぱい毒づく事で、その憂さを晴らすしかないのだった。
「アタシも、アンタの尻の跡がついたシートで、座りづらかったわよ」
お返しとばかりに、アカネも言い返す。そして二人は顔を寄せ合い睨み合うが、今やお互いを認めた二人は、いがみ合いも変な息が合ってきた気がして、アオイは内心吹き出したい気持ちを、必死に抑えるのだった。
実際、アカネの試乗は散々だった。
人馬戦車第四世代機最強といわれる、KF-14トムキャット―――
全体指揮官機として、最大で二十四機のAI支援機の管制が可能な水陸両用のそれは、運用が米軍のみに限られていたが、開発においてテストドライバーを務めたリンに、特別に供与された経緯を持つ、国内唯一の機体であった。
KF-4ファントムと同じ複座式で、一時はそれを我が物にせんと目論んだアカネだったが、いざ乗ってみると感覚がまったく合わない。
ファントムまでの第三世代機は、タンクモード、ヒューマンモードともに、車輪を用いたホイールドライブで滑走するのに対し、第四世代機はホバーでの浮遊走行に移行している。
ゆえに第四世代機は、路面状況に左右されにくい利点を手に入れたのだが、クラッチを利用した急加速、路面への食いつきを生かしたスピンターンなどは使用不可能となり、得意技が封じられたトムキャットに、アカネは試乗早々失望したのだった。
それでも憧れの機体に、リンの指揮官席に座れた事に、はしゃぎまくるアオイに合わせるために、アカネは不快な操縦を時間いっぱい耐え抜いた。
そして試乗を終えた二人に、模擬戦でスクラップになったファントムに代えて、今回ミユウとともに自分が使ったファントムに乗り換える様、リンは通達した。
昨日の今日で、早くも二機のファントムを廃機に追い込み、三機目を受領したその機体へのペイントで、アカネは駄々をこねているのだった。
「まったく、いくら退役寸前の予備機でストックがあるとはいえ……ファントムもタダではないのですよ!それを次から次へと―――」
「なによ!エースは負担が大きいから、仕方ないのよ!」
「いつからあなたがエースだと……誰がそんな事認めて―――」
「―――!」
カノンの小言に、アカネがへらず口で応戦するやり取りの中、ワナワナ震えるカノンをよそに、突然アカネはピーンと閃くと、床に置かれた赤塗料のハケを手に取り、タンクモードで鎮座するファントムの戦車部を駆け上がった。
そしてその左肩に一文字―――『A』と描き込む。
呆然とするカノンとアオイをよそに、アカネは得意満面だ。
「エースのA、そしてアカネのAよ!」
それは?と聞かれないので、アカネは自分から答えた。
「ちょっ、リン様の指示は肩全体のペイントで、誰がイニシャルなど描いていいと―――」
カノンがアカネの勝手な行為に、抗議の声を上げた瞬間、
「私もー!」
と、今度はアオイが青塗料のハケを手に、素早く右肩に『A』を書き込んでしまった。
「実は私も、青がよかったんだよね。それにAは、私もイニシャルだからね」
と、アオイは、自分らしからぬ大胆な行為に照れ笑いしながら、釈明する様に頭を掻いた。
並列複座であるファントムの、左座席のアカネに合わせて左肩に赤字で『A』。右座席のアオイに合わせて右肩に青字で『A』。
我ながら、見事にはまったと満足気なアカネは、ついでとばかりにアオイに向かって、
「やっぱりアタシには、ファントムが合ってるわ!ホイールドライブができなきゃ、ってのもあるけど……アタシはアンタが隣にいないと落ち着かないわ!」
と、直列複座のトムキャットが気に入らなかった本当の理由を、まるで愛の告白の様に、人目もはばからずに告げるのだった。
そして、その熱気にあてられた様に、赤面して言葉を失ったカノンの後ろから、
「なんだ、結局イニシャルにしたのか」
と声がすると、その主はなんとリンであった。
「どう?もうアタシたち、これに決めたから」
すかさずアカネは、リンに向かって『A』のペイントを誇らしげに、決定事項として発表した。
「フフ、まあいいだろう」
子供の様に我を張るアカネが、微笑ましく感じたリンは、あっさりとその身勝手な主張を認めてしまった。
「ちょっ、リン様!どうして、リン様はあの女に甘いのです!」
カノンもすかさず、その承認に異議を唱えたが、主であるリンが認めてしまったので、後の祭りだ。
そして、カノンはため息をついた後、従者である己の本分を果たすべく、
「ところでリン様、こちらにはなんの御用で?」
と、居住まいを正して、リンの来訪の意図を問いかけた。
「いや、カノン……お前を探していたのだ……」
それは、意外な言葉だった―――そして、心なしかリンの声が上ずっている。
「そ、それは、どの様な……?」
突然の事に、カノンも声が上ずってしまう。
「うん……なにか、ヒビキ=アカネが来てから、お前に心配をかけてしまったらしいな……私はよく分からないのだが、ミユウがそう言うのだ……もし、そうだとしたらカノン……本当にすまなかった」
それは、カノンに対するリンからの謝罪―――
カノンは、アカネがリンの寵愛を一心に受けていると思い込み、その心を掻き乱していた。昨夜の単機での十二機撃破も、目覚ましい働きを見せるアカネに対抗するための、決死のアピールであり、すべては敬愛するリンに振り向いて欲しいがための、乙女の願いであった。
だが特に贔屓をしている意識のないリンは、それにあまりに鈍感すぎた―――見かねたミユウが、遂に今日の模擬戦中にそれを指摘した事で、リンは目先の仕事を片付けると、急いでカノンを探してここに至ったのだった。
「お前の痛みに気付いてやれず……本当にすまなかった」
重ねてのリンからの謝罪に、
「リン様ー!」
そう叫ぶと、今度はカノンが人目もはばからずに、リンの胸に飛び込むと、声を上げて子供の様に泣きじゃくった。
すべては自分の誤解だった。リンは変わらずに自分を想ってくれていた―――それに気付いたカノンは、嬉しさと申し訳なさが混ざり合って、涙が止まらなかった。
その姿を見たアオイは、リンとの模擬戦に敗北した後、号泣したアカネの姿を思い出し、悪気なく「アカネと一緒だね」と、呟いてしまった。
それを耳にして、こちらに視線を向けたリンとカノンの注意を逸らすべく、
「こっ、これはね、エースとアカネとアオイの意味だけじゃないのよ!」
アカネは慌てて『A』のエンブレムに隠された、もうひとつの意味を発表するわ、と声を張り上げた。
「ほう、クアドラプルミーニングか。興味深いな」
リンの言った『四つの解釈』という意味が、アカネは理解できなかったが、とりあえず分かったフリで頷いた。そして姿勢を直して胸を張ると、
「その意味は―――『アンサー』よ!」
そう叫びながら、リンの目を真っすぐに、今度はアカネがリンを見下ろす形で見つめるのだった。
『アンサー』―――
タカハネ=サツキが見たいと言った、人類と人工知能の人馬戦車を巡る『アンサー』。
人が人として生きるために、リンがたどり着きたいと言った『アンサー』。
そのリンに人馬戦車で勝利する事と定めた、アカネの『アンサー』。
それぞれの『アンサー』に向かって、為すべき事、成さねばならない事が、アカネの言葉で各々の胸に去来して、皆はしばし言葉を失った。
そんな静寂を打ち破ったのは―――意外な事にアオイであった。
「なるほど、アンサーかあ……それなら、こうしなくっちゃね!」
ひときわ明るい声を発すると、皆が呆然とする中、アオイは両手にハケを持ちながら、飛び跳ねる様にファントムの戦車部に乗ると、バン、バン、と両肩に一筆ずつ描き足した。
皆が目をこらすと、どうやらアオイが加えたのはドットの様であった―――それによってエンブレムは『A』から『A.』と変化し、それはアンサーを意味する形となった。
「おお!やるじゃない、アオイ」
どう?と、満面の笑みのアオイに、アカネは上機嫌に声を弾ませた。
両肩に赤と青で刻まれた『A.』―――これでアカネ、アオイ機のエンブレムは決定した。
そして遂に、これまで防戦に終始していたリンの―――ゴールデンヴァルキリーの反転攻勢が幕を開けるのであった。
第3話:「アンサー」終
第4話:「逆襲のヴァルキリー」に続く




