第3話:アンサー9
生気を取り戻したアカネの動きを、リンとミユウも敏感に感じ取った。意気消沈したかと思えば、すぐさま立ち直るその姿に、二人は苦笑を禁じ得ない。
「やれやれ、また元気になったな。マニュアルドライブで、あの動きをトレースするのは楽じゃないというのに」
まるで苦情の様にリンは、微笑みながら愚痴をこぼす。
「そうね。でもずいぶんブランクがあるのに、いきなりのマニュアルドライブで、リンも大したものよ」
ファントムを駆っていた時代でも、マニュアルは用いなかったリンの対応力を、ミユウは母親の様に褒めた。
「それも、お前のおかげだ」
アカネの挙動を計算し、喋りながらも忙しくキーボードを叩き、次の取るべき動きをモニターに表示し続けるミユウの労を、リンもねぎらう。
「あなたの先読みに合わせてるだけよ。さあ、どうしましょうか?元気になってくれた方が、狩り甲斐もあるでしょ?」
朗らかな口調ながら、恐ろしい事を平然と言うミユウに、軽く口元をほころばせると、リンは独り言の様に、
「そうだな……軽く崩す」
と呟くと、素早くシフトチェンジをしながら、次の一手に着手した。
そして、今や駐屯地のほぼ全員がギャラリーと化したランウェイに、大きなどよめきが沸き起こった。
その理由は―――リンのファントムは、目にも止まらぬ早さでヒラリと半回転すると、バランス維持が難しいヒューマンモードのまま、なんとバック走行を始めたのだ。
確かにホイールドライブには、リバースシフトが設定されてはいる。だがそれは、あくまでも臨時の回避行動用であり、それを用いて走行し続けるなど狂気の沙汰である。しかしリンは、今まさにそれを現出させている。
そしてその軌道も、変わらずに美しい弧を描く―――驚きに続いて、皆の胸には感動が去来した。
だが、それに対するアカネとアオイは、まったく別の危機を感じていた。
通常、人馬戦車は右手に機関砲を持つ。今もまさに、そうだった。そしてアカネとリンのファントム二機は、左回りで周回を続けている。
そこにリンがバック走行を入れてきた―――すなわちリンのファントムだけが、円の内側のアカネに向かって射撃可能な態勢を手に入れたのだ。
ギャラリーの中でもカノンとチトセは、その事実に気付き、
「撃たれますわ!」
「撃たれるのですよ!」
と、アカネとアオイが直面した危機を、続けざまに口走った。
だが依然リンのファントムは、その銃口をアカネに向けない。
回避行動を取るべきか、このまま様子を見るべきか―――煮え切らないリンの動きに、次の指示を与えられないまま、アオイがほんの数秒躊躇する間に、バック走行の見事さと、撃たれるという恐怖で、アカネは遂にファントムの挙動を乱してしまった。
崩す―――そう言った、リンの狙った瞬間が訪れた。
そして既にコクピットのモニターには、ミユウが弾き出したアカネまでの最短軌道が表示されている。まさに阿吽の呼吸―――すかさずリンは機体をヒューマンモードから、高速移動用のタンクモードに変形させると、それまでの優雅さから一変した、矢の様な特攻を開始した。
乱した挙動を立て直す事に気を取られていたアカネは、その動きにまったく対応できない。だが隣のアオイは、同じく動揺する心に鞭を打って、
「アカネ、逃げて!逃げてー!」
と、アカネの心がリセットされてしまうくらいの大声で、今できる最上の指示をアカネに与えた。
アオイの大発声は功を奏し、我に返ったアカネは、間に合わないまでも精一杯アクセルを踏み込んで、特攻からの回避を試みる。
後ろを振り向く余裕もなく、ひたすら逃げを打ち、高速走行を続けるアカネは、まだ撃破アラートが鳴っていない事実に気付き、もしや逃げ切れたのでは―――と、後方モニターに目を移した瞬間、心臓が止まるほどの衝撃を覚えた。
リンのファントムが―――ぴったりと自機の後方に張り付いている。
アカネのファントムのヒューマンモードに対して、リンのファントムはタンクモードで特攻してきたので、高低差で背後の存在に即座に気付けなかった。
人馬戦車は、人型のヒューマンモードで全高約四メートル。両足を折りたたみ戦車部に変形させるタンクモードは約三メートルである。
その一メートルの高低差による、視認の遅れも計算に入れたリンのやり口は『追い詰める』と言った言葉そのままにあざとい。
「アカネ、後ろは見ないで逃げて!」
リンの術中にはまって、これ以上平常心を失わない様に、アオイは叱咤の声を上げるが、アカネからの返答はない。それほどまでにアカネの心は、もう余裕を失っていた。
そして逃走を続けるアカネのファントムの後ろを、モータースポーツでいうところの、テールトゥーノーズの状態でリンのファントムが追い続ける展開が続いた。
右に左にドリフトをしながら、時に加減速を加えて、どうにか後ろのリンを引き剥がそうとするアカネの試みを、あざ笑うかの様にリンは離れない。それどころか、時には右、時には左と、サイドバイサイドの動きも織りまぜて、一層のプレッシャーをアカネにかけ続ける。
いつしかアカネの逃走軌道は、リンとミユウのコントロール下に置かれている事に、アオイが気付いた時はもう遅かった。
高速走行で逃げ続けるアカネの目に映ったものは、駐屯地ランウェイの外郭に設置されたランオフエリア―――それは砂利と砂が敷き詰められた、減速避難スペース。
「あああっ!」
アカネの絶叫とともに、ホイールドライブのファントムは、ランオフエリアに突入すると、砂利に足を取られて制御不能のまま、無様な横転を繰り広げた。




