第3話:アンサー8
一緒に踊らせてあげるわ、と言ったものの、本当に自分のファントムと一緒に踊っているリンに、アカネはこれまでにない動揺を覚え、初めてリンを天才だと認めた。
認めてしまえば、それは恐怖へと転化する―――それもまた獣が強者を感じる直感と同じであった。
あえて、こちらと同じ周回軌道を取り続けるリンの動きは、不気味そのもので、アカネの心は次第に余裕がなくなっていく。
だが、この状況に同じく動揺しながらも、アオイは冷静だった。そしてある事実に気付いていた。
円を描く様に、回り続ける二機の距離が―――前後の距離ではなく、その円の直径が狭まっている事に。
見た目上は、中心から半円ずつの距離をキープしている。だがリンは円の直径を一周ごとに、巧妙に狭めているので、その距離は確実に近付いていたのだ。
おそらくはミユウが周回軌道を算出しているのだろう。この事実を、動揺しているアカネにどのタイミングで告げるか、アオイは悩んだ。
「アオイ……分かってるわよ……」
「えっ……!」
そのアカネからの言葉に、アオイは思わず驚いてしまった。
「な……なにを?」
「クスノキ=リンのファントム……近付いてるわよね……隠さなくたっていいわ……」
意外な事にアカネは状況を理解していた。だがそのヘルメットの中の顔は動揺を隠せないほど、嫌な汗が眉間にしたたっている。
それでもアカネは、ファントムを踊らせ続けた。逃げ出したいほどの戦慄に襲われながらも、己の役割を果たすために。
「あの上から目線女……本物ね……あの走り方、絶対にマニュアルドライブよね……」
もはや独り言の様に、話し続ける。そうでもしなければ恐ろしくて仕方がないのだ。
だが―――アカネは成長した。この状況で思ったよりも冷静で、かつ分析も的確だ―――そう判断したアオイは、この追い詰められつつある現状を、すべてアカネに話そうと決意した。
「言う通り、リン大佐はマニュアルドライブだね」
「でなきゃ、ファントムをあんなに踊らせる事はできないわよ……」
吐き捨てる様に、静かに言い返すアカネ。その言葉には、己の専売特許の様に思っていたマニュアルドライブを、事もあろうかダンスのおまけ付きで、リンがいとも簡単に完全再現してしまった無念がこもっていた。
「そうだね、やっぱりリン大佐は凄いね」
「なによ……そんなのわかってるわよ」
もはやアカネの声は、ケンカに負けた駄々っ子の様にか弱い。だがアオイは構わず続ける。
「セミオートマと違って、マニュアルは急加速が可能よ―――という事は、どこかのタイミングでリン大佐はくるわよ!」
そう言ってる間にも弧を描く二機の円は、ギャラリーの目にもハッキリとわかるほど、その直径を狭めていた。
「リン様……なんと見事な……」
ブランクなど毛頭感じさせない動きと戦術に、カノンはマニュアルドライブに挑んだリンへの心配が杞憂だった事を悟り、感嘆の声を上げた。
「仕掛けるんでしょうか……リン大佐は?」
緊張で声が上ずるシオン。
「アカネはここが正念場なのですよ。プレッシャーに負けたら終わりなのですよ」
間もなく戦局が動く事を予感するチトセも、言葉に力が込もる。
ファントムのコクピットでは、アオイが予測演算を走らせながら、必死に逃げを打つアカネに語り続ける。
「アカネ、覚悟しよう……たぶんリン大佐からは逃げられない……」
アオイは非情ともいえる宣告を、アカネに投げつけた。だがアカネはそれに反論しない。それは諦めた訳でも、無言の抵抗をしている訳でもない。
信じている―――次の言葉でアオイは、きっと自分を勝利に導く何かを与えてくれる。そう信じ、待っているのだ。
「でも逃げられなくなった時……同時にリン大佐も逃げられないんだよ!」
活路が見えた―――なんの道筋も示してはいないが、アオイの言葉は確実にアカネの心に光を与えた。
「クックックッ―――」
「アカネ?」
突然、笑い出したアカネに、アオイはその顔を覗き込むと、続けて「アーハッハッハッ!」という大笑いがコクピットに響き渡った。
「やっぱりアオイ、アンタ最高よ!そうよね、逃げてればあっちが、わざわざ倒されに来てくれるんだもんね!なら、それまで……逃げ続けてやるわ!」
そう言ったアカネの目は完全に光を取り戻していた。そしてその勢いそのままにアクセルを踏み込むと、息を吹き返したかの様に、ファントムは第二幕とばかりに、華麗な演舞を再開するのだった。




