第3話:アンサー4
機関砲に狙いを定めさせないために、急いでファントムをドリフトさせるアカネ。そして、その射程距離外に逃れたと判断して機体を止めた時、気付いた。
リンはこちらが無様に回避運動を取る間、一発も撃ってこなかったという事実に。
モニターを確認しても、模擬戦用光線銃をリンが撃った記録は表示されていない。
そしてリンのファントムもまた、はるか前方でタンクモードのまま機体を停止させていた。その姿には、なぜか余裕さえ感じられる。
撃てたのに撃たなかった―――いつものアカネなら怒りの感情に身を震わせるところだが、今回ばかりはそれを通り越して、リンに対して初めて戦慄を覚えた。それは、このままでは狩られてしまう、という動物的カンに似たものだった。
「直角に……曲がりましたよね。リン大佐のファントム……」
「曲がったのですよ。正確に言うと、二百七十度のターンの後、再加速したのですが、その一連の動きがあまりに流麗すぎて、まるで直角に曲がった様に見えるのですよ」
リンの動きの見事さに脱帽したシオンに、直角ターンの謎をチトセが皆に聞こえる声量で解説した。
シオンと同じく、リンの直角ターンに、まるで魔法でも見る思いだったギャラリー一同も、チトセの解説でようやくそれを納得する事ができた。
同時に一同に湧き上がる思い―――やはり、クスノキ=リンは偉大だと。
一層の熱気を帯びて、ランウェイが異様な盛り上がりを見せる中、それを見つめるカノンは焦る様に、周囲とは別の感情を湧き上がらせていた。
(バカ女……こんな程度で驚いてどうするの?まだまだリン様の恐ろしさは、こんなものじゃなくてよ)
まるでアカネを心配する様な思い。そして、カノンは昨夜の事を思い出す。
人工知能『バクフ』の人馬戦車排除宣言の黒幕、タカハネ=サツキの登場。
彼女が語った、来たる未来へのシミュレーション―――世界を支える人工知能が、進化する人馬戦車にノーを突きつけた時、人類はどう対処するのか。
彼女は、自分が生きている間にそれが見たいと言った。人類と人工知能の『アンサー』が見たいと。
だが、そのためにサツキは自身の愛弟子―――クスノキ=リンを人類側の代表者とするべく育成した。リンはそれを知らずに、サツキの期待通り成長し続けた。
そして巻き起こった『バクフ』の謀反。明かされたサツキの真意。
己の人生を弄ばれていた事を知ったリンの衝撃、悲しみはいかばかりであったろうか。
カノンは主人の無念を思い号泣した。そして、サツキが差し向けた十二機のAI機をたった一機で粉砕した。
迎撃を終えたカノンが駐屯地に戻ると、ランウェイでアカネのファントムが崩れ落ちていた。
どうやら酷使し続けた機体が限界を迎えたらしい。周囲には撃破を完了したAI機が三機。
アカネも仕事はきっちりと果たしたらしい事を確認したカノンは、ファントムを諦め、機体から降りたアカネとアオイに自機を近付けた。
そして、そのそばで止まりキャノピーを開くと、飛び降りるなり、アカネに駆け寄りその胸倉を掴み上げた。
「なっ、なんなのよ!?」
すでにその日の昼に、カノンから殴られているアカネは、第二ラウンドか、と肩を掴み返しながら睨みつけると―――カノンの目が真っ赤だった。まるで、ついさっきまで泣きはらしていた様な。そして、カノンは言った。
「ヒビキ=アカネ!力を貸しなさい……リン様のために……」
そう言い終えると、カノンはその両目から大粒の涙を流した。
「あ、アンタ……?」
「リン様はタカハネ=サツキと……いや日本全土の人馬戦車との決戦に巻き込まれたのです……」
一連のリンとサツキの会話を聞いていたアカネにも、その状況は理解できていた。だがそれについてカノンが、ここまで感情を乱している事に直面して、アカネは言葉を失い、その思いを聞き続ける事しかできなかった。
「私では……私たちではダメなのです。相手は人工知能……人間のすべての常識を学習し対応してきます。だからリン様は―――」
そこまで話すとカノンは、顔を伏せたまま一呼吸置いて、
「だからリン様は、あなたを選んだのです!リン様には、常識を超越できるあなたが必要なんです!だから、だからリン様に力を貸して!」
一気にまくし立てたその表情は、もはやアカネへの嫉妬も憎しみも超えた、ただリンを思うが故の哀願であった。
自分を拘束して、自分のすべてを見透かして、自分を上から目線で見て―――すべてが気に食わない女。
アカネはそうやってリンを憎んできたが、カノンの思いは胸に突き刺さった。
リンは確かに気に食わない。だが、自分の為すべき事が―――成さねばならない事が、一瞬で理解できた気がした。
アカネがそう思った瞬間、「アカネ……やろうよ!」と、アオイが声をかけてきた。
アカネの思いにリンクする様に、アオイもまた自分たちの『為すべき事、成さねばならない事』を感じたのだろう。だがその答え―――『アンサー』は見えない。
でもそれでいい。今は前に進むだけ。アオイもそう思っているのなら間違いはない。
そう思い定めたアカネは、カノンの目を真っすぐ見つめると、
「いいわ。力を貸してあげる」
ハッキリとそう言い切った。
「感謝……いたしますわ」
それに対してカノンは、アカネに謝辞を述べると、深々と頭を下げた。
半日前、同じ質問にアカネが感謝を要求した時には、その増長に怒り、手を上げたカノンが、今はアカネに頭を下げている。
その事態に、さすがのアカネも驚き、
「な、なによ?やめなさいよ、アンタらしくもない!」
と、慌ててその肩を抱いて、頭を上げさせた。
「アンタ、一人で十二機を撃破したんだって?やるじゃない」
そして次の瞬間には、カノンの奮戦を称える言葉が、アカネの口から自然とこぼれていた。
その事に驚き、一瞬キョトンとしたカノンだったが、
「私は私のできる事を果たしたまでですわ。あなたと同じ様に」
と言いながら、アカネによって撃破された三機のファルコンを遠い目で見渡した。
こうして紆余曲折を経て、アカネとカノンは、その思いを一つにした。
だが一夜明けて、やはりその不遜な態度、リンからかけられる期待、人の裏をかくやり口、そのすべてが許せないと思ったカノンだったが、それでも今、アカネがこうしてリンに翻弄されつつある事に複雑な感情を抱き、アカネのファントムを見つめながら、焦りを募らせるのであった。




