第3話:アンサー1
自衛軍東部方面隊ミライミナト駐屯地―――
そのランウェイで一機の人馬戦車―――KF-4ファントムが、機体の慣らし運転を行なっていた。
「どうアカネ、新しい機体は?……って言っても、これ使い古しの予備機だけどね」
コクピット右座席の士官席に座るコダマ=アオイは、左座席の操縦席に座るヒビキ=アカネに、苦笑いで問いかける。
「まあ、そんなに変わんないわ。クセがついてても覚えれば問題ないわ」
そう言いながら、アカネは操縦席のレバーを引く。
すると上半身が人型、下半身が戦車のタンクモードの機体に変化が起こる―――戦車部が、駆動音を鳴らしながら二つに割れて、脚部に変形しながら、その身を立ち上がらせていく。
「肝心なのは、どれだけ踊れるかよね」
二足歩行の完全なる人型―――ヒューマンモードへの変形を確認すると、アカネは先程のレバーを水平にひねり、ファントムの脚部側面の車輪を地面に降ろす。
「じゃあいくわよ。踊りなさい、ファントム!」
アカネは叫びとともにアクセルを踏み込むと、ホイールドライブのタイヤ音を鳴らしながら、ファントムはアイススケートの様に、華麗にランウェイを疾走し始めた。
「見事だな」
「ええ、見事ね」
それを見つめる二人の女性―――駐屯地司令であり、女性だけで編成される人馬戦車の精鋭部隊『ゴールデンヴァルキリー』の隊長であるクスノキ=リン大佐と、同副司令、副隊長であるタチバナ=ミユウ中佐は、今さらながらアカネの操縦技術に舌を巻いた。
「結局、またファントムになったのか?」
リンが、隣のミユウに機体選定の経緯を尋ねた。
「複座機で用意してあげられるのは、ファントムだけだからね」
「ふむ……」
「私としては、二人揃ってイーグルに乗り換えてくれた方が、機体数が増えて理想的だと思ったんだけど」
ミユウの意見にリンは、アカネとアオイがこの戦いに巻き込まれた経緯を思い出す。
ミライミナト学園の機甲科で、練習機であったファントムの演習中に、人工知能『バクフ』の謀反に巻き込まれた二人。
その素人離れした操縦センスに何かを感じたリンは、非常事態権限をもって二人を拘束。そして、そのまま軍の予備機して眠っていた軍用ファントムを与え、人工知能との戦線に投入した。
それから一週間、アカネとアオイは期待以上の戦果を上げ続けたが、アカネの常識を超越した操縦に、昨日遂にファントムは限界を迎え、修理不能の廃機に至った。
今、アカネたちが走らせているのは、そのため新たに受領したファントムであった。
だがファントムは、第四世代に移行した人馬戦車の中では旧型の第三世代機で、操縦に一名、管制とAI支援機制御に一名の、計二名を運用には必要とする。
その点、第四世代機はAI支援機の制御システムが進化したため、運用が一名で可能になり、多くの管制担当が操縦士に転向した。
「コダマ=アオイも、お前の様に操縦士に転向させるという事か」
リンが第三世代機ファントムを駆っていた時代、その管制を務めていたのは他ならぬミユウであった。
「でもアカネ准尉には、アオイ准尉が必要……あの常識を超越した動きは、アオイ准尉あってこそ。あなたは、そう思ってるんでしょ?」
ミユウは目だけを動かして、リンの顔をのぞき込む。
「お前の言う通りだ。おそらく二人をそれぞれイーグルに乗せても、コダマ=アオイはともかく、ヒビキ=アカネは今の実力を発揮できまい」
前を向いたまま、そう答えたリンの視線の先で、アカネの操縦するファントムが華麗なスピンターンを決める。
「そう思って、私も無理強いはしなかったわよ。それにファントムはもう退役寸前の予備機―――何機、壊してもらっても心配ないわよ」
そう言っておどけるミユウだったが、使い古しの予備機とはいえ、軍用チューンの機甲兵器を、わずか一週間で乗り潰すアカネには、あながち冗談ともいえない言葉であった。
それは裏を返すと人馬戦車が、アカネの操縦技術についていけないという証でもあり、あらためてアカネの底知れなさを思うリンであった。
かつてはエースとして、人馬戦車を縦横無尽に操ったリン。だが今やその立場は駐屯地司令である。
全体を統括する立場から、指揮官機KF-14トムキャットの士官席に座り、その操縦技能を発揮できないリンが、人工知能『バクフ』の謀反にあたって、自身に代わるエースを欲していたその時、出会ったのがアカネとアオイであった。
アカネとアオイは雌雄一対の剣―――そう考えるリンも、再びファントムを選んだ二人の選択を、妥当だと受け止めた。
「リン様、こちらにいらしたのですか。ミユウ様も」
姿の見えぬリンを探していた、マキナ=カノン大尉が後ろから声をかけてきた。カノンは幼き頃からのリンの従者でもあり、トムキャットの操縦士も務める懐刀であった。
それだけにカノンは、自身が崇拝するリンの期待が、アカネに向かっているのが面白くない。カノンとアカネはこの一週間、時には殴り合うほどの衝突を繰り返していたが、当のリンがその辺の感覚が鈍く、それをさほどの重大事と捉えていないのだから始末が悪かった。
「旧型機でよくまあ、あれだけ跳ね回れるものですわね」
踊る様なファントムの動きに呆れながらも、これまでの戦果から、遠回しにその実力を認める様な発言をしたカノンを可愛らしく感じたミユウは、クスリと笑みを漏らした。
そして慣らし運転を終えたファントムが、三人の前でタンクモードに変形すると、そのキャノピーが開いた。
「どうだ機体の具合は?」
コクピットのアカネとアオイに、リンが問いかける。
「大丈夫そうです!ねっ、アカネ?」
「そうね、悪くないわ。これでいいわ」
リンの操縦士時代からの熱烈なファンだったアオイが、はつらつと返答するのに対して、アカネはぞんざいな口調で目をそらした。
上から目線女―――アカネのリンに対する印象は、当初から変わらない。
何もかも見透かした様な目。そして自分を非常事態権限でもって、否応なく傘下に組み込んだ強引さ。それでいて涼しげな風貌のギャップ。すべてが気に食わない―――そう、アカネにとってリンは生理的に、気に食わない存在なのだ。
行きがかりでこうなったとはいえ、今はアカネも『バクフ』との戦いに、ある種の使命感を抱き始めている。人馬戦車に乗る事に異存はない。だがリンの事は別問題として、とにかく気に食わないのだ。
「旧型機、かつ使い込んだ機体ですまないな」
そんなアカネの思いを知ってか知らずか、謝意を示すリンが、これまたカンに触るアカネは少し考えると、
「ふーん、じゃあさ……あんたのトムキャット―――アタシたちに、よこしなさいよ」
あろうことか、司令であるリンの最新鋭機を自分によこせと挑発を仕掛けた。
この展開にパートナーのアオイは、お決まりの苦笑いを浮かべたが、カノンはそうはいかない。
「あ、あなたは、また……なんとリン様に対して無礼な―――」
カノンがアカネを敵視するのは、リンの期待を一身に受けているという嫉妬の感情もあるが、それなのにリンに対して不遜な態度を取り続ける、アカネの子供のじみた姿勢がなにより許せないのだ。
ワナワナと体を震わせながら、怒りを全身にみなぎらせファントムに詰め寄るカノンだったが、その背中から、「いいだろう」というリンの言葉が聞こえて、驚いて後ろを振り返った。
「り、リン様、なにを仰って……」
KF-14トムキャットは、リンの指揮官機だが、その操縦はカノンが務めている。いわばカノンにとっては二人の機体なのだ。それを他人に―――よりによってアカネに譲るなど、カノンには信じられない。
アカネとアオイも、リンの意外な返答にただならぬものを感じて、思わず身構える。
そして、その表情に今まで見た事もない様な、リンらしからぬ妖しさを醸し出しながら、リンは口を開いた。
「トムキャット……お前にやろう。ただし……模擬戦で私に勝ったらだ」
その眼光に、ついにアカネは目をそらす事ができずに、リンの目をまっすぐに見つめ続けたのだった。




