第2話:電脳謀反12 (第2話 終)
タカハネ=サツキの狙い―――それは、この日本を舞台とした、人馬戦車放棄シミュレーション。
その内容は、日本担当ガーディアン『バクフ』に単独の謀反を起こさせ、日本国内だけで、人類VSガーディアンの人馬戦車放棄における模擬交渉、および決裂の模擬戦闘を繰り広げさせるものであり、その事によって、人類と人工知能ガーディアンが選ぶ、人馬戦車の未来を先読みしようというのだ。
「そのために……バクフを動かしたのか……?」
『そう。すこーしバクフにささやいたの―――人馬戦車は大丈夫かしら?人が乗り込み、地を越え海に出て……このままじゃ、あなたたちが塞いだ空に、また出ていくかもよ……って』
「不正プログラムを、バクフに施したのか……」
『あら、私はバクフと少しお話しただけよ』
「あなたのやった事は国家に対する謀反だ!」
怒りが頂点に達したリンは、目を剥いてサツキを断罪する。
『国家ねえ……その日本だけど……今回の事には、中立を守るそうよ』
「――――――!」
今回の電脳謀反に関して、これまで非常事態宣言を出したきり、沈黙を貫いてきた日本政府。それがバクフに対して不干渉の姿勢を取るというサツキの言葉は、リンに少なからぬ衝撃を与えた。
「それも、あなたの差し金か……!?」
『政府が賢明な判断をしただけの事よ。これで人馬戦車を排除しようとするバクフ、そしてそれに抵抗しようとする、あなたたち。それを邪魔するものは何もないわ』
「すべて……あなたの筋書き通りという事か……」
『私はね、リン。ファントムが生まれた時から、ずっとこの疑念を抱いていたの。人類はバベルの塔を作り始めたんじゃないかって』
ハンガー内で、ファルコンを相手にダガー戦を優勢に進めているファントム―――そのコクピットのアカネも、サツキの言葉に、この電脳謀反に壮大な思想が絡んでいる事を知り、愕然となった。
「ねえアオイ。あの人……うちの学長……なに言ってるの?わけ分かんないわよ」
防衛省補佐官あり、またアカネたちが通うミライミナト学園の学長であるサツキの言葉に困惑するアカネは、思わずアオイを仰ぎ見た。
「タカハネ学長が黒幕……でも、これで合点がいったね」
そう言うアオイは厳しい眼差しながらも、その表情は落ち着き払っていた。その事にアカネは頼もしさを超えて、不気味ささえ覚えた。そして、そのアオイは一呼吸おくと、
「学長の狙いがそれなら、今、これ以上敵は増えないよ!アカネ、目の前の敵を撃破しよう!私たちは、私たちのできる事をやろう!」
動揺するアカネに喝を入れ、目の前のファルコンを撃破する事に専念するよう、冷静に、だが力強く指示を飛ばす。
「そうね、今はまだステージの途中だったわね……踊りきってみせるわ!」
アオイの言葉にアカネも我を取り戻し、操縦桿を握る手に力を込めると、再び目の前の敵に向かい突撃を開始した。
『コダマ=アオイ……あの子も機甲科の生徒よね。あの子はいいわね……天性の指揮官の才能があるわ。あと、ヒビキ=アカネ、あの子は舞踊科の生徒なんでしょ?フフフッ。リン……ずいぶんいい子たちを手に入れたものね……まるで私が、あなたを見出した時を思い出すわ』
ファルコン三機に挑む、ファントムの映像を見ながらサツキは、アカネとアオイの才能を評価するとともに、ありし日を思い返し、うっとりと遠い目をした。
「私をここまで導いたのは……すべて、このためだったのか……!」
己がサツキの計画の手駒に使われていたという事実に、リンは歯噛みしながら苦悶の表情を浮かべた。
『私は探したわ……この計画を実現するにあたって、人類の代表を担える人間を。リン……私が見出した最高の逸材……あなたは私の期待通りの成長をしてくれたわ。本当にありがとう』
サツキが主宰するミライミナト学園の、人馬戦車を専攻する機甲科で、突出した才能を見せたリン。それをサツキは防衛省補佐官の立場を利用して、様々なバックアップの末、遂にミライミナト駐屯地司令の地位にまで押し上げた。
その『ミライミナト』さえ、政府の名のもとにサツキが構築した計画都市であった。そのミライミナト駐屯地だけが、謀反発動時のハッキング標的から外された事―――何から何までが計画通りであったのだ。
目眩する思いで歯を食いしばるリン。その耳に怒声が飛び込んできた。
「ふざけるな!ふざけるな!ふざけるなー!」
それはカノンの声―――コクピットの彼女の両目からは、大粒の涙が溢れ出していた。
「リン様を……リン様を弄んで……タカハネー!私はあなたを許しませんわ!」
チトセが言っていた予感―――リンは何か、大きなものに立ち向かわざるを得ない状況に立たされていると。
だがそれはリン本人さえも、何かは分からない事だったのだが、それが今、突然現実のものとなった。
そしてそれがリンにとって、その人生を弄ばれていたという残酷な事実に、その崇拝者のカノンはリン以上の衝撃を覚え、大きな怒りに自我が崩壊せんばかりであった。
「殺す!殺す!殺す!」
叫びながら、カノンのイーグルは荒れ狂い、これまで九機をたった一人で撃破した勢いそのままに、残り三機を視界に捉えると、まず一機目をホバードライブのすれ違いざまに、左腕から出したダガーで頭部を飛ばした。
「バクフの手先は―――タカハネの手先は、この世から消す!」
二機目は、その直前までホバーでイーグルを突進させ、直前で機体をタンクモードに変形させると低姿勢のまま、ファルコンの脚部をすくい上げて地面にすっ転ばした。そしてすかさず、機体をヒューマンモードに戻すやいなや、倒れたファルコンの頭上から無慈悲な機関砲の乱射を浴びせ、その体を粉砕した。
「あとは、あなただけですわ!」
最後の一機に向かってカノンのイーグルは、ホバードライブで左右に揺さぶりをかけながら接近すると、あえて機銃を使わずにダガーでその胴体を突き刺した―――楽には殺さない、苦しんで死ねと言わんばかりに。
そのカノンの思いが通じたかの様に、最後のファルコンは痙攣するような動きで、断末魔の様相を呈した。だがそのカノンの背後に敵機が迫る。
それは、カノンがダガーで頭部を飛ばしたファルコン。まだAI部が健在なそれは、イーグルに向けて機関砲の狙いをつけた。
「まずいのですよ!」「お姉様!」
慌てて、チトセとシオンが援護射撃の体勢に入ったが、ミユウのイーグルは二機の前に入ると、
「大丈夫よ。見てなさい」
と言って、二人の援護を制した。
結果はミユウの予想通り―――
カノンは振り向きもしないまま、イーグルの右腕を後方に向けると、二十ミリ弾を後ろから迫る敵機に向けて連射した。
蜂の巣にされて、崩れ落ちる頭部のないファルコン。それが地面に倒れる音を確認すると、カノンはいまだ無様な痙攣を続ける、ダガーに貫かれた最後のファルコンを、イーグルの脚部で足蹴にして地面に蹴り倒した。
そして、立ち上がる事を許さず、踏みつけにしてその動きを封じたまま、
「では、死になさい」
という言葉とともに機関砲の乱射でもって、とどめを刺した。
これにより、マキナ=カノンの十二機撃破は完了した。
そして駐屯地ハンガーのアカネたちにも、動きが出た。
「アカネ!カノンさんは終わったみたいだよ!」
サブモニターの戦況表示を確認したアオイが、カノンの迎撃戦果をアカネに報告する。
「こっちも、もうすぐ終わるわよ!」
自信満々に答えるアカネだったが、まだ敵機は三機まるまる残っている。左腕を失い、右腕一本のダガーで善戦を続けてはいるが、先程のカノン同様、ダガーでは致命傷を与えるのは難しいのだ。
だが、アカネはもうすぐ終わると言っている。その言葉にアオイは、えも言われぬ高揚を覚え、胸を高鳴らせた。
アカネが編み出した、ホイールドライブの短距離滑走から繰り出すダガーで、ファルコン三機は守勢に回り、後退するばかりの戦況となっている。そしてまたアカネの一撃でファルコンが退がった。
「もう少し!」
アカネが続けて攻撃を仕掛ける。そして、また退がったファルコン三機とファントムの位置関係に気付いたアオイは、「ああっ!?」と声を上げながら、アカネの狙いを理解した。
ファルコン三機が―――ハンガーの出口まで追い詰められている。
「もう、いいわね」
そう言うなり、アカネはファントムに機関砲を取らせた。
すかさずファルコンのAIが反応して、回避運動を―――ハンガーの外に向かって逃走を開始した。
これこそアカネの狙い。不利なハンガー内での格闘戦を終了させるために、徐々に敵機の位置をハンガーの出口に誘導し、そして進路がハンガーの外しかなくなった状況で、威嚇の射撃体勢を取ったのだ。
一機ごとに追い出しては意味がない。三機まとめて追い出すには、この手しかないと見極めたアカネの作戦は見事に成功した。
「さあ、アタシらしいダンスを見せてあげるわ!」
そう言いながらアカネは、ファントムの脚部車輪を降ろす。ギアをニュートラルに入れ、アクセルを踏み込み回転数を上げる―――封印されていたアカネのホイールドライブが―――ファントムのダンスが解放された。
危機を感じたファルコン三機は、応戦ではなく逃走姿勢に入り、機体をタンクモードに変形させると、ハンガーに背を向けた。
「逃すかー!」
アカネの叫びとともに、ファントムは疾走を開始し、ランウェイでまだホバーのスピードが乗り切らないファルコンを捕捉すると、次々とその背にゼロ距離射撃を加えて、またたく間に三機を撃破した。
「どうよ?踊れれば、こんな奴らなんて一瞬よ!」
機体をスピンターンで止めながら、勝利の言葉を放つアカネだったが、次の瞬間―――その機体が膝から崩れ落ちた。
「わっ、わっ!なになに!?」
「あーっ……機体が限界にきちゃったねー」
慌てふためくアカネに、今度もアオイは苦笑いで応じる。
この一週間のたび重なる戦闘。その上、アカネの操縦は人馬戦車の性能の限界を超えた、未知の領域を引き出し続けていた。今回の戦闘に用いた短距離滑走もまた機体に想像以上の負担を与えた。その蓄積によって、ファントムは遂に限界を迎えたのであった。
そして、バランサーで立ち上がろうとするが、もう立ち上がれないファントムの駆動音が、滑稽にランウェイに響き渡った。
『見事ね、みんな見事よ!』
カノンに続く、アカネの戦果に、戦闘を見終えたサツキは興奮気味に呟いた。
「私は……負けはしない」
振り絞る様にリンが答える。
『いいわ、それでいいのよリン。この戦いでバクフが―――ガーディアンが人類から人馬戦車を取り上げるのか。それとも、あなたたちが―――人類がガーディアンにその意思を認めさせるのか……私にその『アンサー』を見せてね……私の可愛いリン』
そう言うと、サツキは回線を切った。
深く苦悶の表情を浮かべるリン。親友を思い、目を閉じるミユウ。サツキへの怒りに身を震わせるカノン。来たる戦いに決意をあらためるチトセ。リンを思い胸を痛める姉を心配するシオン。
サツキの登場は、五人の胸にそれぞれの思いを去来させた。
そして、ファントムを再駆動させる事を諦めて、キャノピーを開いたアカネも、
「なにが『アンサー』よ!―――いいわ、アタシっていうアンサーを、アイツに見せてやるから!」
サツキの挑戦に対抗心を燃やし、その決意を高らかに口にしながら、立ち上がった。
「ちょ、ちょっと急に立たないでアカネ!」
カッコよくポーズを決めたアカネだったが、そのせいでファントムはバランスを崩し、顔面蒼白でコクピットから落ちそうになるアカネを、慌ててアオイは抱きとめるのだった。
第2話:「電脳謀反」終
第3話:「アンサー」に続く




