第2話:電脳謀反11
アカネの起死回生の逆転に、リンは胸をなでおろした。次なるハッキングに備え、駐屯地内の人馬戦車のAI取り外しを進めるためにも、この三機は撃破しなくてはならない。
困難な状況ながらリンの期待に応え、アカネは見事に活路を見出した。
そして、進行してきたファルコンを迎撃に向かったミユウたちも、カノンの奮戦によりそれを見事に食い止めている。
ようやく事態が好転した事で、新たにリンの胸にはある思いがこみ上げてくる。ここから『あの人』は―――タカハネ=サツキはどう出てくるのかと。
そのリンの思いに同調する様に、人工知能『ガーディアン』を構成する、膨大なコンピューターに囲まれたタカハネ=サツキは、バクフに問いかける。
「ねえバクフ、あの子たち頑張ってるわね……あなたが世界のガーディアンの縮図のように、あの子たちは人類の縮図……」
日本担当のガーディアン『バクフ』は、人馬戦車排除を宣言して、人類に『電脳謀反』を仕掛けてきた―――その黒幕は他ならぬサツキであった。
それは、リンにも推測がついている。一週間前、バクフが日本全土のAI機にハッキングを仕掛ける寸前に、それを自分にだけ通告してきた謎のメッセージ。
それがサツキからのものである事は疑いなく、ミユウもまた同意見であった。
ここまで壮大な『電脳謀反』を仕掛けられるのは、国内の人馬戦車運用を司る防衛省の補佐官であり、またその設計に深く関わったサツキしか考えられない。またサツキは、ガーディアンの開発スタッフでもある。
条件は揃いすぎている―――そして、この首都の前門と呼ばれる、ミライミナト駐屯地の司令であるリンを見出したのは、他ならぬサツキであるという因縁もまた、それを裏付けていた。
やろうと思えば、駐屯地の全AI機をハッキングできたであろうに、それを三機にとどめている今回のこの見え透いたハッキングも、やり口がいやらしい。
どこまで自分たちを、手の上で踊らせれば気が済むのだ。だが、そのすべてを自分たちは打ち破っている。故にリンはサツキの登壇が近い事を、その肌で感じていた。
そんな事を考えながら、リンは戦況を映し出す管制室のモニターに目を移す。
ミユウ率いる迎撃部隊は、順調にファルコンを撃破している。カノンのたっての志願で、単機での戦闘だが、ミユウがそれを許したのなら心配はない。リンはそれくらいミユウに全幅の信頼を置いていた。
アカネとアオイの駆るファントムも、ハンガー内でハッキングを受けた自軍のファルコン三機を相手に、ようやく反撃を開始した。
当初はホイールドライブを封じられ、第三世代機と第四世代機の性能差に翻弄されたアカネだったが、日本舞踊のすり足にヒントを得た、短距離滑走を編み出してからは次々とファルコンにダガーを打ち込んでいる。
次は私だ、さあ来い。といわんばかりにリンがその口元を引き絞った瞬間―――
『そんな怖い顔をしないでちょうだい……リン』
と、モニターから老女の―――タカハネ=サツキの声が流れてきた。
「―――!」
その声を耳にした瞬間、冷静だったリンの表情は憤怒へと変化し、しばしの沈黙の後、
「タカハネ=サツキ!―――なぜあなたは、こんな事をした!?」
と、声だけで相手をサツキだと断定したリンは、ずっと問いかけたかった疑問を、怒声とともに見えぬ相手に向かって投げつけた。
その双方の音声は、アカネたちのファントム、そしてカノンたちのイーグル四機にも入っている。サツキが管制室と同時に五機の回線を傍受し、割り込んできたのだ。
「なに?なんなのよ?」
「これ学長の声じゃ……?」
その声に、ファントムのアカネは驚き、アオイは声の主を推測する。
イーグル隊を指揮するミユウは、「遂にきたわね……」と、その登場に静かに眉をひそめた。
『なぜって……リン?私は人類と人馬戦車の未来が見たいのよ。『アンサー』がね』
そう言いながら、声に続いてサツキの姿がモニターに割り込んでくる。
「アンサーだと!なんのアンサーだ!?」
サツキの姿を目にして、リンはさらに語気を強める。
『人馬戦車は第三世代機から、着々とガーディアンの管制下から離れようとしているわ。そこの威勢の良いお嬢ちゃんが乗ってる『ファントム』からね』
「え、アタシ?なになに?」
突然、指名された事にアカネは純粋に驚き、そんなアカネをアオイは苦笑いするしかない。
『第二世代機まで、人馬戦車はガーディアンの完全制御下にあったわ。それを人類は我が手に納めようとした……』
「それが間違っていたのなら、航空力を人類に放棄するよう提案した様に―――ガーディアンは第三世代機の開発を止めるよう、人類に提案したはずだ!だが、ガーディアンはそう言わなかった!それが答えではなかったのか!?」
アカネの事などお構いなしに、サツキの言葉にリンは、論戦を仕掛ける。
超高精度演算システム『ガーディアン』の未来予測は、今や人類にとって絶対の存在であった。その提案によって、人類は空を放棄し、五十年の平和を手に入れのだ。
そのガーディアンが、空を捨てた人類が生み出した地上機甲兵器―――『人馬戦車』の、有人指揮機の開発に異議を唱えなかった。
リンは、サツキの主張にそれをもって反論した。
『私もあの時はそう思ったわ……だからファントムの開発にも加わった……あの時はね』
「今は違うと言うのか!?」
『第四世代機……あなたがテストドライバーを務めたトムキャット―――人馬戦車は海に出る必要があったのかしら……?』
リンが指揮官機として、カノンとともに駆るKF-14トムキャットは、艦載機としての側面もあり、海上をホバー走行できる水陸両用の人馬戦車であった。
「だが―――!」
『ガーディアンは、第四世代機の開発にも異議を唱えなかった―――そう言いたいんでしょう、リン?』
己の発言を先読みされて怯むリンにかまわず、サツキは続ける。
『今は、ガーディアンは認めているわ―――人類のすべてを。でも第五世代機、第六世代機……いつか己に慢心した人類が、バベルの塔を作って天を目指すとガーディアンが判断した時……いったい世界はどうなるのかしらね?』
サツキの言葉に、もうリンは反論できない。そしてサツキはたたみかける。
『それを私は見たいの。ガーディアンを、そして人馬戦車を作った人間として……崇高な思想なんかじゃないわ。いち科学者の興味よ』
そう言いながら、サツキは妖しく微笑んだ。
「なん……だと……?」
リンの目が精気を取り戻し、モニターのサツキを睨みつける。
『私ももう老人。あと何年生きられるか、分からないわ。だから私は時計の針を進めたの。ガーディアンが人類に、人馬戦車の放棄を迫った時、人類はどうするのか―――『バクフ』は世界のガーディアンの縮図。そしてリン……あなたたちは、世界の人馬戦車の縮図なのよ』




