第2話:電脳謀反10
カノンの、決意の一対十二の激闘は、管制室で戦況を見守るリンの目にも、同時にハンガーで一対三のダガー戦を繰り広げる、ファントムのサブモニターにも映し出されていた。
「カノンさん、凄い事になっちゃってるね」
アオイは常識を凌駕した、カノンのチャレンジに感嘆の声を上げる。
「あっちがそう出るなら、こっちもやってやるわよ」
生来の負けず嫌いであるアカネは、すかさず対抗心を燃やすが、アカネを取り巻く戦況は好転しない。
二足歩行でのダガーによる殴り合い。乗機ファントムの性能を最大限に引き出しても、第四世代機ファルコンの運動性能は、ことごとく第三世代機であるファントムを上回る。
追い詰められたアカネが、起死回生のホイールドライブを試みたが、この狭いハンガーでの直線的な車輪走行は、まるで闘牛士を見るがごとく華麗にかわされ、敵機を通り越して、無様に機体を地に横たわらせた。
そして位置関係は入れ替わり、ハンガーの出口側にファルコン三機、ハンガー内部にアカネたちのファントムという展開になった。
依然ハンガー内では、さらなるハッキングに備え、味方支援機からAIを取り外す作業が急ピッチで進められている―――その作業中の味方を背にする状況で、これ以上の無茶はできない。
「アカネ、これ以上は退がれないよ」
「わかってるわよ」
アオイの注意に答える、アカネの声にも緊張がこもっていた。
下手に仕掛ければ、機体性能に上回るファルコンに、またカウンターを食らう。かといって、このまま相手の動きを避けて退がり続ける事はできない。
どうする?―――攻める、守る、二つの選択肢があるのなら、アカネが選ぶのは、迷わず前者だった。
退がれないのなら、とりあえず進む。二足歩行でダッシュをするファントム。だが今度は攻撃はしない。そのままファルコンの目の前まで距離を詰めると、今度は相手の攻撃を待った。
腕のダガーを振りかぶり、ファントムに殴りかかるファルコン。アカネが狙うのは、先程の敵機の動きをトレースしたカウンター。
だが第四世代機の運動能力は、第三世代機の回避性能を超えていた。見事な操縦技術で回避運動を見せたアカネだったが、かわし切れない。
クリーンヒットは免れたものの、カウンターを狙った体勢の左肩にダガーを食らったファントムは、大きく挙動を乱しながら整備中の味方機の中に倒れこんでいった。
再びバランサーで立ち上がるファントム。その足元に転がる機関砲がアカネの目に入る。
「アーカーネー!ダメだからね!」
アカネの思考を先回りして、アオイがその考えをたしなめた。
「まだ、なにもしてないじゃない!わかってるわよ、銃なんて使わないわよ!」
ハンガー内での機関砲使用がご法度なのは百も承知なので、慌ててその考えを否定するアカネだったが、一瞬本気で機関砲を使ってやろうかと思ったほど、打つ手なしの様相となってきた。
やはりガチンコの性能勝負では、第三世代機のファントムでは分が悪い。まともに殴りかかればカウンターを食らい、こちらがカウンターを狙えば、敵の初手がかわし切れない。
その原因はなんだ―――やはり踏み込みが甘いのだ。二足歩行ではAIに考える時間を与える。今までアカネは、ファントムをホイールドライブで縦横無尽に滑走させる事で、AIの予測を超えてきた。
だが、この狭いハンガーでホイールドライブが封じられた今、AI機はファントムの鈍重な動きを演算し放題だ。しかも相手は三機。
ホイールドライブさえできれば、第四世代機が何機であろうと敵ではないが、ハンガー内でのホイールドライブは先程、試みて見事に失敗した。
(なにかないの……なにか手は……!)
苛立ちを募らせるアカネに、ふとサブモニターのカノンの戦況が目に入った。
撃破数、六機―――すでにカノンは十二機の半数を、たった一人で撃破したらしい。
それに比べて今の自分はなんだ。不利な条件とはいえ三機相手に、いまだ一機も撃破できていない。
あの女に……カノンに負けたくない!―――アカネが悔しさを爆発させた時、不意にシオンとの会話が頭をよぎった。
「お姉様は私なんかより、もっと上手なんですよ」
月光に照らされて、シオンが日本舞踊のすり足を見せてくれた時に、姉を褒め称えて言った言葉。
人馬戦車の操縦技術だけでなく、踊りまで得手とは、ますます負けるわけにはいかない。
そんなさらなる対抗心をアカネが抱いた時、その思考に突然の閃きが舞い降りた。
(そうか!)
アカネは目を見開くと、ファントムを小さく後退させた。
瞬間アオイは、アカネが新たな打開策を見つけた事を感じ取り、その支援体制に入る。
「アカネ、左腕パージするよ。これで少しは踏み込みが、良くなるかもね」
アオイの声と同時に、ファントムの左腕が肩から切り離される―――先程のダガーの一撃で、ファントムの左腕はぶら下がるだけの鉄塊となっていた。それをパージする事で、少しでもアカネの動きを楽にしようと、アオイは試みたのだ。
「いくわよ、アオイ!」
叫びとともにアカネは、再び脚部の車輪を降ろした。狙いはホイールドライブ。マニュアルギアをニュートラルに入れ、回転数をピークまで上げる。
まさに暴挙―――滑走距離が十分でないこの状況の、車輪走行はすでに、失敗している。
だがアオイの表情に一点の不安もない。必ずアカネなら、常識を打ち破る一手を打つと、信じているのだ。
アカネが、エンストすれすれのタイミングで、ギアを一速に入れながらクラッチを繋ぐ。
瞬間、ファントムは急加速で前傾姿勢のまま、ファルコンに向かい突っ込んだ。
ファルコンがかわせば、先程の二の舞―――ファントムは制動を失い、ハンガーを転倒するまで走り続けるだろう。
だが今度は違った。アカネはダッシュとともに、すぐさま車輪を上部に引き上げた。結果、ファントムはそのスピードのまま、素足で地面をスケートする様に前進した。
制動距離もファルコンの正面までに合わせてある。オーバーランするファントムを、かわす事だけを計算したAIは、まさかファントムがこの加速で、自分の前に止まる事は想定していなかった。
「食らいなさい!」
操縦桿をひねり、スピードを殺しながら、ファントムが完璧にファルコンの懐に入った。同時にその右腕を振りかぶらせていたアカネは、雄たけびを上げながら、ダガーをファルコンの胴体に打ち込んだ。
完壁な位置から、完壁な一撃を食らったファルコンが、ハンガーの壁に向かって吹っ飛んでいく。アカネの発想は、今またAIの想像力を打ち破ったのだ。
「アカネ!これ、日本舞踊のすり足だね!シオンさんの見せてくれた―――」
「フフン。アタシにできない踊りなんてないのよ」
アオイの指摘に、アカネは自信満々にうそぶいた。
助走を用い『動』を表現する西洋のステップに対して、日本舞踊のすり足は、助走を用いず『静』を表現する。
カノンへの対抗心から、シオンの日本舞踊のすり足を思い出したアカネは、それを瞬時に今の戦況と、人馬戦車の操作へと昇華させた。
変則のすり足ともいえる、ファントムの急加速、急停止は、カノンが繰り出したスライディング同様に、今またAI機の―――それをコントロールする『バクフ』の演算力を超えた、人間の力を見せつけたのだった。
「さあ、ステージの開幕よ。かかってきなさい」
新たな舞いを手に入れたアカネは、上機嫌にファントムをスピンターンで踊らせると、そう言いながら白い歯をのぞかせた。




