第2話:電脳謀反8
「よーし、アカネ。今回はダガー戦だよ」
「ダガー?」
「まあ、平たく言えば人馬戦車の短剣かな。操縦桿の内側のスイッチ……そうそう、それ両手とも下げて」
アオイが指差すスイッチを下げると、ファントムの前腕格納部から、短剣状の突起物が手の甲に向けて飛び出してきた。それはダガーと呼ぶには、あまりに武骨な鉄塊であった。
「えっ、ビームサーベルじゃないの?」
「それは……ちょっと無理……なんじゃないかな」
残念そうなアカネの感想を、苦笑いでやり過ごすと、
「ダガーは近接の格闘戦に使うの。これも平たく言うと、殴り合いね」
アオイはダガーの使い道を、簡潔に説明した。
ファントムがダガーを出した事に呼応して、敵機のファルコン三機も揃ってダガーを出してきた。
こちらも相手も発進前の状態だったため、機関砲は持っていない。仮に持っていても、ハンガー内でそれを発砲する事はできないので、敵機も機関砲なしの状態であった事は、ひとまず幸運であった。
「アカネ。ホイールドライブは使えないから、間合いに気をつけてね。懐に入られたら、やられるよ」
アカネの得意とする人型形態での車輪走行。今回は狭いハンガー内での格闘戦のため、それが封印され二足歩行が強いられる。
かつ機関砲なしでの殴り合い。それはまるで人馬戦車で行うボクシングの様であった。
そして慣れない二足歩行で、アカネがファントムを後退させればファルコンが距離を詰め、こちらが前進すれば、相手が退がるという展開が始まり、AI機の教科書通りの戦術に、活路が見いだせないアカネは次第に苛立ちを募らせていった。
持久戦は先に動いた方が負ける―――だが、アカネにそんな理論は通用しない。
「うおりゃーっ!」
膠着した状況にしびれを切らしたアカネが、雄叫びを上げながらアクセルを踏み込み、ファントムを大きく前進させた。
二足歩行で走りながら、目標と定めたファルコンに正面から突撃するファントム。アカネは素早くスティックを操作して、ダガーの腕を振りかぶらせる。
そしてファルコンの間合いに入り、一撃を加える―――はずであったが、既に後退姿勢に入っていたファルコンは、ファントムのダガーを紙一重でかわすと―――その流れのまま美しいカウンターパンチを繰り出してきた。
「アカネ、回避!退がらずに、ひねって!」
アオイの声に素早く反応したアカネが、ファントムの体勢をひねる。
次の瞬間、クリーンヒットは免れたものの、胴体にダガーの一撃を食らったファントムに、激しい衝撃が加わってきた。
「くそっ!当たんなかったの!?」
「アカネ、次くるよ!退がって!」
攻撃を回避された事に動揺しながらも、なんとかアオイの指示通りに機体を後退させたが、想像以上の格闘戦の難しさにアカネは呼吸を荒くする。
「やっぱり純粋な格闘戦だと、第三世代機と第四世代機の差が出ちゃうかな」
アオイはキーボードを叩き、第四世代機ファルコンの運動性能を計算しながら、その完成度にあらためて舌を巻いた。やはり奇策なしの、がっぷり四つでは、第三世代機ファントムでは分が悪い様である。
「やっぱり、いい機体だね。ファルコンは」
「なに相手の事、褒めてんのよ。冗談じゃないわ」
これでもアカネは、敵機の回避運動を考慮して、最短距離の正面突撃を選択したのだ。それでもファルコンは、その運動性能を発揮してダガーをかわした。やはり、ファントムの二足歩行では無理なのか。
思うより体が先に動くアカネは、あろう事か次の瞬間には、脚部の車輪を降ろし、ギアをニュートラルに入れ、回転数を可能な限り上げると、この狭いハンガー内でのホイールドライブを敢行した。
「ちょっ、アカ―――」
アオイの言葉が半分のところで、ファントムは急加速で前進する。
そして、もっとも前方に位置するファルコンに、体当たり気味の衝突をすると、そのまま挙動を乱し、巻き添えを食わない様に身をひるがえす、残り二機のファルコンの間を越えて、ハンガー内を暴走した。
「うわっ!うわっ!」
なんとかブレーキを踏んで、体勢を立て直そうと試みるアカネだったが、その前にハンガー内に転がるキャリーに蹴つまずくと、ファントムは勢いのまま無様に、前転の形で転倒した。
第三世代機のホイールドライブ、第四世代機のホバードライブともに、その使用条件は平地、かつその運動に十分な制動距離が取れる事が、絶対条件である。
この狭いハンガーで、それが分かっていながらホイールドライブに挑んだアカネの行動は、ある意味暴挙であった。
ファントムがバランサーのおかげで、素早く立ち上がると、
「ちっ、失敗したわ」
アカネは自身の行動に、悪びれる風もなく舌打ちした。
「うん、さすがに無理だったね」
機体の転倒のおかげで、ずれた眼鏡を直しながら、平然とアオイも感想を述べる。
たとえ暴挙でも、状況の打開のために、常に前進する心を持ち続けるアカネ―――そんなアカネを見ていると、アオイはたまらなく心が弾む。
「次の手を考えるわ。見てなさい!」
そう言い放つアカネを見ながら、アオイは思う―――自分は人馬戦車が大好きだ。でも今は、アカネと一緒に乗る人馬戦車が大好きなんだ、と。
この非常時に、そんな事を考えてしまったアオイは無意識に、隣の操縦席でしかめっ面を作るアカネの横顔を、まじまじと見つめた。
「な、なに?どうしたの?」
その熱い視線に気付いたアカネは、思わず頰を赤らめて、アオイにその真意を問う。
「なーんでもないよ、フフッ。アカネならできるよ」
意味が分からない―――でも、アカネはそれで良かった。
「まかせときなさい!こいつら、まとめて倒してみせるわ!」
根拠のない自信―――だが、アオイにとってその言葉は勝利への十分な確信となって、胸に広がっていくのだった。




