第1話:人馬戦車1
「アカネ、どう?―――ヘルメットの無線は良好?」
「聞こえてるわよ。なんでこんなモン被らなきゃなんないのよ」
コクピットの二人の会話に、管制室からの無線が割って入る。
『死にたければ被らんでもいいぞ、ヒビキ=アカネ。―――コダマ=アオイ、管制システムはどうだ?』
「良好です、クスノキ大佐。やはり練習機とは違って、レーダーが本格的ですね。電子戦!って感じがします。それに支援機の制御システムはシミュレーションではやった事がありますが、本物はやっぱり―――」
「なに浮かれてんのよ、アオイ!―――あと、いちいち上から目線で物言うのやめてくれない、クスノキ=リン。気に食わないのよ!」
奥歯を噛みしめる、ギリリという音が無線に乗る。
『それだけ元気があれば、問題はなさそうだな。いいか、もう一度言っておくぞ。そのファントムは、現在の人馬戦車の中では旧型の指揮官機だ。それを忘れるな』
忠告しておく、と言わんばかりのリンの言葉に、
「だから上から目線で、話すんじゃないわよ!」
憤怒の表情でアカネが噛み付くと、
『あーら、よく吠えること。さっきは、あんなに無様に這いつくばってたくせにね。ホホホ』
と、あざ笑う新たな声が、割り込んできた。
瞬間、アカネの脳裏に数時間前の、苦い記憶がフラッシュバックした。
横たわる機体。踏みつけられ、ひしゃげたキャノピー。そのコクピットから見上げた、自分とアオイを見下ろす、リンと先程の声の主、マキナ=カノンの姿。
屈辱―――今すぐにでも、このコクピットから飛び出して、あの高慢なカノンを、ブン殴ってやりたい。そんな衝動に襲われたアカネの側頭部に、コツンという軽い衝撃が走る。
「アカネ、いくわよ―――勝って目にもの見せてやりましょ」
隣に座るアオイが、無線を一旦切って、顔を寄せてヘルメット越しに肉声を送ってきたのだ。その満面の笑みが、アカネには嬉しくもあり、照れ臭くもあって、困ってしまう。
「―――わかったわよ……ありがと……」
仏頂面ながら、アカネが冷静さを取り戻し、感謝の言葉を伝えると、
「落ち着いて―――アカネならできるよ」
ヘルメットの中で、眼鏡を上げ直しながら、アオイは自信に満ちた笑顔をもう一度送った。
そして前方のハッチが開かれ、太陽の光がハンガーの中に降り注がれる。
『いいか、支援機はタイガー三機だ。ガーディアンのハッキングに備えて、従来の軍用データからすべて書き換えているが、バクフの演算能力がこちらの電子防護を上回ればそれまでだ。その瞬間、その支援機はお前たちの敵となる』
「わかりました。最大限の注意を払います」
「その時は、全部まとめてブッ倒してやるわよ!」
リンの言葉に、右シートのアオイは冷静に返答しながら管制システムを起動させ、左シートのアカネは燃え上がる対抗心をむき出しにして、開かれた前方を睨み付けた。
人馬戦車―――ケンタウロス。
空を失った人類が生み出した、人型機甲兵器。
その操縦席に、二人の少女がいる。
「出るわっ!」
アカネが叫びとともにクラッチを繋ぐと、KF-4ファントムはホイールスピンの唸りを上げながら、前方の光に―――戦場に向かって飛び出していった。