第2話:電脳謀反5
立て続けに知る様々な事実―――その中でも、目の敵にしているリンが自分の先輩にあたるというアオイの言葉に、思わず声を荒げたアカネだった。
「ほら、やっぱり。教えると絶対嫌がると思って、アカネには黙ってたんだよ」
予想通りのリアクションが返ってきた事に、アオイは苦笑いするしかなかった。
「あの女が先輩……不愉快だわ……」
「ついでに全部言っちゃうけど、ゴールデンヴァルキリーのみんなは、ミユウ中佐も、チトセさんも、シオンさんも……カノンさんも、みんなうちの機甲科の卒業生だよ」
「なっ、なっ、なっ……!なんて事なの……!」
あまりの衝撃に、怒りを通り越して力が抜けたアカネは、ファントムの上で、大の字に倒れ込んでしまった。
「もう、そんなにショック受ける事ないじゃない」
アカネのリアクションが、ツボにはまったアオイは笑いが止まらない。
「クスノキ=リンどころか……あのツンツン姉ちゃんまで、アタシの先輩だなんて……もう、どうでも良くなってきたわ……」
本気でうんざりした表情を作り、ハンガーの天井を仰ぐアカネであった。
「ねえ、あれって」
前方に何かを見つけたアオイが、アカネの肩を叩く。
「なによ。もう、たいがいの事じゃ驚かないわよ」
「ほら、アカネ。あれ見て、シオンさんだよ」
アオイの言葉に、アカネはガバッと身を起こすと、開け放たれたハンガーの先のランウェイに、本当にシオンの姿があるではないか。
月明かりに照らされたシオンは、幽玄なたたずまいを全身から醸し出し、何かを舞っていた。
アカネには分かる―――それは日本舞踊だった。
飛び、跳ねる西洋のそれとは異なり、日本舞踊はその躍動の中に『静』が内在する。
すり足、身のひるがえし、間の取り方、時には喜び、時には悲しみを描き出すその所作に、アカネは心奪われた。
そして一幕の舞いを終えると、シオンはファントムを観覧席にする、アカネとアオイに向かい一礼した。
「凄いじゃない、シオン!」
言うなりアカネは、ファントムから飛び降り、シオンに駆け寄ると、その手を取った。
「ありがとうございます。早くお約束を果たしたかったので」
激しい称賛を浴びて、照れ笑いするシオン。
「いやー、お見事です。アカネのダンスはしょっちゅう見てますが、また違った趣がありますね」
遅れてアオイも加わり、シオンの舞いに拍手を送る。
「でもお姉様は私なんかより、もっと上手なんですよ」
シオンがそう言った瞬間、アカネの顔が歪む。
「へーっ、カノンさんも踊るんですねー!意外ですねー!」
アカネのリアクションが想定できたアオイは、すかさず大げさに合の手を入れた。
「お姉様の事……ごめんなさい。でも、許してあげてください」
そう言うと、シオンは深々と頭を下げた。
場面は、駐屯地内の訓練室―――
人馬戦車のシミュレーターに座り、一心不乱に敵機を撃破しているカノン。その後ろで、それをチトセが見守っている。
リンが後方任務も担う現在、女子だけで編成される人馬戦車の精鋭部隊、ゴールデンヴァルキリーのエースはカノンであった。
だが、アカネの登場によって、その地位は脅かされつつある。ここ一週間の撃破スコアもアカネの方が上である。
リンが士官席で部隊全体の管制も担うトムキャットは、戦闘だけに従事する訳にはいかない。自ずと後方に移動する機会も増え、撃破数も自由には伸びない。
アオイも分析した様に、自由気ままな動きのアカネの撃破数とは純粋に比較できないが、それでも自身のスコアを上回られることはカノンにとっては屈辱であった。
プログラムをひとターン終え、カノンが一息つく。
「いやー、お見事なのですよ。やっぱり単機での動きなら、カノンに敵う者はいないのですよ」
チトセが最大限の賛辞を送る。それはお世辞でもなんでもなく、事実カノンの操縦技術は演習でもいつも水際立っていたし、今のシミュレーションもミッションクリアの最短記録を更新していた。
「さすが『クスノキ=リンの再来』と言われただけの事はあるのですよ」
チトセの言葉に、カノンの表情が歪む。
「いいえ、まだよ。まだですわ……」
そう言うとカノンは、再びシミュレーターの操縦桿を握り、ミッションをスタートさせようとするが、すかさずチトセがそれを止めた。
「カーノーン!もう休むのですよ。オーバーワークは体を壊すのですよ」
言いながらチトセはシートベルトを外し、カノンをシートから引きずり降ろした―――そしてカノンは力なく、うつむきながら呟く。
「なぜ……なぜリン様は、あんな女を買っているのでしょうか……それに、ヒビキ=アカネ……あんなにもリン様に思われていながら、そのお心を足蹴にする様なあの態度……許せませんわ!」
リンのアカネに向ける期待に、その崇拝者であるカノンは嫉妬の感情を禁じえない。そしてリンに期待されていながら、それに対して感謝するどころか、歯向い続けるアカネには憎悪の感情すら覚える。その証として、今日カノンはついに手を上げてしまった。
「あくまで、私の推測なのですが……」
チトセはそう前置きした上で、
「リン大佐は、何か大きなものに立ち向かう―――いや立ち向かわざるえない状況に立たされている様な気がするのですよ」
「大きなもの?」
「それが何かは、分からないのですよ。でもリン大佐は、そのために戦力を欲しているのだと思うのですよ。既成概念を打ち崩す様な……新たな戦力を」
「それが……ヒビキ=アカネ……?」
そして、その時ハンガーでは、その当人―――ヒビキ=アカネが特大のクシャミをしたのだった。




