第2話:電脳謀反3
アカネの舞いを遠目に見ながら、ヘルメットを脱いだリンは、副司令であり親友であるミユウに、今回の戦況についての感想を問いかけた。
「どう思う?やはり今回も『あの人』は見ていたかな?」
「当然、見ていたでしょうね。一週間前、『バクフ』が人馬戦車の排除を宣言する直前に、わざわざこの駐屯地に、ハッキングの対策をするよう『警告』してきたくらいですから」
ミユウの言う警告―――
『日本全土の人馬戦車が間もなくハッキングされる。急ぎデータを書き換えなさい』
ミライミナト駐屯地司令である、リンに向けて送られた『あの人』からのメッセージ。
そのおかげで、ミライミナト駐屯地の人馬戦車約百機は、国内で唯一、『バクフ』への対抗勢力として現存している。
だが、なぜ自分たちだけが、その存在を許されているのかが、リンの抱いている疑問であった。
「試されているのかな……私たちは?」
「リンがそう思うのなら、そうなんでしょうね。きっと」
核心を突かないミユウの言葉だったが、それでもあえて、そう言ってくれている親友の配慮に、リンは満足だった。
「でも、もう一週間……政府は非常事態宣言を出したっきりで、次の対応を一切、伝えてこないのは気になるわね」
「それも『あの人』が関係しているのか……国連の世界平和協定のため、各国もこの事態には介入しないまま、静観を続けているしな……」
ミユウの政府対応に関する指摘と、孤立無援の日本の現状に、リンの表情が厳しくなる。
「まあ、今はブリーフィングルームに行きましょ。じゃないとあの子、あのままずっと踊り続けてるわよ。フフッ、カノンがまた怒りだすわよ」
そう言って、微笑みながらミユウは、ハンガーを舞台に踊り続けるアカネを指差した。
「そうだな。まずは目の前の事態を、ひとつひとつ解決していこう」
リンもまた微笑み、そう請け合うと、いまだブリーフィングルームに向かわない、アカネ、アオイ、チトセを動かすべく、ミユウとともに歩を進めたのだった。
そしてブリーフィングルームに、緊張した空気が流れる。
「あれほど遅れるなと言いましたのに、なんなのですか、あなたは!?『ヒ、ビ、キ、准尉』!」
一足先にシオンとともに到着していたカノンは、予想通り本人どころか、全員を遅らせたアカネに対して、鬼の形相を作りながら、再び厳しい言葉を投げつけた。
「すまなかったなカノン。私もミユウと話をしていたので遅れてしまった。ヒビキ=アカネだけのせいではない。責任は私にもある」
「ごめんなさいね、カノン大尉」
駐屯地の司令、副司令に続けざまに謝罪を受けるとなると、カノンの方が分が悪い。
「い、いえ私は、リン様とミユウ様に責任があるなどとは、けっして―――」
必死に取り繕うカノンの姿に、アカネは、ざまあみろとばかりにニヤつく。その姿がカノンには憎々しくてたまらない。
「では今回の戦闘を検証するための、ブリーフィングを始めましょうか」
カノンがアカネに食ってかからないうちに、事を先に進めるべく、ミユウが進行役として口を開いた。
機先を制されたカノンは、もう押し黙るしかない。これまで一週間、当初の経緯があるとはいえ、事あるごとにアカネとカノンは対立し、その溝を深めていった。
「今回もマザ駐屯地所属だったファルコンが、市内に侵入。その目的は、このミライミナト駐屯地の制圧……なのかしらね?」
「ここに至る前に、安全地域で迎撃しているから真偽は不明だが……バクフの目的は人馬戦車の排除。ならば、ここが目的なのは、ほぼ間違いないだろう」
ミユウの提議に、リンも同意の意思を示す。だが、どうしても腑に落ちない点がある。
「だが、なぜバクフはマザ駐屯地の人馬戦車を総動員しない。機体の総数なら向こうの方が上だ。当初は威力偵察かと思ったが、この一週間、ずっと私たちの部隊に合わせた様な、機体数しか繰り出してこないのが気にかかる……」
「試されてるんでしょうね……」
ミユウが誰に言うともなく、悪戯っぽく先程のリンの言葉を呟く。時に核心をはぐらかし、時に誰よりも深く核心を突くミユウは、親友の思いを自分の言葉として、皆に向かって代弁した。
「だとすると、何かの罠だという事も考えられるのですよ」
「確かに、今日の戦闘は楽勝すぎる気もしました……」
さっそくチトセとシオンが、思い当たる疑問を口にし始めた。
「リン様の予想では、バクフは戦闘を学習し、AI機の戦闘技能は日に日に向上しているはず……すると相手は手加減をしている?」
「それも考えられるのですよ。油断させておいてズドン……なのですよ」
カノンの意見に、チトセも懸念を示し、そのまま一同はしばし黙り込んでしまった。だがその沈黙を破ったのは、やはりアカネだった。
「あー、もー、そんな事考えてたって仕方ないじゃない」
「なんですって!仕方ないとは、なんですの!」
すかさずカノンが、アカネに噛みつく。
「だってそうでしょ!アタシたちは、進むしかないんでしょ?なら考えたって仕方ないじゃない!」
「進むにしても、戦術というものがありますわ!まったく、これだから素人は……」
「その素人を引っ張り込んだのは、アンタたちじゃない!」
カノンの嘲笑に、売り言葉に買い言葉とばかり、アカネが言い返した一言で、リンの顔色が一瞬曇った。
民間人。しかも学生であるアカネとアオイを、非常事態権限でもって軍に拘束しているのは、他ならぬリンであったからだ。だがその信念、その決断に、後悔や揺らぎは微塵もない。
「その件に関しては、すまないと思っている。だが、今、我々にはお前たちの力が必要なのだ」
毅然とした態度でリンはそう言うと、アカネとアオイを真っすぐに見つめた。
この視線がアカネは、たまらなく不快なのだ。すべてを見透かした様な、この刺す様な視線が。アカネの心に、リンに対する反抗心が燃え上がる。
「なら手伝ってあげるわ。感謝してよね」
目を逸らしながら、そう吐き捨てたアカネに、
「つけ上がるのも、たいがいになさいな!何様のつもりなの!」
カノンはついに身を乗り出し、アカネに掴みかかると、そのまま馬乗りになって、その顔を平手でひっぱたいた。
「痛いじゃない!なにすんのよ!」
「私にならともかく、言うに事欠いて、リン様に対する罵詈雑言!許しませんわ!」
そのまま二人はもみ合いのケンカとなり、カノンをチトセとシオンが、アカネをアオイが羽交い締めにして、ようやく二人を引き離す事ができたが、ブリーフィングは継続不可能な状況となった。




