第1話:人馬戦車12 (第1話 終)
突然のリンからの無線に驚いたアオイだったが、
「えー、通常通りヒューマンモードなので、セミオートマです。あっ!?」
管制室のリンの口元に笑みがこぼれ、そしてアオイも同時に何かに気付いたらしく、驚きに目を丸くした。
「やはりか!すぐにミッションをマニュアルに切り替えろ!」
「は、はい!」
「なに?なに?どういう事よ!」
アカネには、なんの事か理解できない。
「なるほどね。あの子、ファントムを練習機では、ヒューマンモードもマニュアルで動かしていたのね」
「ああ、第三世代機は当初、マニュアルとセミオートマの切り替えは手動だったからな。今はヒューマンモードはセミオートマが常識になっているせいで、ファントムも現行機はヒューマンモードの際は、自動でセミオートマになるのを忘れていた」
ミユウの指摘に、リンは答えを見つけたとばかりに、弾んだ声で答える。
初の有人人馬戦車、第三世代機KF-4ファントムは、トランスミッションのマニュアル、セミオートマの切り替えが手動であったが、格闘戦シフトのヒューマンモードでは、その挙動制御には高い技術を要求され、クラッチ操作を必要とするマニュアルは次第に敬遠され、ヒューマンモードはセミオートマで操縦するのが常識となった。
対してタンクモードでは、その機動力を生かすべくマニュアル一択であり、結局、変形時にいちいちトランスミッションを切り替える手間が生じる事が、操縦士から不評であり、ヒューマンモードに変形時には、自動でセミオートマに切り替わる設定が軍のスタンダードとなっていたのだ。
「でも大丈夫かしら?ファルコン相手にマニュアルなんて。第四世代機でさえ、ヒューマンモードのマニュアルミッションは非現実的という理由で廃止になってるのよ」
今さらながらの事実を、ミユウはいたずらっぽい口ぶりで、リンに問いかける。
「やれる。ヒビキ=アカネなら、やれるはずだ」
その自信に満ちた口ぶりにミユウは微笑み、そしてカノンは苛立ちと焦燥感をさらに深くしながらリンの横顔を見つめた後、モニターに映るファントムに視線を移す。
そのファントムのコクピットでは、
「なに、そんな理由なの!」
「ごめん、アカネ。機甲科の練習機は、学園に払い下げされる際にファクトリーリセットされてたのよ。だからあの時もマニュアルで走れたのよ」
アオイが、セミオートマに自動で切り替わった経緯を、アカネに説明し終え、苦笑いを浮かべていた。
「じゃあ、もう」
「あの時と同じ!マニュアルに切り替えたから、クラッチが正常に働くわ」
まさか自動でセミオートマに切り替わっていたとは知らず、無力化したクラッチを延々と空踏みしていたのが、アカネが感じていた違和感の理由だった。
それならばと足慣らしに、手始めのアクセルターンを決めたアカネは、
「これよ!これだわ!」
と歓声を上げる。
二足の並列二輪のため、セミオートマでも急加速で多少のターンは可能だが、回転数のピークを自在にコントロールできるマニュアルの切れは、やはり段違いだった。
「さあ待たせたわね……ステージの開幕よ。いくわよ、アオイ!」
「了解、アカネ!」
激しいホイールスピンの唸りを上げ、ファントムがファルコンに向かい突進する。明らかにその動きは、先程と同じ機体とは思えない程の躍動を見せていた。
ファルコンからの機関砲掃射―――だが、それをファントムはドリフトでかわす、と同時に反転のターンを決めながら、反撃の銃撃を加え、まず一機を撃破した。
「アカネ、支援機で相手を追い込むから、まとめて倒して!」
敵機の側面に回り込んだタイガー三機が、機関砲の一斉掃射を加えた事により、三機のファルコンが回避運動で一ヶ所に固まった。
そこをすかさず、ファントムはその背後に回り込み、ゼロ距離射撃で、二機目、三機目、四機目と次々に撃破する―――残りは四機。
「あのファントム、急に動きが良くなったのですよ!」
「すごい……すごすぎます!」
護衛任務のチトセとシオンも、驚嘆の声を上げる程の目覚ましい働き。そして管制室のリンも、我が意を得たりと口元を綻ばせた。
「さあ、もう少し踊らせてもらうわよ」
そう言うとアカネはファントムを、湾岸部の臨港道路を埠頭に向かって走らせた。
「どうするの、アカネ?」
「どうせあのクスノキ=リンが見てるんでしょ。なら見せつけてやるのよ!アタシの最っ高のステージをね!」
ファントムは、追ってくるファルコンを引き連れたまま埠頭に達すると、そのまま連絡橋に進入する。
そして吊り橋の中央まで到達すると、華麗に反転し、その足を止めた。アカネの意を察したアオイは、支援機を連れていない。
「ここならよく見えるでしょ、アタシのステージが……いくわよ!」
そう言うなりアカネはアクセルを踏み込み、ファントムを踊らせた。
それは四機のファルコンを相手に、人馬戦車が、華麗なステップ、ターン、ジャンプを繰り広げる―――戦闘とはおよそかけ離れた、まるで芸術を見る様な時間であった。
その真実は、機甲兵器がアクセルターンやドリフトを駆使して、敵機の間を駆け抜けるものであったが、ファントムはアカネの肉体が乗り移ったかの様に、その意のままに戦場を踊り続けた。
そして最後の一機を、ファントムがゼロ距離射撃で撃破する事で、そのステージはフィナーレを迎えた。
そして、しばしの静寂の後―――
「やったー!やったよ、アカネ!すごいよー!」
アオイが素っ頓狂な声を上げながら、アカネの肩を抱き、その勝利を祝福した。
「フン。あったりまえよ、このくらい!」
そう強がったアカネだったが、高揚感、達成感による興奮は隠せない。
やってやった、あの女に見せてやったわ―――その思いに気持ちを高ぶらせるアカネの耳に、管制室のリンからの無線が入る。
『よくやったヒビキ=アカネ、コダマ=アオイ。間もなく味方機が合流する。すみやかに帰還せよ』
当然、管制室のリンの姿は見えないが、冷静な口ぶりとは裏腹に、その表情は満足の笑みを浮かべていた。
「相っ変わらずの上から目線ね……まあ、いいわ」
そう言うと、アカネはいたずらっぽくアオイに微笑みながら、
「カーテンコールよ!」
ファントムを、再び連絡橋の上で華麗に踊らせ始めた。
時を同じくして、連絡橋のライトアップが始まり、それはまるでアカネのステージを祝福するかの様な輝きを放ち、人馬戦車の踊りを彩ったのだった。
第1話:「人馬戦車」終
第2話:「電脳謀反」に続く




