第12話(最終話):踊れ!7
そして、ファントムの突入と時を同じくして、ハッキング機の制御権が、バクフによって奪還された。
息を吹き返すKF-16ファルコン―――アオイの逆ハッキングの間に数を減らしたとはいえ、いまだ二百機を下らないその機関砲が、一斉にリンたちに向けられる。
「ここが正念場だ!―――我らも、ともに戦うぞ!」
リンの号令のもと、バクフを囲む防御陣と首都進攻隊による激闘が開始された。
これが最後の戦い―――人類の未来を背負う使命を胸に、臆する者は誰一人いなかった。
日本国民だけでなく全世界が、民放テレビが中継する戦闘の様子を、固唾を呑んで見守っている―――ここで負ける訳には、いかないのである。
北部方面隊のハッキング機も、続々と到着してくる圧倒的劣勢の中でリンたちは、送り出したアカネとアオイを信じて、迫り来る敵機に立ち向かった。
その頃、バクフ内部に突入したファントムは、一階フロアの内周軌道を疾走していた―――確かにヤヨイが言った通り天井が低く、車輪走行のファントムでなければ二足歩行を強いられて、これほどのスピードでは進行できなかったに違いない。
「快調ね!―――一階はこのまま、道なりに回っていけばいいの?」
「うん、バクフ内部には固定砲台とかはないけれど―――迎撃専用の人馬戦車が、どこから来るか分からないから気をつけて!」
順調な滑り出しに気をよくするアカネを、たしなめる様な口調でアオイは注意を促す。
「迎撃専用の人馬戦車!?」
「うん―――ほら来たよ!」
アオイはそう叫びながら、前方モニターに入り込んできた敵機を素早くロックして、アカネの射撃を支援した。
迫ってくるのは全高一メートルたらずの、三角形をした奇妙な箱型の砲台―――それが通路をクルクル回りながら、ファントムに接近してくる。
「なんなのよ、アレ!?」
叫びながら、機関砲の引き金を引くアカネ。
「KF-102デルタダガー!―――ガーディアン内部の防御用に特化した、移動砲台型のAI人馬戦車だよ!」
機体振動でずれた眼鏡を上げ直しながら、アオイは初対戦の敵機のプロフィールを早口で説明する―――そして、その言葉が終わらぬうちに、前方から迫ってきたデルタダガー二機は、機関砲射撃によってあっけなく粉砕された。
「なにこれ?余裕じゃない!」
「油断しないでアカネ!―――次、くるよ!」
拍子抜けした様なアカネに、喝を入れるアオイ―――そしてデルタダガーの第二陣が押し寄せてくると、
「な、なによこれ!?」
アカネは我が目を疑った―――デルタダガーは、その三角形の胴体から、蜘蛛の様な長い足をニョッキリ出すと、壁と天井を這う様に疾走しながら、機関砲を撃ってくる。
「うわ、うわ、うわ!」
慌てた声を上げながらも、アカネは巧みなシフトチェンジとアクセルワークを駆使したダンス走法で、その銃弾をかわす―――そしてデルタダガーとすれ違うと、スピンターンからのバック走法による、背面からの機関砲攻撃でその撃破に成功した。
そのままの勢いで、ファントムが二階へ通じる坂道を駆け上がる間、アオイは初めて見たデルタダガーへの感想を漏らす。
「私も実物を見たのは初めてだけど……あれはたぶん磁力を利用して、壁や天井もいけるみたいだね―――気をつけなきゃね」
「そうね……一階からこれじゃ、先が思いやられるわ」
アカネも気を引き締め直し、操縦桿を握る手に力を込めた。
その言葉通り―――二階から五階までは、フロアを上がるたびにデルタダガーが増えていき、そのどこからくるか予測不能な機関砲攻撃を、アカネはファントムを縦横無尽に踊らせて、かわしては撃ち、撃ってはかわし続けた―――AI支援機KF-5タイガーを置いてきたため、孤軍奮闘を強いられるその戦いぶりは、まさに熾烈を極めたものとなった。
そして六階からは、スーパーコンピュータの中枢部に近付いてきたせいか、時折、天井の低い部分が出てきた―――そこを両脚を折りたたみ、タンクモードに変形して全高を下げながら、ファントムは絶える事のない、デルタダガーとの戦闘を繰り返した。
近接格闘形態のヒューマンモードと違って、高速移動に比重を置いたタンクモードは小回りがきかない―――だが、アカネはリンとの模擬戦を通じて体得したスピンターンを駆使して、タンクモードでも引き続きダンス走行を継続していた。
今まさに、アカネとファントムは人馬一体となって、バクフ内部というステージで、華麗な演舞を人工知能一人を観客として、舞い続けていたのだった。
その時、観覧者であるバクフの制御室にも奇妙な現象が起きていた―――何百とある演算モニターに『dance』という文字が時折出現し、次第にその数が増えていく―――それは人ならぬ人工知能が、アカネとファントムの踊りに、何かを感じている証であった。
フロアも十階から上は、再び天井が高くなり、アカネはファントムを人型のヒューマンモードに戻す―――そして幾多の戦闘と、アオイの的確なナビゲートによって、その行程は十二階にまで到達した―――目指す制御室までは、あと一階。ここが最後の関門であった。
「一気に駆け抜けるわよ!」
雄叫びを上げ、ファントム脚部の車輪を高鳴らせながら、アクセルを力一杯踏み込むアカネ。
だが、目の前に伸びる一本道に、アオイは不審の影を感じると、素早くキーボードを叩き索敵を開始する―――そして、レーダーに新たな敵影を捉えると、
「アカネ、通路中央から先!―――ファルコンがいるよ!」
と、予想外の人馬戦車の存在に驚き、アカネに警戒を促した。
「ここにハッキング機を仕込んどくとはね………でも、これがラストダンスよ、ファントム!―――派手に踊りなさい!」
アカネは『ラストダンス』を宣言すると、待ち受けるファルコンの群れに、ファントムを飛び込ませる。
だが―――ファルコンは攻撃してこない。それどころか、それは右に左に回転しながら、中にはホバーを駆動させて天井にぶつかり転げ落ちた機体もあった―――その異様な動きを示すファルコンの間を、ファントムは華麗なダンス走行で駆け抜けると、そのまま十三階に至る上り坂にたどり着いてしまった。
「なんだったの、今のは?」
ファントムを先に進めながら、アカネはファルコンの行動が理解できずに首をかしげた。
「もしかして、今のは……」
アオイはある推測に行き当たったが、それを口にする前に、ファントムは遂に十三階―――『人工知能バクフ』のコアがある、その制御室の前に到達した。
激しい轟音を上げながら、二十ミリ機関砲が火を吹き、制御室のドアを吹き飛ばす―――そして、その中に進入したファントムのコクピットで、二人はモニターに映る威容に息を呑んだ。
ここだけは十メートルはあるかと思われる天井―――その中で無数のスーパーコンピュータが幾重にも連結され、その演算モニターが休む事なく、計算結果を高速でスクロールさせている。
日本全土を統括する人工知能―――今もそのシステムは、幾万もの事案の処理と、ハッキング機の制御を同時進行しながら、リンたちと戦っているに違いない。
その大いなる力に圧倒され、言葉を失う二人―――だが、アオイはハッと気付くと、
「タカハネ学長は?」
と、この『電脳謀反』の立案者であり、リンたち首都進攻隊を、ここバクフの制御室で待ち受けると宣言していた、タカハネ=サツキの存在が見えない事に不審を抱いた。
モニターをのぞき込み、サツキを探すアオイ―――そして制御室の中央に、ある異変を認めて声を上げる。
「あ……アカネ………!」
「どうしたの!?」
アオイがモニターをズームさせると、制御室の中央にあるデスクが大写しになる―――そこには、サツキがバクフとの通信に使う、コントロールシステムが置かれていた。
そのシステム端末のモニターには、銃弾が撃ち込まれた痕が―――そこを、さらにズームアップすると、一枚のメモが貼り付けてあった。
二人がメモに目をこらす―――その文面は、
『また会いましょう』
最後にハートマークまであしらった、人を食った演出だった。
「なっ………!?」
呆気に取られるアカネに、
「あとはまかせた、って事だね」
アオイは苦笑いで、サツキの意図を読み取った。
事実もアオイの言葉通り―――サツキは、リンのメッセージに立ち上がった人類の『アンサー』を見届けると、自身の役割は終わったと、バクフとの通信に使っていたシステム端末を拳銃で破壊して―――未来を若者たちに託し、バクフの制御室を後にしたのであった。
人類と人工知能の最終決戦―――その終幕を委ねられたアカネは、「しょうがないわね……」と苦笑いすると、
「じゃあ、まかされたわよ、タカハネ=サツキ!」
と言いながら、機関砲の弾倉をリロードすると、ファントムを前に進めた。
車輪走行ではなく二足歩行で、一歩一歩を踏みしめる様に進むファントム―――もはや制御室には迎撃システムなどはなく、十二階で遭遇したファルコンも後を追ってくる気配はなかった。
そしてファントムは、サツキがいつも座っていたデスクの前で足を止める―――そこはコアの正面であり、今、アカネは『人工知能バクフ』と真正面から対面する形となった。
「バクフ……アタシたちを、人類を守ろうとしてくれて、ありがとね。―――あと、アンタいつも真っすぐに、フェアに戦ってくれたよね……それも、ありがとう」
「アカネ………」
コクピットから届くはずもない、ひとり語りを始めたアカネ―――それにアオイは一瞬驚いたが、すぐにそれがバクフに向けた、自分たち人類を代表したメッセージである事に気付くと―――それに寄り添うべく操縦桿を握るパートナーの手に、そっと自分の手を重ねた。
「今回の事ってさ……お互いがお互いを思って、誤解しちゃうみたいな……きっと、そんな事だったんだと思う―――だからこそ!……心があるんなら、話し合わなきゃいけないと思う」
『天命の子』は拙い表現ながらも、人類と人工知能が争う形となった、この『電脳謀反』の本質を総括した―――そして人工知能を心ある相手として、同じ目線で言葉を投げかけ続ける。
「バクフ、アンタも見たでしょ!自分の意志で立ち上がった人類の姿を!―――アタシたちは、『アンサー』を出したわよ!」
万感の思いを胸に、真っすぐバクフを見つめるアカネ―――そしてラストメッセージが放たれる。
「だからバクフ!―――アンタの『アンサー』を見せなさい!」
そう言い終えると、制御室は沈黙に包まれた。
当然であった。常識で考えれば、感情などあろうはずがない人工知能―――答えが返ってくるはずはなかった―――だが、奇跡は起こった。
激しく計算を繰り返す演算モニターが、その動きを止めると、暗くなった画面に一行の文字が浮かび上がる―――それは、
Let's dance!
踊りましょう―――バクフはそう答えたのだった。
時を同じくして、バクフ外部で戦い続けるリンたちの戦場にも、変化が起こった。
「な、なんなんですか!?」
「こ、これはどういう事なのです!?」
シオンとチトセが驚きの声を上げる―――今の今まで、激しい戦闘を繰り広げてきたハッキング機が、突然、機関砲を捨てて、奇妙な動きを取り始めたのだ。
「も、もしかして、これは……踊ってる?」
「ああ……踊ってるっすね」
右に左に激しく回転する、まるでファントムをトレースした様なファルコンの動き―――それが踊りだと気付いたカノンに、ヤヨイもニヤリとしながら同意を示した。
突然停止した戦闘に、タマキも複座型イーグルのコクピットで、ポカンと口を開けて呆けてしまう―――そして、その隣には『我が策成れり』と、満足した表情を浮かべる美しい老女の姿があった。
「あの子たち……やってくれたのね」
「ああ、人類の『アンサー』を届けてくれた―――そして、これが人工知能の『アンサー』なんだ」
ミユウの言葉に応えながら、リンは己が見出した『天命の子』が、すべての『アンサー』を出してくれた事に目を細めた。
踊る人馬戦車―――首都だけでなく、日本全土のハッキング機が、同じ行動を取った事により―――日本国民、そして世界は、その光景を目の当たりにして、人類と人工知能の『協調』の瞬間に立ち会った。
人類は今、リンの宣言通り―――バベルの塔の頂上で、天と手をつないだのであった。
その模様は、バクフの制御室のモニターにも映し出され、
「あの十二階のファルコンも、私たちをダンスで迎えてくれてたんだね」
と、アオイは自身の推測が正しかった事を確認して、クスクスと笑い出した。
「そうね……でも、ダンスの腕はまだまだね」
アカネも苦笑いでそれに応じると、自身のファントムには遠く及ばない、バクフのダンスについて酷評した後、「さて―――」と、一息おくと再び語り始めた。
「バクフ……ほんとに、ありがとね―――今度、アンタが目を覚ました時……その時は、一緒に手を取って踊りましょうね―――その時までに……アタシも腕を上げとくわ!」
そう言い終えると、「アカネ!」という叫びとともに、アオイが阿吽の呼吸で、バクフのコアの射撃ポイントを、モニターにロックオン表示させる。
次の瞬間、ファントムの機関砲が放たれ―――それを受けて、踊っていた日本全土のハッキング機がその動きを止め、糸の切れた操り人形の様に完全沈黙した。
ここに『電脳謀反』は、終結したのであった。




