第1話:人馬戦車11
「アカネ!湾岸部に引き込むわよ!」
市内には政府から非常事態勧告が出されており、この湾岸施設『ミライミナト』も人がいない状態になってはいる。だが、それでも戦闘による被害を最小限に食い止めるために、より海に近い湾岸部に誘導しようとするアオイの判断は適切なものであった。
「さあ、付いてきなさい!」
敵機であるKF-16ファルコン八機を視界まで引きつけると、アカネはアクセルを踏み込み、ホイールドライブで華麗な軌道を描きながら逃走を開始した。
「すごい!ヒューマンモードのホイールドライブで、あんな走りができるなんて」
「まるでアイスダンスを見てるようなのですよ。さあ、見とれてないで私たちも追うのですよ」
アカネの駆るファントムを、陰から見守るシオンとチトセも、常識離れしたその動きに感嘆の声を上げながら、離されまいとその後を追う。
ミライミナトは、民間施設、軍の駐屯地、アカネとアオイが通う学園、そして貿易港と様々な機能を持つ、政府による完全区画整理された計画都市であり、首都東京の近隣という立地から、別名で『首都の前門』とも呼ばれていた。
そのミライミナトの湾岸部は広く、機甲兵器である人馬戦車を引き込むには、うってつけの舞台であった。
そして、バクフのハッキングにより操られた八機のファルコンの誘導を終えたアカネは、ファントムの足を止めながら、その挙動に違和感を感じていた。
「ねえ、これヒューマンモードになってから―――」
「アカネ、ロックされたよ!回避して!」
その違和感をアオイに訴えようとした矢先に、戦闘が始まった。敵機からのロックオンのアラート音が耳障りでカンに触る。
アクセルターン、ドリフト、様々な技術を駆使して、巧みにその銃撃をかわすが、違和感が拭えない。軍用チューンが施されて、練習機よりもはるかに出力が増しているのにだ。
「アカネ!支援機の射線に入ってる。いったん後方に下がって!」
その間も支援機のタイガー三機を制御して、アオイはファルコンに攻撃を仕掛けている。自分がその足を引っ張っている事にも、アカネは苛つきを覚え始めた。
タンクモードの時には感じなかった違和感。あんなにさっきは自分の思うまま踊れたのに―――ヒューマンモードに変形してから、何か足枷をはめられた様に上手く踊れない。
「アカネ、撃って!当たらなくてもいいから弾幕を張って!タイガーが押され始めてきたわ」
アオイに促されて、二十ミリ機関砲の引き金を引く。練習機でのシミュレーションと違って、実弾の装填されている本物の振動がコクピットに伝わってくる。
これは間違いなく実戦―――なのにこんな納得のいかないコンディションでその舞台に立っている現実に、アカネは恐怖ではなく、挑戦者としての焦りを募らせた。
「押されてますね……」
「それでもファルコン相手によくやっているのですよ。第三世代機の編成で、数にまさる第四世代機と渡り合ってるのですよ」
ファントムを見守るイーグルの二人も戦況を見つめながら、シオンは不安を、片やチトセは称賛の声を上げる。
事実、ファントムは目に見えて押され始めてきたし、だが旧型機で新鋭機とよく渡り合っているというのも、また事実であった。
「大佐―――出ますか?」
たまらずシオンが、管制室のリンに伺いを立てる。
リンは少し考えた後、
「いや、まだだ。イーグルはそのまま、その位置から動くな」
と、二機に現状維持を指示した。
そしてリンは厳しい目付きの眉根に皺を寄せ、何かをずっと考えていた。それをミユウは楽しむ様な視線で、カノンは歯噛みせんばかりの表情で見つめる。
目に見えてファントムの動きが悪い―――いや、常識で考えれば玄人裸足の活躍ぶりであった。だが彼女なら、ヒビキ=アカネなら、もっと常識を超越した動きを見せるはず。
事実、自分は見た。あの踊る様な人馬戦車の動きを。なぜ、それが今、発揮できないのか―――リンはモニターに映るファントムの姿に、そんな心の葛藤を募らせていたのだ。
その間もアカネたちの苦戦は続く。
「アカネ、私たちの任務は陽動だから、このまま持ちこたえていれば援軍が来るわ。無理しないでいきましょ」
機体の管制、電子戦対応、そして支援機の制御を巧みにこなしながらアオイは、ファントムの操作に苦しむアカネを励ます。
「はあっ、援軍ー!?そんなもん、いらないわよ!ここはアタシのステージよ!」
そう強がるアカネだったが、やはりファントムのアクセルワークがままならず、その苛立ちはピークに達しようとしていた。
「なんなのよ、クソッ!人馬戦車、アタシの思うままに踊りなさいよ!」
アカネが魂の叫びを上げた瞬間―――管制室のリンの表情が変わった。
そして何かに気付いたリンは、急ぎファントムとの回線を開き、アオイに問いかける。
「コダマ=アオイ、今、ファントムのトランスミッションは、マニュアルか!?セミオートマか!?」




