第11話:人間として7
その頃、国営放送へと急ぐリンとカノンの乗用車は、ハッキング機であるKF-16ファルコンに追われていた。
人工知能バクフの目をくらますため、人馬戦車による移動を避け、乗用車による隠密行動を取ったものの―――その防衛網は予想以上の厳しさで、直行路ならあとわずかの距離まで到達しながら、遂にハッキングに捕捉され、逃げ回る羽目に陥ってしまった。
「クソッ、あと少しのところでしたのに!」
「想像以上にバクフの手回しが良かったようだな……だが距離的には、あとわずかだ!これを振り切れば、なんとかなる!」
急ハンドルを切りながら苛立つカノンに、リンは冷静に言葉をかけるが、他ならぬリン自身も内心焦りを覚えていた―――追ってくるファルコンの数が、逃げるごとに増えているのだ。
防衛陣は固定されていると予想していたが、国営放送まであと一キロの地点で、遊撃部隊となっていたハッキング機に捕捉された―――当初は二機のファルコンに追われるだけであったが、それを振り切るために、またひとつ、またひとつとカーブを曲がるたびに、まるで罠にはまった様に、その追跡機が増えていき―――今はざっと、約十機のファルコンに追われる展開となっている。
しかも『人工知能バクフ』のなせる業か、そのブロックは巧妙極まりなく、気付けば、だんだん位置が国営放送から離されてしまっている。
「クソッ、クソッ、バクフの奴め!」
見事なハンドルさばきで、追跡機の機関砲をかわすカノンであったが、一般乗用車と軍用機である人馬戦車の機動力の差は歴然としており、時に路地を利用しながらの逃走にも、そろそろ限界が見えてきた。
おそらく、このまま乗用車による移動を続ければ、さらに国営放送から引き離された上で、捕捉撃破される―――という結論に至ったカノンは、唇を噛みながら決断を下す。
「リン様、次にファルコンを振り切ったら―――リン様は、車を降りてくださいまし」
「カノン―――?」
「まだ、ここからの位置なら徒歩でも、リン様一人なら国営放送まで、たどり着けるはずです―――追手は私がすべて引きつけます!」
己を犠牲にして、主であるリンを生かす―――そう宣言した従者の言葉に、リンはすぐさまそれを否定した。
「ダメだ、カノン!―――まだ何か手があるはずだ!」
「リン様!あなたは統率者なのですよ!―――大義を成し遂げ、万民を救わねばならぬ者が、一時の感情に流されてなんとなさいます!」
「だが、カノン……」
「リン様、もう何も仰られますな……次の交差点で後ろのファルコンを振り切ります―――よろしいですね、リン様」
そう言ったカノンの表情は、すべてを覚悟した様に涼しげで清らかだった―――もう、何を言ってもカノンは止まらない―――それを悟ったリンは、黙ってそれに頷くしかなかった。
そして二人を乗せた乗用車が、交差点を急角度で曲がった瞬間―――その視線の先に、無情にもファルコンが機関砲を構え、待ち構えていた。
万事休す、もはやこれまでかと思い定めたカノンは、せめてリンだけでも救うべく急ブレーキを踏むと、車体を横すべりさせ、運転席側面をファルコンに向けた―――これで機関砲射撃を受けても、助手席のリンだけは助かるかもしれない。
だが乗用車がその動きを止めると同時に、「カノン!」という叫び声とともに、リンがカノンを抱きかかえる様に、覆いかぶさってきた―――そして、そのまま二人は機関砲の射撃音を聞いた。
約五秒の後―――共にその身に、なんの痛みも衝撃も感じなかった二人は顔を上げ、続いて車外を見た。
その目に映ったものは―――機関砲に蜂の巣にされ、今まさに崩れ落ちる、自分たちを狙ったファルコン―――そしてその後ろに立つ、肩を黒くペイントしたKF-15イーグルの姿であった。
「シオン!―――どうして!?」
妹の機体と、その支援機を確認したカノンは、驚きの叫びを上げる。
「リン大佐、お姉様、ご無事ですか!?―――ミユウ中佐のお許しをもらって、お二人の護衛に参りました!」
携帯無線から、シオンの声が車内に飛び込んでくると、
「すまないシオン、助かったぞ」
リンは死地に現れた救世主に、感謝の言葉を返した。
だが九死に一生を得た事で、カノンはハタと我に返ると、
「リン様、なにをお考えなのですか!」
と言いながら、いまだ己の身を抱くリンの腕をほどき、反対にその肩を掴み返すと、主が従者を庇ったという行動に、怒りをあらわにした。
しかしリンはそれに何も答えず―――まっすぐにカノンを見つめると、困った顔で、いたずらを咎められた子供の様に、ただはにかむだけであった。
「もう、リン様……リン様……リン様……」
リンの優しさを全身で受けとめ、感無量を超えた万感の思いに、カノンはもう泣き崩れる事しかできなかった―――そんな従者の頭を、主の手がそっと優しく撫でた。
だが戦場は、そんな感傷の時を長くは許さない―――
「大佐、お姉様、急ぎましょう!―――敵機が迫っています!」
状況が悪化している事を告げる、シオンの無線が車内に響くと、
「シオン、先導を頼みましてよ!」
そう言いながら涙を拭い、カノンはすぐさま急ブレーキでエンストした車のエンジンをかけ直した。
「まかせてください!お姉様の道は、私が切り開きます!」
シオンも弾んだ声で姉に答えると、機体を目的地である国営放送に向けた。
その後、約二キロのルートを、立ちはだかるハッキング機を次々と血祭りにあげながら、シオンの四機小隊はリンとカノンを見事に守りきると、遂に国営放送の正面入口に到達したのだった。
「では私は、このまま護衛を継続します!」
三機のAI支援機とともに、正面入口付近の最後の敵機を撃破すると、シオンはそのまま国営放送を背に、防衛陣形を展開した。
「シオン、感謝する!」
「頼みましてよ、シオン!」
救援に駆けつけてくれたシオンに、感謝と激励の言葉を残すと、リンとカノンは車を降り、国営放送内へ走り込む。
そして正面入口を抜けると、そこには施設内の完全占拠を終えた『ゼロのキサラギ』こと、キサラギ=ヤヨイ少佐が待ち受けていた。
「なんとかたどり着いったっすね。一時はどうなる事かとヒヤヒヤしたっすよ」
ヤヨイも状況を、市街地カメラで随時確認していたらしく、二人の到着にホッと胸をなで下ろした。
「すまない少佐、遅くなってしまった」
「準備はできてるっす、急ぐっすよ!」
状況の悪化に、一刻の猶予もないとばかりに、ヤヨイは二人を促すと、放送スタジオに向かって走り出した。
その道すがら、ヤヨイはチラリと後ろを振り向くと、
「あのイーグル―――なかなかいい動きをするっすね」
と、リンとカノンをここまで無事に守り抜いた、シオンの小隊の働きを称賛した。
「当然ですわ―――私の妹ですから」
それにカノンは、誇らしげにそう答えると、ヤヨイに向かって不敵に微笑んだ―――そんなカノンの姉馬鹿ぶりに、リンでさえ、ほんの少しだけ苦笑を漏らしたが、
「フフン……悪くねえっす」
ヤヨイはカノンの言葉が気に入ったらしく、そう言うとニヤリと笑った。
そして三人が施設の三階にある、国際放送機能も持つニュースセンターに入ると、
「ライト、カメラ、オッケーっすよ、大佐!」
ヤヨイは放送機能を司る、コントロールルームに飛び込みながら、リンの登壇を促した。
人類の『アンサー』を出すための―――リンの問いが、全世界に向けて投げかけられようとしていた。




