第11話:人間として6
シオンの姉を救いたいという願いを叶えた事で、本隊はさらなる戦力低下を招いてしまった。
首都進攻部隊の主力は、もちろんヴァルキリー隊であり、その内のリンとカノンのトムキャットに加え、今またシオンのイーグルも離脱していった―――残るはミユウ、チトセのイーグルと、アカネとアオイが駆るファントムの計三機のみとなった。
それぞれが一騎当千の猛者ではあるが、最終目標である『人工知能バクフ』に対しては、戦力はいくらあっても足りないというのが現実であった。
だが、危機が迫る姉の身を救いたいという、シオンの個人的感情が混ざった願いを、ミユウが聞き届けた事に、誰も反感は抱いていなかった。
それこそがヴァルキリー隊の、ミライミナト駐屯地の結束であり、戦術的には甘い選択ではあったが、機械ならぬ『人間として』の情を選んだ事に、皆は心から納得していた。
「では、私たちも行きま―――」
「ミユウ中佐!―――提案があるのですよ!」
リンとカノンの護衛に向かった、シオンの四機編隊の背中が見えなくなると同時に、再度の進発を宣言しようとしたミユウの声を―――チトセが遮った。
「提案……何かしら、チトセ中尉?」
状況分析に卓越した才を持つ、チトセからの言葉にミユウは耳を傾ける。
「現在の状況なのですが―――リン大佐、カノン……そして今、シオンが抜けた事で、本隊の戦力はかなり低下しているのですよ」
まずチトセは、本隊が直面している戦力の低下に言及しながら、言葉を重ねる。
「しかもバクフの防衛陣は、二個中隊クラスの部隊を、こちらの動きに合わせて、フレキシブルに展開してきているのですよ」
独特の口調で、次に彼女は相手側である、バクフの戦術について説明すると、
「もし、このまま本隊が強行突破を繰り返すなら―――おそらく、当初の予測よりもかなり戦闘回数が増えて、下手をすると消耗戦の末に、先にこちらが力尽きる可能性があるのですよ」
続いて、それに真正面から当たり続ける事の、危険性を説いた―――その解説はいつもながら理路整然としており、聞く者すべてを納得させるものであった。
「確かに、消耗戦となれば、圧倒的に不利なのはこちら側―――あなたの考えを聞かせて、チトセ中尉」
チトセの説に賛意を示しながら、その言葉の裏に策があると見抜いたミユウは、次を促した。
「ハイなのですよ!―――隊を……割るのですよ!」
ハツラツとした声で、チトセは言い放った。
「陽動……囮という事かしら?」
「さすがミユウ中佐なのですよ!―――その通りなのです!隊を割って、バクフを撹乱するのですよ!」
たった一言で策の内容を言い当てた、ミユウの聡明さに感心しながら、チトセは『それなら話は早い』とばかりに、策の内容を先に進めた。
「第五中隊と、第六中隊を私が連れて、バクフ周辺を走り回るのですよ!―――真っすぐ攻めてこない囮部隊への対応で、きっと防衛ラインに緩みが出るのですよ!―――その間に中佐たちは、四中隊でバクフ向かって進むのですよ!」
首都進攻部隊は、有人指揮官機四機、AI支援機が十二機の、合計十六機で構成される中隊が、六部隊で編成されている。
第一中隊が、リンたちヴァルキリー隊であり、それに第二中隊から第四中隊までの三中隊を加えて、このままバクフを目指す事をチトセは提案した。
「第五中隊と第六中隊で、陽動に挑むつもりなの!?」
チトセの案に、思わずミユウは驚きの声を上げた―――それには理由があった。
首都進攻に際して必勝を期するリンは、その部隊編成においても、確実性を優先していた―――それは、人馬戦車の操縦能力、及びAI機の指揮能力の高い者から順に、部隊を組んでいたのだ。
ゆえに、第二中隊、第三中隊と部隊が後になるほど、その練度は下がっていき―――第五中隊、第六中隊などは、中隊長を除いては、入隊間もない新人も含まれた、間に合わせの部隊であった。
実際、全体フォーメーションも、実力順に前衛、後衛を振り分け、連絡橋での初戦などは、第一中隊であるヴァルキリー隊だけでカタをつけている。
戦力としては、後衛からの支援射撃程度しか期待できない、その第五中隊、第六中隊だけを引き連れて、陽動任務を行おうと志願するチトセの発言は、ミユウが驚くに値するものだったのである。
これは危険な任務だけど、この先の激戦を考えると、第五中隊、第六中隊を切り離して、第四中隊までで進んだ方が効率はいいはず……チトセさんは、おそらくそこまで考えて……それに、ここでの陽動はバクフの裏をかくのには、間違いなく有効―――チトセとミユウのやり取りを聞きながら、アオイは策士の頭脳を素早くめぐらせた。
驚きに言葉が返せないながらも、その脳内ではアオイと同じ結論に至ったミユウだったが、その危険極まりない内容にためらいを見せていると、
「中佐、タカハネ学長が言ってくれたのですよ!―――私には指揮官の才能があるって……それを……私を信じるのですよ!」
チトセは、サツキがミライミナト駐屯地を訪れた際に、『指揮官になる才能がある』と、自分を称賛した言葉を持ち出しながら、底抜けに明るい声でそう言うのだった。
確かにチトセの状況判断、分析能力はサツキの言葉を聞かずとも、皆が認めるところであり、その指揮能力も未知数ながら、きっと卓越した手腕を見せる事は確実であった。
だがそれを、今この危険な状況で持ち出すチトセに、ミユウだけでなく一同は、胸をかきむしられる思いであった。
すべては人類の未来のため―――人類と人工知能の未来への『アンサー』を出すため。
成し遂げねばならない使命のために、時として分かりきった苦難へ向かう事も、『人間として』の決断であった―――それをチトセは笑顔で選ぼうとしていた。
「チトセ中尉……本隊の予定進攻ルートを送るわ」
苦渋の末、ミユウは振り絞る様にそう言うと、コクピットの端末を操作した―――そして、チトセのイーグルのモニターに、バクフまでの進攻ルートが表示される。
「了解なのですよ!―――私たちも本隊がバクフに到達したら、その後から合流するのですよ!」
進攻ルートを目で追いながら、そう答えたチトセの頭脳には、本隊を円滑に進軍させるための撹乱ルートが、もう幾重にも描き出されていた。
「では第四中隊までは、私に続いて!―――チトセ中尉、待ってるわよ」
そう言い残し、ミユウはイーグルを発進させた―――チトセの思いを無にしないためにも、一秒でも早くバクフに到達せんとの思いが、その背中には溢れていた。
「チトセ!―――デビュー戦よ!」
「チトセさんなら、絶対に大丈夫です!」
アカネとアオイも、チトセへの激励を残すと、ファントムを発進させて、ミユウの後を追った―――そして、次々とイーグル、ファルコンがそれに続き、第四中隊までの全機がその場を後にした。
そして残された第五中隊、第六中隊の真ん中に、チトセはイーグルを進めると、
「では私たちも行くのですよ!―――みんな怖がる事はないのですよ……この任務は『戦う』事ではなく、『逃げまくる』事なのですよ!―――陽動とは、すなわち騙す事……みんな、このスズシロ=チトセについてくるのですよ!」
と、再び底抜けに明るい声で、まるでいたずらでも仕掛けにいくかの様に―――指揮官としての第一声を放つのだった。




