第11話:人間として3
その後、ヴァルキリー隊を先陣とするミライミナト駐屯地による首都進攻部隊は、連絡橋に配置されたバクフの防衛ラインを次々と突破し、無傷のまま都内への進入に成功した。
ここから目指すのは、霞ヶ関と防衛省のほぼ中間地点に立つ、巨大コンピューターシステム『人工知能バクフ』―――その行程にも、幾重にも防衛ラインが敷かれているのは間違いなかった。
「まず、ここまでは計画通りね」
東京湾沿岸部で隊列を整え直す間、ヴァルキリー隊の副隊長であるミユウが、順調に進む作戦行動に、ひとまず胸をなで下ろす。
「でもファルコン部隊も、なんだか以前に比べて、少し手強くなっている気がしました」
「人工知能は戦闘を重ねるごとに、そこから学習するのですから―――バクフもそれだけ、実戦慣れしてきたという事なのですよ」
シオンの懸念にチトセが、その理由を説明する―――開戦から、両陣営とも初めての実戦であったが、人類側だけでなく、人工知能も着実に成長している事は、明らかであった。
「なるほどね。なんかアタシのダンスに、ファルコンが合わせてきてる気がしてたんだけど、そういう訳だったのね」
シオンと同じ様な疑問を抱いていたアカネも、チトセの説明に納得の声を上げる。
「人工知能―――ガーディアンはネットワークで繋がってるからね……もう撤退したけど、フロンティアの戦闘データもバクフに渡っているはずだから、なおさらだよね」
アオイもガーディアンの、知識共有の恐ろしさを挙げながら、バクフに対する警戒を重ねて訴えた。
「でも、シチガヤ駐屯地のイーグルがまったく出てきませんでしたね……本当にキサラギ少佐が、抑えてくれているのでしょうか?」
ここまでのバクフ側の防衛ラインに、防衛省の直属ともいえるシチガヤ駐屯地のKF-15イーグルが、まったく姿を見せなかった点をカノンは指摘する。
AI機であるKF-16ファルコンを、すべてハッキングで奪われた政府側としては、首都を防衛する最後の手駒が、シチガヤの有人機イーグルであった。
首都での戦闘を回避したい政府が、それを使わない訳はなく、事実、シチガヤ駐屯地所属のキサラギ=ヤヨイ少佐がミライミナト駐屯地を訪れた時、彼女はそれによる迎撃を示唆していた。
だが進攻の是非を賭けた、アカネとの勝負に敗れたヤヨイは、リンたちの同志となるとともに、シチガヤを止めてみせると宣言していた。
政府直属の秘密班である『ゼロ部隊』のヤヨイだけに、その工作能力は折り紙つきだが、ここにきて本当にその動きが止まっている事に対して、カノンならずとも一同は驚きを禁じ得なかった。
「もしそうなら、少佐には感謝してもし切れんな……本当に我々はすごい味方を得たものだ」
リンも『ゼロのキサラギ』の異名を取るヤヨイの手腕に、感嘆と感謝を口にした。
「ここから……少佐と合流するのでしょう。気をつけてね、リン」
ヤヨイの名前が出たところで、隊列の組み直しが完了したのを確認したミユウが、次の作戦行動に話を進めた。
「ああ、すまないが指揮を頼むミユウ―――」
そう言いながらリンは、新たに同志となったヤヨイに、首都進攻に際して、進軍とは別に企図していた作戦を打ち明けた時の事を思い出す―――それは数日前、アカネとヤヨイが激戦を展開した後の事だった。
アカネの勝利で決戦が終わった後―――
「あーしの負けっす、クスノキ大佐。これから、あーしは大佐たちの仲間っすよ」
自分を負かしたアカネを、とりあえずバレエのレッスンにかこつけて、無理な柔軟運動でさんざん痛めつけた後、ヤヨイは待ち受けるリンの前に立つと、ケロリとそう言ってのけた。
「ほ、本当にいいのか、少佐―――?」
勝負にアカネが勝った場合、『我々の同志となってくれ』と申し入れたリンであったが、それをあまりにあっさりと受け入れたヤヨイに、思わず言葉を詰まらせてしまった。
「約束は守るっすよ。それに大佐たちは、あーしを負かしたんすから―――バクフにもきっと勝てるっすよ」
もちろん冗談だが、まるで自分の実力がバクフ以上だと、ぬけぬけと暗に示唆する言い回しに、リンをはじめ居並ぶ一同は、ヤヨイに親近感を覚え始めた。
「君が味方になってくれるのなら、これほど心強い事はない。ありがとう、キサラギ少佐」
リンはヤヨイの手を取り、新たなる仲間に敬意を表した。
「まあ、そういう事なんで、そういう事っす」
そう言ったヤヨイの視線の先には、これまで『共犯者』として行動を共にしたサツキがいた―――ヤヨイの言葉は、サツキからリンたちへ鞍替えするという、決別の挨拶であった。
それにサツキは笑顔で頷き、「リンに力を貸してあげてちょうだい」と、その申し出を快く了解した。
形として敵味方に分かれているが、リンもサツキも『電脳謀反』を通して、人類の未来を救おうとする気持ちは同じであり―――だからこそ、これは決別というより移籍といった方が適切であり、それをヤヨイもサツキも理解しているからこそ、たった一言ずつで、そのやり取りは終了した。
「とりあえず、あーしはシチガヤに戻るっすよ……政府に動きを怪しまれない様に、ってのもあるっすが―――東京側に味方が潜伏している方が、ミライミナトにも何かと好都合っすよ」
続けてヤヨイは、リンたち首都進攻部隊に、自身がどう関わるのが戦略的効果が高いかに、話を移した―――秘密諜報部隊の人間らしく、そのあたりの素早さは、さすがというより他になかった。
「とりあえずシチガヤは、あーしが止めてみせるっすよ」
その言葉に一同は驚いた―――それはシチガヤ駐屯地の有人機部隊を、迎撃に赴かせないという意味であり、加えてその難題にヤヨイが自信をのぞかせているからであった。
「そんな、どうやって!?―――少佐、無理はしなくていい!」
すかさずリンが止めに入ったが、
「なーに、簡単な事っすよ―――シチガヤの機体のOSに、ちょいとバグを仕込むだけっすよ」
ヤヨイが悪びれもせず、ケロッとそう言うと、
「そ、そ、それって犯罪じゃないですかー、少佐!?」
今まで傍らで、押し黙っていたタマキが叫びを上げた―――『キサラギの小間使い』の異名を取るお目付役としては、ここは黙っている訳にはいかなかった。
それにヤヨイは、ニヤリと笑うと、
「もちろんタマキンにも、手伝ってもらうっすよ」
と、この先もタマキも運命共同体だと、禁断のあだ名を添えながら宣言するのだった。
「もしバレたら免職……どころか逮捕されちゃいますよー!」
「そん時は、あーしと一緒に高飛びっすね」
「な、なんで私まで、そんなエキサイティングな人生送らなきゃならないんですかー!」
冗談なのか本気なのか、もはやコントと化してしまった二人のやり取りに、一同は腹を抱えて笑った。
「ありがとう、少佐……だが本当に無理はしないでくれ」
ヤヨイの気持ちに、心からの感謝を述べると、リンは居住まいを正して言葉を重ねる。
「少佐……無理を言うのは承知なのだが―――実は私からも頼みがあるのだ……」
「……なんすか?あーしにできる事なら、なんでもするっすよ」
リンの神妙な面持ちに、重大事を予感したヤヨイだったが、あえてそれに明るく答えてみせた―――もはや、ヤヨイもリンのためならと、その信望者となっていたのだ。
「これは少佐にしか―――『ゼロのキサラギ』にしか頼めない事だ……」
「ほう……ご指名とは光栄っすね」
リンから『ゼロのキサラギ』の異名を出されて、ヤヨイの気持ちも高揚してきた。
そしてリンは衝撃の言葉を放つ―――
「国営放送を―――ジャックしてほしい!」




