第11話:人間として2
「タカハネ補佐官、これはどういう事だ!?」
防衛省の会議室―――居並ぶ政府高官の中から、官房長官が荒々しい声を上げた。
「どういう事だ……とは、仰る意味が図りかねますが……?」
モニターに映る、美しい初老の女性―――人工知能バクフによる『電脳謀反』の黒幕と目される大科学者、タカハネ=サツキはスクリーンの中でそう言いながら、不敵に微笑んだ。
人馬戦車の開発に深く携わり、また現代の世界をネットワークで制御する『人工知能ガーディアン』の構築スタッフでもあったサツキ―――その見識から防衛省補佐官という役職とともに、その運用を事実上一任されていた彼女は、その立場を利用して、防衛省と霞ヶ関に近接している日本担当ガーディアン『人工知能バクフ』の施設を占拠している。
今、その制御室からサツキは、防衛省の会議室と交信していたのだった。
「しらばっくれるな!ミライミナト駐屯地の連中が、ここを目指して進発しているじゃないか!」
官房長官は怒鳴りながら、会議室の別モニターを指差した―――そこにはミライミナト駐屯地から進発した、リンたち約百機の人馬戦車による首都進攻部隊が、東京へ繋がる湾岸連絡橋を、高速移動形態のタンクモードで疾走する姿が映し出されていた。
「貴様は、奴らは国連軍に後を委ね、もう動く事はないと言ったじゃないか!この状況をどう説明するのだ!?」
官房長官は収まらぬ怒りをぶつける様に、そばにある机を力まかせに叩きつけた。
「私もミライミナトは、もう動かないと思っていました。この行動は……私にも予想外でした―――それだけの事です」
そう言いながらサツキは、ミライミナト駐屯地を訪ねた時―――国連軍による幕引きの提案を断りながら、『人間として』の真を人工知能に問う、と言ったリンの姿を思い出していた。
バクフを苦境に立たせる事で、同盟国であるアメリカ担当ガーディアン『人工知能フロンティア』引きずり出し―――アメリカそして日本が隠密に進めていた、ジェット兵器を露見させるというサツキの計画は、そのために利用する形となった愛弟子リンの手で、見事に完遂された。
確証はなかったものの、もう戦わなくてもいいと持ちかければ、激戦に激戦を重ねたリンたちは、その提案を受け入れるのではと―――それはサツキの贖罪の気持ちもあったのだが、リンは言った。
サツキが憂い、そして見たいと言った、人類と人工知能の未来―――それをリンは『電脳謀反』を最後まで戦い抜く事で、その『アンサーを』出すと―――それをサツキに見届けてほしいと。
だからサツキは待っている。己の策略のために、修羅の道に引きずり込んだ愛弟子を―――その攻撃目標である『人工知能バクフ』の中で。
そんな自分が滑稽に思え、サツキは思わず含み笑いを漏らす。
「貴様、なにを笑っている!」
それに怒りが頂点に達した官房長官は、再び怒声を上げながら、さらに激しく机を叩きつけた。
「タカハネ補佐官、君はどこまで国連と繋がっている?ストライクイーグルの、ミライミナトへの提供を要求した時―――君はそれと引き換えに、介入の動きを見せた国連軍を止めてみせると言った」
冷静さを失っている官房長官に代わり、その隣に座る、防衛省の長である防衛大臣が、サツキに問いかける。
「その通りです。事実、国連軍は動いていません」
それにサツキは感情を示さずに、サラリと受け流す。
「政府は本日、正式に国連に対して……反乱を起こしたバクフへの、国連軍による武力鎮圧を要請した―――だが、今になって国連は動けないと回答してきた……そこにこのミライミナトの進攻だ」
その時ちょうどモニターには、進攻軍の先頭を行くヴァルキリー隊の映像が映し出されていた―――有人機が三機のAI支援機を引き連れる、ダイヤモンドフォーメーション編隊。それが、さらにダイヤモンドフォーメーションを組むその姿は、『金色の戦乙女』の名に恥じぬ、美しさと勇壮さを放っていた。
「これも君の差し金じゃないのかね?―――タカハネ補佐官?」
防衛大臣が単刀直入に、核心に言及してきた。それにサツキは、クスリと笑みを漏らすと、
「あれほど動いてほしくなかった国連軍に、出動要請を出すとは……もう隠蔽工作は、お済みになったという事ですね」
と、一連のジェット兵器に対する、国連への隠蔽工作と言い訳が、日本、アメリカ双方ともに目処がついたのであろう事を指摘した。
「やはり貴様の仕業か、タカハネー!?」
サツキの人を食った言い回しに、再び官房長官が、今度は官職名さえ取り払った呼び捨てでもって、罵声を浴びせかける。
事実、最初からサツキは国連を抱き込んでおり、国連軍の入国により、ジェット兵器の開発が露見する事を恐れ、バクフの反乱に静観という立場で、時間稼ぎを弄する日本政府に国連の影をチラつかせながら、その動きをコントロールしていた。
そして、愛弟子であるリン率いるミライミナト駐屯地を、反バクフ勢力として善戦させる事で、同盟国アメリカの『人工知能フロンティア』を参戦させ、その手で米軍ナツギ基地で極秘開発されていた、国連規定違反のジェット人馬戦車、KF-20タイガーシャークを白日の元に晒す事に成功した。
加えて、タイガーシャークの処理に苦慮する政府の弱みにつけ込み、日本でも独自開発していたジェット人馬戦車、KF-15Eストライクイーグルをミライミナト駐屯地に使用させ、その見返りとして国連軍の介入を停止させた。
結果として、ストライクイーグルでタイガーシャークは撃破されたものの、日本のジェット兵器開発も明るみに出た事で、政府もサツキの狙いに気付いたのだった。
「やはり貴様……最初から国連とグルだったんだな……!?」
「総理はなんと仰っているのですか?」
怒りに震える官房長官をよそに、サツキは政府の長である首相が、この事態にどの様な見解を述べているのかを質問した。
「貴様の知った事かーっ!」
官房長官からの返答に、サツキは無言でモニターを睨みつける―――その老女とは思えない眼光に、それを見る居並ぶ政府高官は、心臓を掴まれたかの様に息苦しいほどの戦慄を覚えた。
そして、喚き散らしていた官房長官までもが、怯えた様に押し黙ると、サツキは静かに口を開いた。
「米軍のミサイル使用、ジェット搭載機の露見……それをあなた方は小手先の隠蔽で、どうにかなるとお思いだったのですか?」
まずは浅慮極まりない対応を繰り返す、政府に対してサツキは嘆息する。
「総理が非常事態宣言を発令されて、国民の自由を奪い、報道管制を敷き、海外との交信も遮断して、国家を孤立させる事で、事態鎮圧までの時間を稼ぐ―――そんなもの……最初から破綻していたのですよ」
「な、なんだと……?」
サツキの冷笑に、官房長官が蒼白の表情で声をふりしぼる。
「バクフの反乱から約ひと月……国民が何も気付いてないと、お思いですか?―――どんなに報道管制を敷こうが、もうすべてを世界は気付いているのですよ」
そう言いながら、サツキは会議室のモニターに、国内外の様々なインターネットメディアの記事を、次々と映し出す―――そこには一般人が投稿したヴァルキリー隊とハッキング機との戦闘写真や動画だけでなく、不鮮明ながらどこから撮影したのか、米軍のミサイル発射の瞬間ばかりか、タイガーシャークやストライクイーグルの画像までが投稿されており、掲示板ではそれについて、世界各国の国民が熱い議論を展開していた。
もちろん日本政府も、それには気付いていたが―――そんなものは問題はないと―――差し迫る国連との対応を優先して、見て見ぬフリを決め込んでいた。
だが、それを問題視するサツキから、あらためてそれを突きつけられ、政府高官は自分たちの過ちに、今さらながら戦慄した。
「あなた方は人類を……人間をなめてかかっていた―――だから人工知能さえも統御できず、それに足をすくわれたのですよ……それを御自覚なさい」
とどめを刺す様にサツキがそう言うと、同時に首都進攻部隊を追うモニターから、砲声が聞こえてきた。
一同が慌ててそれに目を移すと、ミライミナトから東京への連絡橋の、県境ラインに布陣するハッキング機に対して、ヴァルキリー隊が戦端を開いていた。
まず飛び出したのは、機体の肩を黄色に染めたミユウの編隊。的確な先制射撃で防衛陣の一角を崩すと、素早く一時後退して、敵AI機の判断を迷わせた。
続いてその左右から、シオンの編隊とチトセの編隊が繰り出してくる―――左翼のシオンは編隊の肩を黒に、右翼のチトセはピンクに染めている。
左右翼両編隊の撹乱射撃に、防衛ラインの一角にポッカリと穴が空くと―――仕上げとばかりに後方から、二機の人馬戦車が飛び出してくる。
一機は総大将であるリンと、その従者カノンのKF-14トムキャット。もう一機は『天命の子』アカネと、稀代の策士アオイが駆るKF-4ファントムであった。
ファントムは両肩に、搭乗者のイニシャルと、エースの自負と、この戦いのアンサーを期した、『A.』のエンブレムをペイントしている―――その意気込みを形にするかの様に、ファントムとそれに続いたAI支援機タイガーの編隊は、敵陣に突入すると次々と、守備につくKF-16ファルコンを得意のゼロ距離射撃で撃破していく。
負けじとトムキャットを操縦するカノンも、機体を敵陣の裏まで突破させると、防衛ラインの背後から、無防備な敵機を蹂躙する様に破壊していった。
陣の中央でファントムが暴れ回り、後方からはトムキャットが挟撃の様な形を取ると、機を外すまいと、一旦退がった先鋒のミユウも反転して、再び敵陣に攻めかかる。それにシオンとチトセの編隊も加わり―――約三十機で編成された『人工知能バクフ』の第一次防衛ラインは、ヴァルキリー隊だけの手で、わずか五分ほどで掃討された。
『一騎当千の戦乙女』の異名に恥じない、その鮮やかな手並みを見届けた政府高官は、驚愕と戦慄に言葉を失い、ただ震える事しかできなかった。
これが、今から攻め寄せてくる―――バクフを破壊するために、霞ヶ関に乗り込んでくる。
「タカハネー!バクフを止めろ!」
恐怖が頂点に達した官房長官が、叫びを上げた。
「ミサイルも、ジェット人馬戦車も、貴様が暴きたかったすべては、もう世界に向けて露見した!もう目的は達成したんだろ!?なら、もうバクフを止めろ!貴様ならできるだろ!」
国家の威信も、恥も外聞もなく喚き散らす官房長官。それにサツキは「フフフッ」と冷笑を浴びせると、
「なにか勘違いをなさっているようですね、官房長官?―――私にバクフは止められませんよ」
と、憐れなものを見る様な目付きで、さらに冷たく突き放した。
「な、なにを言っている!?貴様がバクフを操っているんだろう!なのに、なぜ貴様にバクフが止められない!?」
「あなた方はガーディアンを―――人工知能を誤解している」
官房長官からの反問に、呆れ顔でサツキはそう言うと、深いため息をついた。
「確かに私はバクフを動かしました。ですがそれは人工知能であるバクフに、平和を忘れ、暴走を続ける人類の未来をシュミレートする様に、問いかけただけです―――結果、バクフは判断したのです―――自分の意思で、人馬戦車を人類の手から取り上げると」
「馬鹿な!これは本当に、バクフが……人工知能が、自分の意思で起こした事態だというのか……!?」
サツキの言葉が信じられない政府高官から、次々と驚きの声が漏れる。
「も、もし、フロンティアの様に、バクフに同調する人工知能が出てきたら……最悪、世界大戦になるぞ!」
一人の政府高官の発言に、会議室は騒然となった―――これこそがサツキが危惧した、人類と人工知能の人馬戦車をめぐる未来。
そこに議論が及んだ事に、サツキは満足したように頷くと、
「その『アンサー』を出すために!―――」
ひときわ大きな声で、ざわめく高官たちを制すると、言葉を重ねた。
「あの子たちは、ここに来るのです……人類と人工知能の未来を、『人間として』問いかけに来るのです」
その言葉に刺し貫かれた様に、動けなくなった高官たちに、サツキは最後のメッセージを投げた。
「だからあなたたちも、あの子たちが出す『アンサー』を……そこで『人間として』見届けなさい」
そう言い終えると通信を切ったサツキ―――その時、戦況モニターには、第二次防衛ラインを突破し終えた、首都進攻部隊の姿が映し出されていた。




