第10話:バベルの塔13 (第10話 終)
やはりあの脚には、こんな隠し技があったのか―――
イーグル改の蹴りによる激しい衝撃の中、アオイは自身が抱いた『嫌な予感』が的中した事を悔いた。
カスタム機であるイーグル改の底知れなさ、アカネの慢心、そしてそれを導いたヤヨイの知謀―――それらに薄々気付いていながら、この結果を招いてしまった。
だが、アオイがそんな思考を巡らせている間にも、ファントムは逃走に転じていた。
「アカネ!?」
ハッと我に返ったアオイは、隣に座るパートナーの身を案じる。
イーグル改の右脚による蹴りは、ファントムの左側から打ち込まれた―――すなわち並列複座の左席に位置する、アカネへの衝撃の方が強かったはずだからである。
「大丈夫よ、アンタが止まれって言ってくれたおかげで、なんとか胴体へのヒットは回避できたわ……でも、さすがにアレはビックリしたわね」
アカネは自分の無事を伝えるとともに、まったくの予想外だったヤヨイの奇手に、余裕のない表情で苦笑いした。
「ごめん、もっと早く気付くべきだった……」
「あんな反則技、分かるもんですか」
パートナーからの謝罪に、アカネは厳しい顔つきの中にも、笑顔でそう答えた。
たわいもない憎まれ口のようでもあったが、それは自分を気遣っての言葉である事を理解しているアオイは、緊迫した状況の中ながら、それがたまらなく嬉しかった。
そして戦況を見守る一同は、イーグル改の足技に度肝を抜かれて、しばし呆然としていたが、
「あれが……ゼロのキサラギ……」
と、ようやくカノンが口を開き、ふりしぼる様にそう言った。
カスタム機であるイーグル改を、縦横無尽に操るこれまでの見事な操縦術もさることながら、人馬戦車で蹴りを繰り出すという大技に、当代のエースを自負するカノンも、その心境は対抗心から、もはや戦慄に転じてしまっている有様であった。
「まさか、足にダガーが付いてたなんて……」
「しかも、それを使って、コンパスの様に回転したのですよ!どうやったら、あんな動きができるのか、意味が分からないのですよ!」
カノンの言葉から、堰を切った様に、シオン、チトセも次々に驚嘆の叫びを漏らす。
「まるであれは車輪走行による、急旋回と同じだったわね……あれをダガーを使う事によって、ホバードライブで行うなんて……」
「ホバー走行の第四世代機が、車輪走行の第三世代に唯一劣る旋回性能を、あれは完璧にカバーしている……しかも、ダガー一本であれを行うには、相当の技術が必要なはず……ゼロのキサラギ、恐るべしだな」
ミユウとリンも、イーグル改の華麗な足技を分析するとともに、ヤヨイの底知れぬ実力を称賛した。
「少佐……すごい……」
ヤヨイのお付きであるタマキは、初めて目にした『ゼロのキサラギ』の勇姿に、まるで別人を見る様な感動を覚え、惚けた様に口を開いて、立ち尽くしてしまっている。
そして同じく、その戦いぶりを初めて目にしたサツキも、
これはおそらく、ジェットを除く人馬戦車の中で最強の機体、そして最強の使い手―――
と、自分の想像をはるかに超えていた、キサラギ=ヤヨイという存在に対して、心の内で驚きの声を漏らすのであった。
だが同時にサツキは、ひとまず逃げに転じたファントムを目で追うと、
さあ天命の子、今度はこれにどう立ち向かうの?―――
と、劣勢に立たされたアカネの反撃を期待するように、ニヤリと不敵に微笑んだ。
まだ勝負はこれから―――それが電脳謀反の立役者たる大策謀家、タカハネ=サツキの読みであった。
その時、ファントムのコクピットでは、
「どうやって足なんか使うのよ?あれってファントムでも―――アタシでもできるの?」
天命の子―――ヒビキ=アカネは、イーグル改の足技について、アオイにその方法を問いかけていた。
「あれはおそらく、ステアリングに足を動かすための操作系統が特別に付いているはず……だから残念だけど、ファントムじゃあれはマネできないよ」
それにアオイは、自身の予想を加えながら、不可能という回答を返す―――実際イーグル改は、脚部を微細に操れる特殊トリガーが多数付いている、カスタムステアリング仕様となっており、それをヤヨイは十本の指すべてを駆使して、巧みに操縦していたのであった。
「チッ、あのキサラギの機体、改造ばっかりしてて、反則技のオンパレードじゃない!」
「そうとも言えないよ……確かにあれは改造機だけど、ホバー加速の制動をコントロールしながら、ダガー一本で機体をコンパスみたいに回転させるなんて―――並みの人間じゃできないよ」
アカネの愚痴に対して、アオイは煽る様な口調で、機体性能だけではない、ヤヨイの技量を称賛した。
「分かってるわよ……そんな事ぐらい」
そう言いながら、あっさりとアカネはそれを認めた。
それを受けて―――やはりアカネは成長している―――パートナーの態度に、もはや慢心は消え、落ち着きの中にも静かな闘争心が燃えている事を確認すると、
「やっぱり……キサラギ少佐ってすごいね」
アオイは、ニッコリと笑いながら、そう言うのであった。
それにアカネも不敵な笑みで応じると、
「そうね……でも、アタシのすごさだって、アイツに―――キサラギ=ヤヨイに、思い知らせてやるわ!」
と、逃げている側の人間とは思えないほどの、自信に満ちた雄叫びを上げるのであった。
それに対して、追う側であるヤヨイはというと、
また、かわしやがったっす―――と、初手に続いて完璧と思われた奇襲を、左腕を奪ったものの、ファントムがかわした事に静かな戦慄を覚えていた。
確かに、ヤヨイも評価しているアオイの的確なナビゲートのおかげもあるだろう―――しかし、恐るべきはアカネの『野生の勘』。
そして、さらに思う―――タイガーシャークの時もそうだった……奴は、戦いの中で成長する!
これは早目に仕留めなければ、まずい事になる―――戦士であり、策士であるヤヨイの勘はそう告げていた。
傍目に見れば、依然、優勢なのはヤヨイ―――だが隠し球を、二つ使って撃破に至らなかった彼女に対して、それを深手を追いながらも、かわしたアカネとアオイは意気が上がっている―――目に見えぬ戦況は、まるで立場が逆転した様な空気が漂い始めていたのだった。
それを反映したかの様に、ヤヨイはイーグル改の両脚を折り畳み、機体をタンクモードに変形させると、逃げるファントムに向かって追撃を開始した―――高速移動形態を選択したあたり、一秒でも早くアカネを仕留めねば、という心の表れであった。
強化ホバーのイーグル改が、みるみる車輪走行のファントムに迫る。
「アカネ、来るよ!おそらく右後方からのダガー!気をつけて!」
すかさず管制システムで、その動きを捉えたアオイが、敵機の行動予測も織り交ぜて、警戒を促す。
ファントムは、先程のイーグル改からの蹴りで、左腕を失っている―――残った右腕で、後方から迫る相手に、旋回運動でのパンチを繰り出すには、左回転となるため、その右後方に対しては、ヒットまでの時間がかかる。
ヤヨイがそれを見過ごす訳がない―――アオイの読みは見事に当たり、逃げるファントムの右後方に進路を修正しながら、イーグル改は機体を近接格闘形態のヒューマンモードに変形させた。
この間合いなら、ファントムが旋回している途中でダガーが当たるっす―――ヤヨイは勝ちを確信すると、
「もらったっすよ!」
気合いの咆哮とともに、イーグル改はファントムの右後方からロングダガーを打ち込んだ。
だが、左旋回すると思われたファントムは―――予想に反して、なんと右旋回の動きを見せた。
「うおおおーっ!」
そしてアカネの叫びとともに、イーグル改の右腕が宙に飛んだ。
ファントムが右旋回で繰り出したのは裏拳―――そして、それはイーグル改の本体でなく、最初から右腕に狙いを定めた一撃だった。
「なにー!?」
必殺の一撃をまたもや、かわされた―――どころか、今度は完璧なカウンターまで食らってしまったヤヨイは、驚愕の叫びを上げた。
「アカネ!」「少佐!」
ミライミナト、シチガヤの両陣営からも、同時に喚声が湧き上がる。
最初はロングダガーの奇襲、二度目は脚部ダガーによる蹴り、そして今の三度目は弱点からの攻撃―――そのすべてをファントムは、はねのけたどころか反撃を繰り出すまでに、状況を好転させている。
そして続く展開に、すべての者が目を見張った―――イーグル改の右腕を落としたファントムが、なんとバック走行で逃走を継続していたからである。
裏拳は、初めてアカネがファントムに乗った時、カノンから食らった痛恨の一撃。バック走行は、模擬戦でリンが見せた超絶技巧―――ヤヨイがその経緯を知るべくもないが、彼女が予想した様に、アカネは戦いの中で相手の技を学び、成長していたのであった。
距離が開いたのをいい事に、アカネはファントムにバック走行のまま、スピンターンで右旋回、左旋回を繰り返させている。
「どっから来ても、死角なしって事っすか……まったく、まいったすね……」
アカネからの威嚇行動に、ヤヨイは自嘲気味にそう呟くと、
「まさか第三世代機相手に、これを出さなきゃならねえ事になるとは、思ってなかったっすよ」
細めた目をカッと見開き、『鷹の目』になるとファントムへの追走を開始した。
バック走行で逃げるファントムと向かい合う形で、距離を詰めるイーグル改―――その間合いが有効範囲に入ると、すかさずヤヨイは左腕のロングダガーを繰り出すが、それをファントムの右腕のダガーが、まるで剣劇の様に打ち払う。
そんなダガーの応酬が二度、三度目と回を重ねると―――見守る一同は、時にターンを織り交ぜながら交錯する二機が、まるでペアのダンスを踊っているかの様な錯覚に襲われた。
全長四メートルの、人型機甲兵器によるダンス―――その演舞が最高潮を迎えた頃、
「ヒビキ=アカネ、こりゃ本物っすね……なら、いくっすよ!」
そう叫びながら、ヤヨイが最後の秘技を繰り出してきた。
アカネとアオイ、そして見守る一同が見たものは―――向かい合う接近戦の中で、ホバー走行中に突如、脚部のダガーを地面に打ち出したイーグル改の、つま先立ちになった姿勢。
それが、そのまま地を掴み走りながら、二足歩行でファントムに迫る―――そして間合いに入ると、前に大きく跳んだイーグル改は、開脚ジャンプの様に、正面からの蹴りを繰り出してきたのだった。
片方のダガーを軸にした、コンパスの様な横からの蹴りに対して、今回の攻撃は下から上に振り上げる、縦の蹴り技―――それはバレエでいうところの『グランパドゥシャ』の様な開脚ジャンプのため、迫る様な伸びがあり、また脚のためリーチも長かった。
そのあまりの大技に、アカネもとっさに受け身が取れない―――そして前方に放たれた脚部ダガーが、ファントムの左腰を深々と切り裂いた。
「うわーーーっ!」
あまりの衝撃と、機体振動に絶叫するアカネとアオイ。
だがイーグル改からのグランパドゥシャを食らい、完全にバランスを崩したファントムの体勢に気付くとアカネは、
「うおおおーっ!」
と、気合いの咆哮を上げながら、すぐさま操縦桿を巧みに操り、なんとかバック走行のまま転倒を免れる事に成功した。
そして大技を決め、再びダガー二本のつま先立ちで、地に降り立ったイーグル改は、
「少し距離感の修正が必要っすね―――でも今度は……とどめを刺すっすよ、ヒビキ=アカネ!」
そのコクピットで、キサラギ=ヤヨイが、次の一撃による決着を宣言した。
「アカネ、たぶんキサラギ少佐は、次で勝負をかけてくるよ!」
ファントムのコクピットでも、アオイがヤヨイの思考を読み取り、アカネに警告を発していた。
「なら、逃げても意味がないわ!」
そう言うなりアカネは、ギアをリバースから一速に入れ直すと、雄叫びの様なホイールスピンの音を上げながら、ファントムをイーグル改に向けて、真正面から突進させた。
見守る一同は、もはや勝てぬと見て血迷ったか?―――と、その動きの意図をはかりかねて困惑したが、
「アカネは勝負に出た……これで決着がつく!」
天命の子、ヒビキ=アカネを見出したクスノキ=リンは、皆に向けてそう言い放った―――それに、その師であるタカハネ=サツキも力強く頷く。
アカネ、アオイ、ヤヨイ、そして見守る者たちも―――これで、この場にいるすべての人間が、決着の時を予感した。
そして、その時は訪れる―――
イーグル改に、真正面から向かってくるファントム―――逃げると思われたそれが、向かってきた事はヤヨイにとっても予想外であり、そのため対応の選択を迫られる事態となった。
向かってくる相手なら、それを待ち受けて、片足をコンパスの軸にしたスピンによる蹴りの方が、確実で有効―――だが、それはファントムの左腕を切り飛ばしたものの、決定打としてはかわされたという嫌な印象がぬぐえない。
対して、開脚ジャンプによる蹴りの『グランパドゥシャ』は、その圧倒的威力にファントムは為す術がなかった―――しかし、グランパドゥシャは前進が必要なため、向かってくる相手には間合いの取り方が難しい。
迷っている時間はない―――ここは、まだかわされていないグランパドゥシャだ!
そう思い定めたヤヨイも、ダガーによるつま先立ち走行で、イーグル改をファントムに向け突進させる。
「アカネ、さっきの技でくるよ!」
イーグル改の動きから、グランパドゥシャを予測したアオイが叫ぶ。
「難しい方できたわね―――でも、やってやるわ!」
何か期するところがある様なアカネの返答に、アオイは根拠もなく確信した―――これは勝った、と。
そして二機の距離が詰まり、頃はよしと見定めたイーグル改が助走を終え、グランパドゥシャの跳躍に踏み切った瞬間―――ファントムは加速しながら両脚を畳み、タンクモードへの変形を敢行した。
その結果、ファントムの全長が一メートル下がった。加えて前傾姿勢を取ったため―――イーグル改の開脚ジャンプは、ファントムの左肩を吹き飛ばしながら、その頭上を飛び越えてしまった。
「ちいいいーっ!」
またもや秘技をかわされたヤヨイは、舌打ちしながら、怒りの咆哮を上げる―――だが、彼女はいまだ勝利を確信していた。
クリーンヒットではないものの、グランパドゥシャを食らったファントムは、タンクモードのまま進行を止め、後方によろけている―――その位置はイーグル改の着地点の直近、すなわち蹴りの間合い。
着地と同時に、コンパス蹴りでとどめを刺す―――よく頑張ったが、ここまでっすよ、ヒビキ=アカネ!
そう思いながら、後方モニターを確認したヤヨイの目に、不可解な光景が飛び込んできた。
蹴りを食らって、後方によろめいたファントムが―――その残った右腕のダガーを、地面に打ち込んでいる。
それに不審を抱きながらも、着地したイーグル改は予定通り、片足のダガーを軸にして、コンパス回転の蹴りをタンクモードのファントムの胴部に向けた。
次の瞬間、斜めの体勢のまま、アカネはファントムのアクセルを踏み込みながら、機体をヒューマンモードに変形させ、両脚を解放する―――それにより右腕のダガーを軸に、まるでロープが地を這う様な姿で、ファントムが回転した。
その結果、イーグル改の蹴りは空を切り―――ファントムの蹴りは、つま先立ちのイーグル改の軸足を払った。
「第三世代機で―――蹴り!?」
不安定な一本足に、けたぐりを食らい、背中から倒れるイーグル改のコクピットで、ヤヨイは心からの驚愕を口にした。
そして、回転の反動を活かした巧みなコントロールで、ファントムは立ち上がると右腕を振りかぶり、倒れたイーグル改にかぶさる様に、ダガーを打ち降ろす。
「させねーっすよ!」
それに、すぐさまヤヨイも反応して、倒れた機体の足を打ち出して、カウンターの蹴りを繰り出す。
「うおおおおーっ!」
アカネの叫びとともに、交錯した二機の人馬戦車―――そしてその動きが停止した事は、決着を意味していた。
イーグル改の下からの蹴りは、ファントムの側頭部を吹き飛ばした状態で、天に向かって突き抜けており―――打ち降ろしたファントムのダガーは、イーグル改の胴部コクピットの手前で、寸止めでピタリと止められていた。
その光景に、この戦いを見守り続けてきた一同は、息を呑んだ。
そして、審判を務めるサツキのインカムと、ファントムのコクピットに向けて、ヤヨイからの無線が届く。
「負けた、負けた……あーしの負けっすよ」
ヤヨイからの敗北宣言―――だがその声は、どこか充足感さえ感じられ、実際、敗れながらもヤヨイは、満面の苦笑いを浮かべていた。
最後の最後で、またもや敵の技を吸収したアカネ―――コンパス蹴りでも、グランパドゥシャのどちらで来ても、腕を軸としたコンパス蹴りで対応しようと思っていたが、まさかの複合技をヤヨイは繰り出してきた。
だが、それにも対応できたのは―――まさにヤヨイが警戒した、アカネの『野生の勘』であった。
そのアカネは、まだ興奮が冷めやらず、肩で大きく息しながら操縦桿を握りしめている。
そんなパートナーに、アオイは隣からヘルメットごと、コツンと頭をぶつけると、
「アカネ、お疲れ様……勝ったね」
と言いながら、ハッと顔を向けてきたアカネに、Vサインで応じるのだった。
それでようやく勝ちを自覚したアカネは、込み上げてくる喜びに、
「勝った、勝った、勝ったわー!」
と叫びながら、ともに激戦を制したパートナーを抱きしめた。
かつてリンとの模擬戦に敗れ、泣きじゃくるアカネを抱きしめたアオイは、今、勝利の歓喜で抱きしめ返された事に、感無量であった。
そして、ミライミナト駐屯地の一同も、アカネ、アオイ組の勝利に沸き上がっていた。
「アカネさん、すごいです!」
「アオイも、よくアカネを支えたのですよ!」
シオンとチトセは称賛の声を上げ、カノンに至っては感極まって、うっすら涙を浮かべてしまっている。
対するシチガヤ駐屯地のタマキは、初めてみたヤヨイの勇姿への感動と、それが敗れてしまった悔しさが、ごちゃまぜになって、ヒクヒクとべそをかいていた。
そんなタマキを、後ろから優しく抱きしめるサツキに、リンが歩み寄ってきた。
二人とも、静かに微笑み見つめ合う―――先に口を開いたのは、サツキだった。
「リン……バベルの塔で待ってるわ」
アカネの勝利によって、あらためて決まった首都進攻―――バベルの塔とは、リンたちの最終攻撃目標である『人工知能バクフ』の事を指している。もちろん今から、サツキもそこに戻るのだ。
「タカハネ博士……私はバベルの塔で、天に向かって弓を引くのではなく―――その頂上で、天と手をつなぎたいと思っています」
はからずも攻撃対象となる師に向かい、リンは謎かけの様な言葉ながら、己の定めた信念を偽りなく表明した。
「リン……私が見出した、天命の子―――あなたが見つける『アンサー』を……私も見届けるわ」
それにサツキが笑顔で応じる事で、師弟はすべてを理解し合い―――皮肉にも、今また敵味方に分かれる事で、氷解を遂げたのだった。
だが、そんな融和の空気に水を刺す様に、
「アイタタタ!いきなり、なにすんのよ!」
というアカネの叫び声が、ランウェイに響き渡った。
何事!?―――
と、一同がその方向に目を移すと―――決戦を終えたファントムとイーグル改のすぐそばで、アカネとヤヨイがもつれあっていた。
どうやらアカネは開脚の姿勢で地面に座り、その背中をヤヨイに押されているらしい。
「裂ける!裂ける!裂けるー!アタシはバレエを教えろって言ったのに、なによこれは!?」
「バレエを学ぼうっていうんなら、まずは柔軟っすよ!柔軟!」
アカネの叫びなどお構いなしに、ヤヨイはさらにその背中をグイグイ押し込む。
「フフッ、アカネ准尉には……とんだ報酬になってしまった様ね」
機体を降りるなり、さっそく約束のバレエを教えろと、ヤヨイにせがんだ一部始終を見ていたミユウが、アカネの惨状に笑い声を上げた。その状況を理解すると、一同からも次々と笑い声が上がり―――泣いていたタマキも、寂しさを堪えていたリンとサツキも―――そこにいる、みんなが笑顔になった。
「アンタ、覚えときなさいよー!」
痛みに悶えながら、それでも憎まれ口を叩くアカネ。そばにいるアオイも、もう苦笑いするしかなくなっていた。
「師匠にその口のきき方は、なってないっすね―――お前は今日から、あーしの弟子っすよ!」
そう言いながら楽しそうに笑い、負けた腹いせとばかりに、さらに背中を押し込む『ゼロのキサラギ』こと、キサラギ=ヤヨイ―――それは、新たな同志の姿であった。
第10話:「バベルの塔」終
第11話:「人間として」に続く




