第1話:人馬戦車10
そして冒頭のやり取りの後―――
「出るわっ!」
というアカネの叫びを残し、KF-4ファントムとその支援機KF-5タイガー三機が、ミライミナト駐屯地を後にした。
それを見届けた駐屯地司令―――この作戦にアカネとアオイを投入した、クスノキ=リン大佐は、無表情な眼差しのまま、管制室のモニターを眺めていた。
「ずいぶん惚れ込んだものね」
リンの後方から声がかかる―――声の主は、同駐屯地副司令、タチバナ=ミユウ中佐。その問いかけに無言で応じるリンに構わず、ミユウは続ける。
「警戒しているのね。バクフの力を」
「お言葉ですが、ミユウ様。私は実際にバクフが操る人馬戦車と交戦しましたが、その能力は第二世代機並み!あの素人が乗る第三世代機のファントムにも、第四世代機のファルコンが翻弄されてされてましたわ。バクフなど恐るるに足りませんわ!」
日本政府に人馬戦車排除をもって、宣戦布告してきたガーディアン―――人工知能『バクフ』への警戒を口にするミユウに、傍らに控えるカノンは思わず口を差し挟んだ。
「そうねカノン大尉。今のところはね」
「なっ!?」
予想外のミユウの言葉に、カノンは驚きの表情を見せた。
「ガーディアンは人工知能。でも人工知能は経験を積み、学習する。その力は侮れないわ」
「ですが!―――」
「今は最新の人馬戦車を第二世代機並みにしか扱えなくても……やがて、それを機体性能以上の力で扱える様になれば―――私たちはそれに太刀打ちできるかしら?」
「……………!」
ミユウは終始穏やかな笑みを崩さないが、その言葉の内容は凄まじく、遂にカノンも反論の言葉を失った。その間も、リンはずっと押し黙ったまま、モニターから目を離さない。
「ヒビキ=アカネ、あの子の可能性を見たいのね。最初、リンが民間人を連行してきたって聞いたから驚いたわよ」
その瞬間、カノンの表情が険しくなった。アカネを連行してきた真意がそこにあるという事実を突き付けられ、リンを崇拝するカノンとしては、それは許しがたい事態であった。
「私もファントムの戦闘データを見たけど、あの子の動きはバクフの想像を超えるかもね。それと―――」
そう言いながらミユウは歩を進め、リンの隣に並んだ。
「コダマ=アオイ。あの子、バクフのハッキングを破ったんでしょ―――学園の練習機レベルの電子戦防護システムで。すごいじゃない。マザ駐屯地の人馬戦車は為す術なく、全機ハッキングされたっていうのに。彼女も逸材ね」
モニターに映る地図上の敵機は、まさにそのハッキングされたマザ駐屯地所属の人馬戦車であった。
「うちは事前に手を打っていたおかげで助かったわね―――『あの人』は何を考えているんでしょうね」
「そうだな……」
ミユウが『あの人』と口にすると、ようやくリンは口を開いた。そしてその因縁を噛みしめる様に、眼差しを少しだけ険しくした。
そんなリンを横目で見ながら、ミユウは微笑み、ともにモニターを見つめながら、二人にしかわからない感慨に思いをはせたのだった。
「あのファントム、飛ばすのですよ。タイガーが引き離されてるのですよ」
「確かにタンクモードであのスピード、それとあの操縦は……ちょっとイかれてますね」
市街戦を避けるために湾岸部で、まだ市内に残留するマザ駐屯地所属だったファルコン八機をおびき出す、陽動作戦を命じられたアカネとアオイは、新たに与えられたKF-4ファントムを湾岸施設『ミライミナト』で疾走させていた。
その動きに苦言を呈しているのは、リンからアカネたちに気付かれぬよう秘かに護衛をするよう命じられた、スズシロ=チトセ中尉、マキナ=シオン少尉。
彼女たちが駆るのは第四世代の指揮官機、KF-15イーグル。単座機ながらイーグルは、AIによる無人支援機の制御を、操縦とともに行える傑作機であった。だが今回は隠密の護衛が任務のため、無人支援機は連れていない。
「もう少し近付いてみますか?」
護衛のための距離がうまく取れない事を懸念したシオンが、チトセに伺いをたてる。
「それは考えものなのですよ。いくらステルス機能があるとはいえ、これ以上近付くとレーダーに補足される危険があるのですよ。それに隠密行動なので、敵機と誤認されたら、それこそ元も子もないのですよ」
独特の口調で、チトセは現状維持を主張する。
「そうですね。でもあの動き、心配ですね……」
「そこは激しく同意なのですよ」
二機のイーグルは、人型のヒューマンモードを取ったまま、第四世代機の特徴であるホバリング姿勢で、引き続きアカネたちのファントムを見守り続ける事に落ち着いたが、そのコクピットのシオンは困り顔、チトセは呆れ顔であった。
その二人が心配するファントムのコクピットでは―――
「これ、さっきのより全然加速が違うわ!」
「そこは軍用の本物だからね!学園の練習機とは違うわよ!」
アカネとアオイが、軍用チューンが施されたファントムに、すっかり興奮してしまっていた。
チトセとシオンが懸念したその暴走の理由もこれで、アカネはさらに自分の思い通りに踊る機体を手に入れて、支援機の動きなどお構いなしの状態であったのだ。
陽動任務としては、その目立つ行動はまず問題ない。そして、引き離されていると見せて、アオイはファントムの走行ラインを先読みしながら、巧みに支援機のタイガー三機を先回りする様な軌道で、自機の後方に付けていたのだった。
アカネに新しいファントムを慣れさせるという行為と、陽動の任務を、人知れず両立しているアオイの能力は底知れないものがあった。
「いいわね、だいぶ慣れてきたわ」
その動きに、アカネが手ごたえを感じ始めた瞬間、
「アカネ、来たよ!」
レーダーに敵機を補足した、アオイの叫びが上がる。
「ちょうどいいタイミングね。さあ、踊りなさいよ」
闘志に火の付いたアカネは、ファントムをヒューマンモードに変形させると、操縦桿を握る手に力を込めた。




