第10話:バベルの塔11
「アカネ、そのまま真っすぐ!全開で一気に駆け抜けるよ!」
激しい急加速のGの中、アオイは叫ぶ。
以前、同形式でリン、ミユウ組と模擬戦を行なった時―――アカネは蛇行走行の末、左に大きくふくらみ、円周気味の軌道からのスピンターンで、すれ違った瞬間に、背後からゼロ距離射撃を試みるという『奇策』を用いた。
あの時は、リン組も同じファントムだったため、アオイもそれを支持して、進入軌道を素早く割り出して、アカネを支援した。
だが今回の相手は、第四世代機のカスタム仕様―――それを駆るヤヨイの技量もそうだが、イーグル改がどんなオプションを持っているのか、得体が知れない。
手の内が分からない相手には、まずはその様子を見るというのが、戦の常道―――ならば、ここは無駄なく最大加速で駆け抜けて、そのままイーグル改と距離を取るのが最善であった。
「アカネ、このまま直近を通過していいよ!下手に距離を開けて通過しようとすれば、相手にもその分、仕掛ける間合いを与えてしまうよ!」
「分かったわ!―――行くわよ、ファントム!」
そう叫びながら、アカネがアクセルをさらに踏み込むと、タンクモードのKF-4ファントムは、ヤヨイのKF-15イーグル改との距離を、みるみる詰めていく。
ヤヨイのイーグル改はというと、もちろんお互いの右隣を通過するというルール上、前に向かってはいるが、そのホバー加速はイーグルとは思えないぐらい低速で、明らかに何かを企んでいる様な不気味さを漂わせていた。
だが今回は、近接格闘用の短剣のみを用いるダガー戦―――人馬戦車の両腕に搭載された、それの間合いにさえ入らなければ、距離さえ取れば背中をさらしても問題はない。
「アカネ、そのまま!そのままだからね!」
アオイはまた、先程と同じ様に直進を指示する。ひたすら常道を主張するその姿は、いつもの奇策縦横の策士の面影は、どこにもない―――裏を返せば、それだけヤヨイには恐れを抱かせる『何か』があり、それこそが策士の『勘』であったのだ。
それにダガー戦ならば、本来、開始時から出しっ放しのはずのダガーを、イーグル改はまだ両腕に格納したままでもあった。心理戦だとしても、不気味極まりない。
そうこうしている内に、あっという間に五十メートルの間隔を詰めきった両機が、その肩をぶつけんばかりの直近で、お互いの右隣を通過した。
直近を真っすぐに通過すれば、相手が即応反転しようとも、右旋回でも、左旋回でも、まるまる百八十度の転回が必要となる―――これでいい!まずは、かわし切った―――そうアオイは、自身が選択した初手の成果に満足すると、
「よし、このまま距離を―――」
と、次の指示を出そうとした瞬間、突然、ファントムがスピンターンの動きを取った。
アオイが、えっ、と思う間もなく―――ガリッという機体振動とともに、正面モニターにはダガーの一撃を振り下ろしたイーグル改が、間近に映し出される。
そしてアオイは見た―――ヤヨイのイーグル改から飛び出した、通常のイーグルの一.五倍はあろうかという、異様なダガーを。
「クソッ!かすられたわ!」
唖然とするアオイをよそに、アカネは叫びながら、アクセルを踏み込み、そこからの逃走を開始する。
「キサラギ少佐のイーグル、すごい反転加速でした!」
「加速力もさることながら、あのダガー……あの間合いは、ちとやっかいなのですよ」
両機がすれ違った瞬間、目にも止まらぬ反転加速で、すぐにファントムの背後を取って、ヤヨイは先制攻撃を仕掛けた―――その手並みに、見守る一同から、まずはシオンとチトセが感嘆の声を上げた。
「でも……あのファントムは……少佐の一撃をかわしました。間合い、タイミングともに完璧だったのに、なぜヒビキ准尉は、まるでこうなるのが分かっていた様に、回避運動が取れたんでしょうか!?」
続けて、ヤヨイ陣営のタマキが、敵側であるアカネの動きが、信じられないとばかりに、驚きの声を放つ。
「言うなれば、野生の勘……」
それに答えを提示してきたのは、カノンだった。
「勘……?勘であれが、かわせるんですか?信じられません!」
「確かに信じられないですわよね……私も最初はそうでしたわ……でも、あのヒビキ=アカネは、それでここまで数々の強敵を打ち破ってきたのです―――私たちは、それをこの目で見てきたのですから、間違いはありませんわ」
タマキの疑問に同意しながらも、かつて憎んだライバルの天賦の才を、今こうしてカノンは自身の口で説明するのだった。
電脳謀反打倒の天命の子、ヒビキ=アカネ―――それを見い出したリンだけでなく、ミユウ以下ヴァルキリー隊全員の瞳が、その常識では図れない可能性に、全幅の信頼を寄せている。
それを目の当たりにしたタマキは、
「少佐だって―――きっと負けません!」
いつもとは裏腹に、ヤヨイを擁護する様な態度で、リンたちに張り合うがごとく、大きな声を出すのだった。
その様子を横目で微笑ましく見つめながら、審判者であるサツキは、冷静な表情の心の内で、
これは、どちらに転ぶのか、本当に分からないわね―――
と、人工知能ならぬ、『人間対人間』の究極の一戦が、己の理解さえ届かぬ領域に踏み込もうとしているのを、自覚するのであった。
見守るギャラリーが、そんなやり取りを繰り広げている間、ファントムのコクピットでも、アカネとアオイのやり取りが繰り広げられていた。
「アカネ、なんでキサラギ少佐の動きが分かったの!?」
再加速のクラッチ操作とアクセルワークに追われながら、アオイの問いに対してアカネは、
「アンタだって、キサラギ=ヤヨイは強いって言ったじゃない!―――それだけよ」
と、何を今さらという風に、目も合わさずにケロッと答えるのだった。
常道こそ最善と選択した、アオイの策士の『勘』を踏み台にして、アカネの『勘』はさらにその上をいった―――どちらが欠けていても、あのヤヨイの先制攻撃はかわせなかったに違いない。
それを思い、アオイはパートナーの底知れなさに感嘆しつつも、それを勝利へと導くのが、自分の仕事だと気を引き締め直すと、
「アカネ、もう一度このままタンクモードで逃げ続けよう!―――それで、次の少佐の攻撃でカウンターを仕掛けて!きっと、それで流れが変わってくるはず!」
と、すかさず次の展開を見越した指示を、策士として飛ばすのであった。
「了解!まかしときなさい!」
それに、アカネも詳細など何も聞かず、即座に請け合う―――常識を超えた二人には、言葉などそれだけで十分だった。




