第10話:バベルの塔10
少しの準備時間を経て、ミライミナト駐屯地の広大なランウェイに、二機の人馬戦車が対峙した。
一機は、KF-4ファントム―――アカネとアオイが駆る、車輪走行の第三世代機。退役寸前の予備機を、今朝、あらためて受領して、慣らし運転を終えたばかりであった。
「これよ!やっぱりアタシには、この感触よ!」
コクピットのアカネは、久しぶりのホイールドライブの感覚を楽しむ様に、しきりにファントムをスピンターンで踊らせながら、喜悦の声を上げていた。
対するは、KF-15イーグル―――自衛軍の有人機の標準となっている第四世代機であるが、その外観はイーグルの面影を残しているものの、様々なカスタムパーツが装備されているあたり『イーグル改』と言った方がふさわしく、搭乗車であるキサラギ=ヤヨイ同様に、底知れない恐ろしさを醸し出していた。
「キサラギ少佐の、あのイーグル……相当なカスタム仕様なのですよ……キンジョウ少尉、あれはどんな動きをするのですか?―――あっ、話せる範囲でいいのですよ」
ヤヨイのイーグル改に興味津々のチトセは、ともに対戦を見守る輪の中にいるタマキに問いかけたが、同じ自衛軍の同僚とはいえ、相手が今まさに相対する陣営の人間である事を思い出し、慌てて断りを入れた。
「お話できる事があればいいんですが……実は私もキサラギ少佐のイーグルが、戦うのを見るのは初めてなんです」
「えっ、そうなんですか?」
タマキからの意外な返答に、シオンが思わず驚きの声を上げる。
「キサラギ少佐の行動は常に隠密―――そういう事かしら?」
「ゼロのキサラギ……政府の裏仕事を請け負う、ゼロ部隊か……」
ミユウとリンからの指摘に、タマキはコクリと頷くと、
「はい、ゼロ部隊の仕事は常に、キサラギ少佐の隠密、かつ単独行動なんです。少佐のお目付けを命じられている私も、その作戦行動にはノータッチだったんですが……なんで、あの人はこんな超危ない橋にだけ、私を巻き込んできたのでしょうか……」
そう言いながら、己の身の不運を嘆く様に、ガックリとうなだれてしまった。その不憫と言う以外、形容のしようがないタマキの姿に、一同はかける言葉もなく、ただ苦笑いを浮かべるしかなくなってしまった。
そんな中、対峙する二機をじっと見つめるカノンは、
「油断なりませんわね……」
と、当代のエースとして、ともにエースの座を争うアカネの対戦相手に、警戒の念を抱くのであった。
それを微笑ましく見つめたサツキは、「そろそろ準備はいい様ね」と、用意されたインカムのスイッチを入れると、
「キサラギ少佐、ヒビキさん、コダマさん、そろそろ始めようと思うのだけれど、どうかしら?」
と、両機に向かって、試合開始を促した。
「あーしは、いつでもいいっすよ」
「ファントムも準備オッケーです」
それにヤヨイ、ファントムはアオイが代表して、ともに了承の返事を送る。
「では、ルールを確認するわよ。試合は自衛軍の模擬戦方式。勝利条件は、相手の機体を戦闘不能にする事。使用武器はダガーのみ……いいわね」
人命に危険を及ぼす可能性と、駐屯地内という事を考慮して、機関砲は使用しないものの、お互いダガーによる敵機破壊を目的とする―――これは実戦であった。
「別にファントムは機関砲を使ってもいいっすよ……まあ流れ弾で、ギャラリーを撃たない自信があればっすけどね」
サツキの最終確認に答える代わりに、ヤヨイは挑発の言葉でアカネを煽りながら笑った。
「なめんじゃないわよ!アンタねえ―――」
それに乗って叫びを上げるアカネの口を、ヘルメットの中に伸ばされたアオイの指が封じる。
そして、一旦インカムを切ったアオイが肉声で、
「アカネ、あれもキサラギ少佐の作戦だよ―――熱くなったら負けだよ」
と、高ぶるアカネをクールダウンさせ、再びインカムのスイッチを入れると、「キサラギ少佐ぁー」と今度は逆に、アオイがヤヨイに向かって話しかけたのだった。
「なんすか、コダマ=アオイ?」
アオイに好感を持っているヤヨイは、それに対して温和に問い返す―――それに好感触を得たアオイは、口元に笑みを浮かべて語り始めた。
「レールガンで私たちを助けてくれたのって、少佐ですよね?―――私たちが頑張ったから、少佐は助けに来てくれたんですよね?―――あの時、タイガーシャークに勝てたのは、少佐のおかげです!本当にありがとうございます!」
「なっ……!?」
アオイの言葉に、ヤヨイは虚を突かれた様に、一瞬たじろいだ。
それはタイガーシャークとの決戦前―――『頑張ってる子には、必ず天からの助けが来る』と、ヤヨイが謎かけの様な言葉を、アカネとアオイに残した事を指していた。
その時すでに、ヤヨイはレールガンによる単独射撃で、自分がタイガーシャークを撃破する決意を固めていた―――それはヤヨイ自身の意地であり、けっして二人に恩を着せる様なつもりは、さらさらなかった。
ゆえに、結果的に共同作業による撃破となったが、その助力に対して、ヤヨイは自身の関与を一切表明せずに、黒子の立場を貫いていたのだが、それをアオイは―――ちゃんと知っていますよ、感謝しています―――と、戦闘直前のこのタイミングでぶつけてきたのだった。
アオイ自身、心からヤヨイに感謝しているのだが、それを挑発に対する対抗手段として用いてくるのが、いかにも策士のアオイらしさであった。
実際、思わぬ感謝の言葉にヤヨイの戦意は、ほだされる様に溶かされていったが、目を閉じ含み笑いを漏らすと、―――やっぱりこいつは食えねえJKだわ―――と、それに流される事なく、気を引き締め直した。
「今回も私たち、頑張りますからね!」
そこにアオイがさらに、たたみかけてきたが、
「コダマ=アオイ……おめー案外―――悪い子っすね」
もうヤヨイも、策士の顔つきで、それに応じるのであった。
互いの応酬を称える様に、両陣営の策士はニヤリと笑うと、そこで会話は途切れた。
そして、前哨戦の終了を見定めたサツキは、
「では両機、定位置について」
と、ファントムとイーグルの移動を促した。
そして、移動するファントムのコクピットで、アオイはアカネに語りかける。
「アカネ、キサラギ少佐が、ここに来た時……二機いたはずのイーグルが、レーダーで補足できたのは一機だけだったんだ……」
それはヤヨイのイーグルが、ステルスで駐屯地の直近まで潜行してきた事を意味していた―――それに緊張の面持ちで顔を向けてきたアカネに、アオイはその目をじっと見つめると、
「少佐の機体のカスタム……きっとステルスだけじゃなく、相当な実戦仕様になってるはず……キサラギ少佐は―――きっと相当、強いよ!」
そう言って、おそらくは激闘となるであろう、この一戦への覚悟を促すのであった。
だがアカネは緊張した厳しい表情のまま、ニヤリと口元から白い歯を見せると、
「アイツが只者じゃないって事は、分かってるわよ……でもね―――リンの目の前で、連敗なんてできないわよ!」
と、モニターに映る、自分たちを見守るリンの姿を見ながら、そう言い放つのであった。
かつて今回と同じ、ミライミナト駐屯地のこのランウェイで、アカネはリンとの模擬戦に敗れ去った―――そして、その再戦に必勝を期するアカネは、その相手の目の前で負ける姿を見せる訳にはいかなかったのだ。
あの時、悔し涙にくれるアカネの肩を、その隣で抱きしめたアオイは強く頷くと、
「アカネ!おそらくキサラギ少佐には、小手先のフェイントは通じない……だから、今回はタンクモードで一気に駆け抜けて、まずは距離を取ろう!」
必勝に向けて、考え出した最上の初手を、アカネに告げるのだった。
「了解したわ」
そう言いながら、アカネはファントムの両脚を戦車部に変形させて、高速移動形態のタンクモードで、開戦位置についた。
同じく開戦位置についた、ヤヨイのイーグル改は、近接格闘形態のヒューマンモードをとり、両脚でホバリングしながらサツキの合図を待つ。
向かい合う、両機の距離は五十メートル―――ここから加速前進して、お互いの右隣りを越えた瞬間、戦闘開始であった。
見守る一同にも、緊張が走る―――その張りつめた空気の中、
「では、始めましょう」
サツキの一言を合図に、ファントムは激しいホイールスピンの煙を上げ、イーグル改は静かなホバー加速で、前に進み出る―――電脳謀反の行方を占う、首都進攻を賭けた一騎討ちの幕が切って落とされた。




