第10話:バベルの塔9
「……一騎討ちという事ですか?」
サツキの提案を受けて、まずはリンが厳しい表情で、緊張した声を上げた。
「あーしは、どんな方法でもいいっすよ。元々、ヴァルキリー全機、束で倒すつもりだったっすからね」
それに対して、ヤヨイは余裕の構えを見せる―――ヴァルキリー隊の全員を、一人でも撃破できるという自信に満ちた発言も、彼女の並々ならぬ戦闘能力を裏付けていた。
「戦線を最小限に抑えようという、キサラギ少佐の意見には、私も一理あると思ったわ。それなら、この勝負も一回で終わらせましょう……リンが未来を託したヒビキ=アカネ、そしてキサラギ少佐―――その勝負で結論が出ると思うのだけれど……どうかしら?」
サツキは決断を迫り、それに対してリンは考える。
もしアカネが負けるのなら―――電脳謀反打倒の切り札として、己が見出したアカネが、ここでサツキに敗北するのなら―――確かに、首都防衛の壁を越える事など不可能だ!
そう思い定めたリンが、「アカネ!」と言った瞬間、
「リン……アタシに任せなさい!アオイもいいわね?」
すかさず、アカネはヤヨイとの勝負に向けて、前に進み出てきた。そして、その傍らには、もちろんアオイの姿もあった。
「これで決まりね……」
出揃った役者を見渡して、サツキはニヤリとした。
「じゃあ、確認っすよ。あーしが勝ったら、大佐たちは首都進攻……諦めてもらうっすよ」
ヤヨイは既定事項とばかりに、自身の勝利後の約定をリンに確認した。
「分かった、約束しよう。それで、こちらが勝った時は―――」
「アンタ、アタシにあのバレエのステップ、教えなさいよ!」
リンの言葉を遮り、声を上げたアカネに皆、愕然とした。
「はーん?これの事っすかー?」
そう言いながらヤヨイは、軽やかにバレエのステップを舞い始めた。それはストライクイーグル搬入時に、彼女が見せたものと同じく、一同を魅了するほどの華麗で優雅な舞いであった。
その時は、思わず身を乗り出したアカネが、ヤヨイに叩かれるという事件もあったが、それでもアカネはその舞いを自分のものにしたい気持ちが抑えられず、自身の勝利の条件として、今、ヤヨイにそれを要求したのだった。
だが、相変わらずタイミングが悪い―――国家の大事を話し合う将の言葉を遮ってまで、自身の欲望をぶちまけたアカネは、完全に浮いてしまっていた。
「アカネぇー……空気読まなきゃ……」
そう言ってアオイが、アカネの袖を引いたが、
「相変わらずっすね、ヒビキ=アカネ……そういえば、おめーは舞踊科だったっすね―――いいっすよ、勝ったら副賞として、おめーにバレエ教えてやるっすよ」
意外にも、ヤヨイはその申し出を受け入れると、
「まあ……負けねーっすけどね」
という一言を付け加えながら、高々と足を上げると、見事なY字バランスを見せて、アカネを挑発するのだった。
それはアカネの心に火を付けた―――ヤヨイの挑発に怒ったからではない。勝てばこの見事な踊り手から、教えを受ける事ができるというチャンスに、闘志を燃え上がらせたからであった。
アカネの踊りにかける情熱を理解しているアオイは、この展開に苦笑いしながらも、これはこれでアリかと、策士の横顔を覗かせながら、心中ほくそ笑んだ。
「さーて、馬鹿野郎がしゃしゃってきたせいで、話が途中になったっすが、大佐……そちらが勝った時の望みは、なんすか?―――なんなら、シチガヤの有人機すべて……あーしが封じ込めるっていうんでも、いいっすよ?」
つま先立ちのまま、ヤヨイはクルリと一回転して、リンに向き直ると、一旦アカネによって遮られてしまった、勝敗の約定についての話を再開した。
「シチガヤ駐屯地の有人機を、すべて抑えてくれるとは、これはずいぶんと大盤振る舞いだな……」
もし、それが実現すれば、リンたち進攻軍は、バクフにハッキングされたAI機だけを相手にすれば良い事になる―――この上ないヤヨイからの申し出であったが、リンは静かな微笑を浮かべ、それに首を振ると、
「そこまでしてくれなくても結構だ……だが、もし我らが勝った時は、キサラギ少佐―――君は、我々の同志となってくれ」
と、誰もが予想しなかった要求を―――首都進攻断念の大事と、ヤヨイ一人を同志として得る事を、同等の対価として、提示してきたのだった。
一同等しく、リンの言葉に驚いたが、当のヤヨイが一番驚いた―――どころか胸を射抜かれた様な、熱い感覚さえ覚えてしまい、心を沈めるのが精一杯なくらい動揺してしまっていた。
その心中を見抜かれまいと、なんとか平静を装っているヤヨイであったが、その瞳はリンの微笑みに釘付けとなってしまっている。
そして思う―――これがクスノキ=リンか……これがタカハネ=サツキが、人類の代表とするべく見出した、頭領の器というものか……と。
確かに才覚だけでいえば、リンは副将であるミユウに劣っている―――だが、統率者の資格というのは、その者が持つ、すべてを超越する絶対的なカリスマ性である。
それを今の一件で、ヤヨイはあらためて思い知った。首都進攻という大事の等価条件として、君が欲しいと真顔で申し入れてくるなど、常人のできる事ではなかった。
「あら嫌だ、引き抜きなんて、リンも大胆ね……どうかしら?キサラギ少佐?」
自身が見初め、電脳謀反の共犯者として引き込んだヤヨイを、今またリンが望む―――それにサツキは笑顔で抗議しながらも、ヤヨイの決断を促した。
「いいっすよ、別に……あーしが負けたら、仲間にでもなんでもなってやるっすよ―――まあ、負けねえっすけどね」
そこに変化が―――先程のアカネへの挑発の時と違い、その言いぶりに照れが混じっているのに気付いたのは、老練なサツキと―――小間使いと言われながらも、ヤヨイから離れず、ずっとその側で連れ添ってきた、タマキの二人だけであった。
そして審判者―――サツキは宣言する。
「これですべて決まったわね―――では、キサラギ少佐と、ヒビキ=アカネ、コダマ=アオイ組との勝負……始めましょう」




