第10話:バベルの塔7
サツキとリンの和解、そして決まった戦闘の継続―――これで、この場におけるすべてが終わったと、一同が感じた時、
「はい、はい、ほんじゃあ、今度はこっちの話をしていいっすかー?」
手を叩きながら言葉を挟む者―――それは、キサラギ=ヤヨイであった。
「アンタらは、アンタらの話がついたみたいっすけど、こっちはこっちの都合があるっすよ」
軽くしかめっ面を作りながら、そう言うヤヨイに、ただならぬ気配を感じ、一同は身構えた。
「リン……」
心配そうな目を向けるサツキに、リンは静かに頷くと、その意を問うべく、ヤヨイに向かって歩きだした。
そして、一同の輪から少し離れた位置にたたずむ、ヤヨイとタマキに対峙すると、
「キサラギ少佐、そちらの都合というのは、どういう事なのか聞かせてもらえないか?」
リンは、ミライミナト駐屯地の司令として―――最終局面を迎えつつある『電脳謀反』の一方の将として、おそらくは重大な内容となるであろう、ヤヨイとの会談の口火を切った。
「さっきまでとは顔つきが変わったっすね、クスノキ大佐……覚悟が定まった、いい顔をしてるっすよ」
対するヤヨイは、サツキとの会話で、すべての迷いを断ち切ったリンの風貌に、まず着目した―――そこには人類の代表として、人工知能との決着をつけるという、世界の未来のみを思う聖人の風格さえ漂っていた。
「少佐の言う通り、バクフとの決戦に、これで一片の迷いもなくなった……それで少佐側の事情というのは、いったい何なのだ?」
「ああ、そうっすね、じゃあ単刀直入に申し上げるっすが―――」
先を促すリンに、ヤヨイはいつものやる気のない表情を、『鷹の目』にあらためると、
「首都進攻……諦めてもらいたいっす」
と、静かにだが力強く、今まさに決定した首都進攻の中止を、要求してきたのだった。
「……ここで終わりにしろ……という事か!?」
首都防衛の任に就く、シチガヤ駐屯地所属のヤヨイからの話という事で、首都進攻に対する何らかの指摘が入るとは思っていたリンであったが、まさかその進攻自体を中止しろという申し出までは、さすがに予想外であった。
「その通りっす。皆さんは、よくやったっす。せっかくタカハネ補佐官が、国連軍を動かしてくれるって言ってるんすから、それを受け入れて、もう大佐たちは手を引くっす」
リンの動揺などお構いなしに、ヤヨイはまるで命令の様に、首都進攻の中止を、引き続き主張した。
「言葉を返す様だが、それはできない。理由は少佐も聞いていた通りだ」
「大佐たちの理念は立派っす。自分もその心意気には、賛同するっすよ……でも、大佐たちが米軍機に手間取っている間に……東部方面隊だけでなく、東北方面隊、中部方面隊のハッキング機は、もう首都周辺に集結してるんすよ!大佐たちが、次に北上の動きを見せれば、それは一気に首都へ押し寄せて来るっす―――もうシチガヤのハッキング機だけを相手にする、電撃作戦は瓦解してるんすよ!」
ヤヨイの指摘は正論であり、リンとてそれは十分理解していた―――当初の予定では、日本全土のハッキングAI機が首都に集結する前に、後顧の憂いであるマザ駐屯地のハッキング機を制圧後、すぐに電撃戦を仕掛ける予定であった。
だが、マザ制圧に成功した直後、アメリカ担当ガーディアン『人工知能フロンティア』の参戦で、ホーネット部隊及び、ジェット搭載AI機タイガーシャークとの戦闘を余儀なくされたリンたちは、人工知能バクフに防衛体制を整える十分な時間を与えてしまった。
もはや首都進攻は、戦術論を超えた、戦略論の問題を抱えていたのであった。
「少佐の言い分はもっともだ。首都進攻は、もうすでに遅きに失しているのだろう……だが―――負けると決まった訳ではない!」
決然とそう言い放つリンに、ヤヨイは少しイラッとした表情を見せると、
「ミライミナトの戦力だけで、どうしようって言うんすか!?三方面隊のハッキング機だけで、いったい何機の人馬戦車がいると思ってるんすか!?」
と、その圧倒的不利を主張する事で、翻意を促した。
「少佐は私たちを救うために、止めに来てくれたのか……ありがとう、その厚意だけはありがたく頂いておく……だが、我々は―――負けはしない!」
ヤヨイの心に謝辞を述べつつも、リンはあくまで進攻を主張する。それに対して、手で顔を覆いながらヤヨイは、
「あー、分かってないっすねー……だからー、大佐たちは―――勝てねえんすよ」
と、あっさりリンたちの敗北を予言した。それに対して反応を見せるリンに、ヤヨイは待ったのポーズで、その反論を封じると、言葉を重ねる。
「いいっすか、もし大佐たちが首都に進攻してくれば、その目的は、もちろんバクフへの攻撃っすよね―――でも、その近隣には防衛省だけでなく、中央省庁がてんこ盛りなんすよ?国の主要機関周辺でのドンパチなんて……あーしらシチガヤ駐屯地が許すと思ってるんすか!?」
まずは、ヤヨイは自身の立場を明確にした。リンの未来を思う心もひとつの正論ならば、ヤヨイの首都の主要省庁を戦火に巻き込ませない、という主張もまた正論であった。
「となるとシチガヤは、それらの安全をはかるために、大佐たちが首都に入る手前で、迎撃の陣を張るっすよ……もちろんそこには、あーしもいるっす……」
そして、ヤヨイは言いくそうに頭をかきながら、しかしハッキリと言った。
「だから―――大佐たちは、あーしには勝てねえんすよ!」




