第10話:バベルの塔6
再び、それを見守る一同は唖然とした。
かつてリンの事を『上から目線女』と、まるで仇の様に毛嫌いしていたアカネが、よもやリンを思いやる発言をするなど、まさに青天の霹靂であった。
「どうなのよ、人の人生メチャクチャにして!」
続けてアカネは、サツキを責め立てる。それに対して、サツキは険しい表情のまま、口を噤んでいた。
それに対して、さらにアカネが口を開こうとした時、
「アカネ、よすんだ。もういい」
と、当事者であるリンが口を挟んできた。
「もういいって、なによ!アンタ、悔しがってたじゃない!そんなに簡単に許しちゃうわけ!?」
そう言って、アカネはリンに食い下がったが、
「アカネ……思えば、私もお前をこの戦いに巻き込んだ―――それは平和への信念からに他ならなかったが、普通の学生だったお前を、命がけの戦場に巻き込んでしまった事は事実だ……だから、私に博士を恨む資格はないんだ……」
リンは、己が師と同じ過ちを犯した事を認め、サツキの罪を許す事で自身の贖罪とするかの様に、薄く微笑んだ。
それにアカネは、少しだけ悲しそうな顔をすると、
「アタシだって、アンタの事、許した訳じゃないんだからね……」
下を向きながら、そう呟いた。
「アカネ……」
それを見たリンは、良心の呵責に胸を痛めた。
だが、下を向いたままアカネは、「でもね……」と言うなりガバッと顔を上げると、
「言ったわよね、リン!この戦いでアンタの『アンサー』が出たら、もう一度アタシたちと勝負するって!それがアタシの『アンサー』だって!」
リンが人工知能との決戦を決意した時に交わした、再戦の約束を持ち出し、
「それでアタシが勝ったら……許してあげるわ!」
と、勝手極まりない理論を振りかざしながら、リンに笑顔を向けるのだった。
その言葉はまるで、贖罪に対する救済―――リンはアカネの笑顔に、心が洗われていく思いであった。
「アンタは、タカハネ=サツキを許す―――アタシはアンタを許す……それで全部、終わりよ」
そう言って、アカネは自身の発言を締めくくった―――その瞬間、この世から『電脳謀反』の罪人は、誰もいなくなった様な感覚を一同は覚えた。
だが実際、これで本当に憎しみの連鎖は断ち切られたのだ。ただ、その立役者がアカネである事に、意外だという感情を抑えられず、皆は感動だけでない、含み笑いも混じった、なんとも奇妙な笑顔を浮かべるのであった。
これも天命の子ゆえに為せる業か―――アカネに対して、皆と同じく深い感動を覚えつつも―――だがこれで大円団ではない、まだ戦いは終わっていない、とサツキは気持ちを戦場に引き戻すと、リンに向かって歩きだした。
「リン、あなたの気持ちを教えてほしいの……あなたは、これからどうしたいの?」
自身がこの大乱に巻き込んだ、愛弟子の前に立つと、サツキはリンに向かって、問いを始めた。
「あなたは私の期待に応えてくれたわ―――バクフを苦境に立たせる事で、フロンティアを参戦させる事に成功して、米軍のミサイル兵器だけでなく、ジェット型AI機も引きずり出してくれた―――国連もこれで、規約違反兵器の物証をつかむ事ができたわ……」
サツキは開戦からここまでの、リン率いるヴァルキリー隊の功績を、まずは称賛すると、
「もう十分よ、私が国連軍の出動を要請すれば、一週間でこの内乱は治まるわ。だから、あなたたちは、もう手を引いても―――ここで終わりにしてもいいのよ?」
と、電脳謀反の国連軍による幕引きを、リンに向かって切り出したのだった。
それを受けて、少しだけ考えると、リンはサツキの目を真っすぐに見つめながら言った。
「タカハネ博士……博士は見たいと言いましたよね、人類と人馬戦車の未来を―――アンサーを」
それは、ミライミナト駐屯地のAI機をハッキングして、電脳謀反の黒幕として、その姿を初めて現したサツキが、リンに向かって言った言葉だった。
「そしてガーディアン―――人工知能が、進み続ける人類の築く『バベルの塔』に、どう判断を下すのかを」
バベルの塔―――サツキが、慢心した人類を比喩した言葉を持ち出しながら、リンは言葉を重ねる。
「確かに人類は、ガーディアンの導いてくれた平和に背く様に、人馬戦車を弄んでいるのかもしれません……その報いとして、天の使いたる人工知能が、バベルの塔に雷を落とす日も、いずれ来るのかもしれません……」
そう言ったリンの顔は、微笑みながらもひどく涼しげで、そこにはサツキが見出した『天命の子』の姿があった。
「ならば私は、バベルの塔の頂上で、天に向かい真を問おうと思います―――抗うだけでなく、屈するだけでもない……『人間として』の真を、人工知能に問おうと……それを見届けてくれませんか、博士?」
それは、戦闘継続の表明であった。
だが今のリンの心には、当初、抱いていた人工知能への敵愾心ではなく、人間と人工知能の有り方を、その身をもって示さんとするために戦うという、崇高な志が宿っていた。
己が、人類の代表たる人物として見出したリンは、様々な葛藤を経て、今まさにそれに足る人間として、目の前にいる―――それを感じたサツキは、無意識にリンを抱きしめていた。そして言った。
「分かったわ、リン……待っているわ」
リンの戦闘継続―――それは、すなわち首都進攻であり、サツキが本陣とする人工知能バクフへの攻撃に他ならない。
そして、サツキの「待っている」とは―――それを受けて立つという事を意味していた。
ともに人類の未来を思う師弟の、決戦はこれで決まった。
そしてリンは、「はい」と答えると、敬愛する師の、昔よりも小さくなってしまった肩を、その上から強く抱きしめ返すのであった。




