第10話:バベルの塔4
「あ、あのタカハネ学長……ミライミナト学園、機甲科一年、コダマ=アオイです!」
唐突な自己紹介とともにアオイが動き出した―――その姿は、まるで順番待ちができない子供の様でもあり、先程サツキが感じた、切り裂く様な才気などは微塵も感じられない、ただのミーハーな女子高生がそこにはいた。
「こんにちは、コダマさん。あなたも、うちの機甲科だったわね。あなたみたいな優秀な子がいたんなんて、私も学長として鼻が高いわ」
サツキはアカネから視線を外し、アオイに向き直ると、現役学生ながらヴァルキリー隊の一翼を担うその働きに、先の五人と同じく、学長としての賛辞を送った。
「あ、ありがとうございます!人馬戦車の開発者でもある学長から、そんな言葉を頂けるなんて……光栄です!」
「あら、そんな風に言ってもらえると、私の方が恐縮しちゃうわね、ウフフ」
アオイからの熱い言葉に、サツキは微笑みながら応じると、その裏で別の思考を働かせる―――この子が、わずかな時間とはいえ、世界最強の人工知能、フロンティアとの電子戦を制した天才少女なのね―――と、今度は科学者としての興味に、その胸を密かに高鳴らせた。
「人馬戦車を愛する者として、学長の事はずっと尊敬していました。あの……後でサインとか頂けたりしませんでしょうか?」
サツキの探る様な思いなど気付かない風に、アオイはいつものマイペースで暴走を始める―――そこには、フロンティアを破った鬼才の片鱗などは、どこにも見えなかった。
「ウフフ、私はタレントじゃないのよ」
「いえ、私にとっては学長は、リン大佐とともに憧れの存在なんです!ぜひ、お願いします!」
この子は掴めない。いや掴ませない様に振舞っているのか。いや、そうではない。おそらくこの子は、これで自然なのだろう―――たわいもないやり取りの中で、サツキは測りきれないアオイの本質に、微かな焦りの様なものを感じ始めていた。
ならば仕掛けるのみ、とサツキは表情をあらため、
「ところでコダマさん……マザの制圧戦、そして先日のホーネットとの海上戦での、あなたのハッキング―――あれは、どこで身につけたのかしら?うちの機甲科では、あんな事は教えていないはずよ……?」
と、アオイの能力の対する謎に、単刀直入に踏み込んできた―――それは、これまで皆も疑問に思いながらも、あえて詮索しなかった謎でもあった。
「あー、それですか……」
それに笑顔で応じるアオイの回答を、皆が息を呑んで見守る中、
「それは……企業秘密です!」
あっけらかんと、アオイは笑顔でそう答えた。
「――――――!」
一同が呆気に取られる中、サツキは息の詰まる感覚を覚えた―――この子は食えない、これは生まれながらの策士だ、と。
サツキの事を憧れの存在だと、崇敬する素振りを見せながら、自身の手の内については、たとえ彼女であっても、けっしてそれを明かしはしない―――しかも、『企業秘密』などと、人を食った物言いにも程がある。しかし、それを悪びれずに、かつ相手に悪感情を抱かせないのは、アオイの天性のセンスでもあった。
この感覚には覚えがある―――と、サツキは記憶を手繰り寄せる。そして思い出した―――これは、ミユウに出会った時と同じ感覚だ、と。
サツキが未来を担う逸材と、リンを見出した時、その傍らにミユウがいた。彼女は理知的で、冷静で、何よりも隙がなく、ともすればどこか危なげでもあった、リンに欠けている点をすべて補う事ができる『王佐の才』を備えていた。
そして今日に至るまで、ミユウはリンを支えてきた。もしミユウがいなければ、きっとリンはここまで戦ってこれなかったに違いない―――それはある意味、サツキがもっとも理解している部分でもあった。
なるほどね。天命の子には、必ずその隣に天命のパートナーがいるものなのね―――そう思い至ったサツキは、「フフフフフ」と、思わず含み笑いを漏らしてしまった。
「企業秘密……それは、明かせないわね」
胸のすく思いで、サツキはアオイの顔をのぞき込みながら、そう言った。
「はい、申し訳ありません!」
それにアオイも、晴れ晴れとした顔で、臆面もなくそう答える。
日本をひっくり返す大乱を起こした大科学者を、向こうに回してアオイは互角に渡り合っている―――皆がそれに肝を冷やす中、サツキはそんなアオイを対等の策士として、心から認めるのだった。
そしてアオイは、素朴な疑問を切り返す。
「ところでタカハネ学長……学長はどうして私の事を知っているんですか?ヴァルキリー隊に加わってから、私は一度も学長とは接触していないのに―――それに、どうして私がマザと海上で、ハッキングをしたと分かったんですか?」
皆が息を呑んだ―――確かに、アオイはこれまでサツキとは表立った接触はしていない。なのにサツキは、これまでのアオイの戦績を、手に取る様に把握している。あまりの自然な振る舞いに見過ごしそうになったが、これは重大な問題である―――それはすなわち、サツキがこれまでのミライミナト駐屯地の情報を、大方把握していたという裏付けに他ならなかったからである。
誰も気付かなかったその点に、アオイはすかさず食いついていった。しかもその姿は、世紀の大策謀家を前にして、大胆にも勝負を挑む様な、不敵な笑みを浮かべている様にさえ見えた。
この子は本当に油断ならない。これはミユウ以上の『王佐の才』―――サツキは、自分がリンたちのすべてを探り抜いていると思っていたが、存外この子にはそんな自分を、逆にすべて探り抜かれていたのかもしれないと、そんな錯覚にも似た戦慄を覚えた。だが、そんな戦慄がサツキには、たまらなく心地よかった。
そしてサツキは、次代の『王佐の才』に向かって言った。
「それはね……企業秘密よ!」
唇に指を当てたその仕草は、老女とは思えないほど、たまらなく可愛らしく、思わずアオイも満面の笑みを浮かべて、それに答えた。
「企業秘密ですか……それは明かせないですね」
「フフフ、ごめんなさいね」
先程とは立場を逆にした、まったく同じやり取り―――誰の目から見ても、そこには二人の策士の姿があった。




