第10話:バベルの塔2
三人の来訪は、ミライミナト駐屯地の一同に、大きな衝撃を与えた―――
中でも、電脳謀反の首謀者であるタカハネ=サツキが、今、自分たちの目の前にいる事が、皆には信じられなかった。
人工知能バクフを扇動して以来、その制御室に籠り、この大乱のイニチアシブを握り続けていた彼女が、そのバクフを置き去りにして、自分たちを訪ねてきた。
なんの意図があってか、はたまた気でもふれたのかと、皆、警戒心を強く抱きながら、見つめ続ける事しかできない―――その当のサツキは、微笑を見せながらも毅然と構えているのだから、不気味というより他になかった。
「うわー、学長だあ……」
サツキを遠巻きに囲む輪の中で、アオイは呟いた。
タイガーシャークとの、まさしく死闘を制したその二日後の今日―――メディカルチェックで、アカネとともに異常なしの結果を得たアオイは、首都進攻に備え、新たに受領したKF-4ファントムの慣らし走行中に、レーダーに駐屯地に近付く機影を発見した。
同時に駐屯地のレーダーでも、同様の機影を捉え、アカネが実戦での慣らし運転かと息まき、スクランブル発進しようとした矢先、友軍信号を受信した管制室からストップがかかり、二機のKF-15イーグルを駐屯地のランウェイに迎え入れたのだった。
シチガヤ駐屯地のエンブレムを付けた、そのうちの一機は、イーグルではあるが、様々なオプションパーツを装備した、完全なカスタム仕様になっていた。
そこから面倒そうに降りてくる操縦士の姿に、ヘルメットを脱ぐまでもなく、それがキサラギ=ヤヨイであろうという推測が、ミライミナトの面々にはついてしまった。
案の定、それはヤヨイであり、もう一機の練習型イーグルから、もぞもぞ降りてくる小柄な操縦士の姿も、キンジョウ=タマキであろうと、悲しいかなそれも見抜かれてしまう有様であった。
だが練習型イーグルの教官席から、颯爽と降り立つ白髪の老女の姿には、ミライミナト駐屯地の誰もが、すぐにはそれが誰であるかは分からなかった。
すでにランウェイには、続々と隊員が集結しており、その中から副司令であるミユウの、
「タカハネ……博士!?」
という一言が出て、少しの後、ようやく一同はそれが電脳謀反の黒幕である―――自分たちが、倒すべき敵と目していたタカハネ=サツキであると理解でき、同時に皆一様に驚愕して言葉を失ってしまったのだ。
アオイがサツキの姿を認めて、「学長だあ」と呟いたのは、その直後であった。
「学長って、あんなんだったっけ?記憶がないわ」
ミライミナト学園の舞踊科に入学してから、ダンス一筋だったアカネには、正直、学長などには興味がなく、入学式で一度見て以来、その多忙さゆえに行事にも欠席し続けるサツキの姿が、記憶にないのも無理はなかった。
「もーアカネ、タカハネ学長は人馬戦車の開発にも関わった、すごい人だよ!めったにこんなに近くで会えないんだから、これはレアだよ!サインとか欲しいなー……」
「あんたねえ……なに考えてんのよ。アイツは敵なのよ……まったくもう……」
心の底から人馬戦車を愛してやまないアオイが、この場面でもミーハーぶりを遺憾なく発揮するのに、アカネはただただ呆れる事しかできなかった。
そして、ミユウの後に続いて現場に到着したリンは、サツキの姿を目にすると、凍りついたかの様に、そのままその場で硬直してしまった。
愛情、怨嗟、悔恨、そして協調―――様々な感情が、一度に彼女の胸に押し寄せ、心が乱れ動けない。
だが、そんなリンとは裏腹に、「リン!」とサツキは叫び駆け出すと、愛弟子の前まで来るやいなや、その肩に両手を乗せ、
「久しぶりね、リン……会いたかったわ」
と、まるで今までの事が、何もなかったかの様に、平然とその再会を喜ぶ素振りを見せたのだった。
呆気に取られたのは、それを見守る一同であった。皆、サツキがリンを、人類対人工知能の、人類側の代表として仕立て上げたという、今までの経緯は知っている―――そしてヴァルキリー隊の面々にいたっては、マザ駐屯地の強襲後に、サツキに向かって怨嗟の叫びをあげるリンの姿も記憶に新しかった。
ヤヨイからサツキの電脳謀反における真の狙いが、世界平和にある事が知らされたとはいえ、その人生を弄ばれた形になったリンの気持ちを思うと、サツキに向かって殴りかかっても不思議ではなかったのだ。
はたしてリンの反応は―――皆が息を呑んで、そのなりゆきを見守る中、
「タカハネ……博士……」
まるでリンは、童女になってしまったかのごとく、かつての恩師の名前を力なく呟いた。
勝負あった―――サツキの先制攻撃に、完全にリンは骨抜きにされた形となった。立場は互角のはずなのに、まるでリンは許されたかのごとく、安堵の様な表情さえ浮かべていた。
だがサツキのそのやり口には、悪意や狙いがある訳ではない―――サツキは心から、数々の修羅場を乗り越えた愛弟子を称えたかったし、リンも今はサツキの真意を知っているために、利用されたとはいえ、一方的な敵意を向けていた事に対する、引け目もあった。
そんなお互いの微妙な感情の隙間を、自然に突いてくるサツキは、やはり稀代の策士なのかもしれなかった。
二人のやり取りを見ながら、ヤヨイは思った―――
自分も、このタカハネ=サツキという女を、手の上で転がしてやろう思いながら、いつしか取り込まれてしまったのは自分の方だったな、と。
そして、今では彼女の企てた電脳謀反の裏にある、世界の恒久平和という計画の外せない『共犯者』となってしまったが、大義はサツキにあると認めたからこそ、今もこうして行動を共にしているのだというヤヨイの信念に、揺らぎなどは微塵もなかった。
「まったく……本当に油断のならねえ人っすね……」
ヤヨイは誰に言うでもなく、小さな声でそれを呟いた。
「えっ、なにか言いましたか、少佐?」
それに反応したタマキが、その内容を聞き返したが、
「別に……なんでもねーっすよ」
そう言ったヤヨイが、どこか優しい目をしていたのにタマキは驚き、思わずその横顔に見とれてしまったのだった。




