第1話:人馬戦車9
「私たちはミライミナト学園の生徒で、あの時は機甲科の練習機で模擬戦闘のシミュレーションをしていたんです」
「なるほど。その最中に突然ファルコンに襲われたという訳か?」
「はい、ビックリしちゃいました」
かなりの重大事のはずなのに、日常を語る様なリンとアオイの会話に、アカネは拍子抜けとともに苛立ちを感じた。すべてが他人のペースなのが気に食わないのだ。
「ねえ、なんでアタシたちは襲われなきゃなんなかったの?で、なんでアタシたちはここに連れてこられたのよ!?」
割って入る様に、アカネはずっと抱いていた疑問をぶつけた。
「はあ?あなたは私たちに―――軍に敵対行動を取ったのですわよ。いわば反逆。犯罪者を連行するのに、なんの理由がいるのかしら?」
「ふざけんじゃないわよ!アタシたちは、ただ巻き込まれただけじゃないの!それを犯罪者ってアンタ!」
カノンの辛辣な言葉に、アカネは声を荒げて言い返す。どうにもこの二人の相性は悪い。
「そうだな、多少の説明は必要だな」
このままでは、事が円滑に進まないと判断したリンは、冷静な表情を崩さないまま、三人の顔を見渡す。
結局、またリンが主導権を握るこの状況に、アカネは気分を害し、それを敏感に感じ取ったアオイは、その肩を寄せる事でそれを宥めようとした。
「ガーディアンが―――『バクフ』が謀反を起こした」
謀反。その知ってはいても現実感のない言葉に、アカネとアオイは違和感を覚えた。
世界は今、超高精度演算システム―――人工知能『ガーディアン』の管理のもとに、政治、経済、防衛の世界均衡を図っており、その恩恵は世界に五十年の平穏をもたらしている。
リンが言うところは、そのガーディアンの日本担当である『バクフ』が謀反を起こしたというのだ。人工知能がである。
「数時間前、バクフは日本政府に対して宣戦布告をしてきた。人馬戦車を排除すると」
「えっ、ガーディアンって予測演算システムで、何かを主導するっていう事はないはずでは?」
アオイはガーディアンの根本的なシステムに対する疑問を、リンに問いかける。
「その通りだ。最終的な決定権は人類が握っている。だが今回は違う―――AI機である人馬戦車をハッキングして実力行使に出てきたのだ」
「じゃあ私たちが、突然ファルコンに襲われたのって!」
「そうだ。あれはバクフにハッキングされた人馬戦車だ」
本来、演算による未来予測を、各国担当のガーディアンは政府に提案する。だが今回はそれを飛び越えて、あろう事か軍事行動に出てくるなど、もはや理解の範疇を超えていた。
「じゃあ、どうすればいいのよ!?」
「はあ?あなた、なにを言って―――」
「いきなり人工知能に襲われて、ハイそうですかって従うの!?ふざけないで!アタシは嫌よ!」
人工知能が人類に宣戦布告したという政治的見地とは別に、ただ純粋にそれが気に食わないアカネは、言葉を挟もうとしたカノンを制して、思いの丈を叫んだ。
この問題をどうにかしなくてはならない―――それはアカネに言われなくとも、リン、そして軍が今、早急に考えなくてはならない使命であった。
だがそれを民間人に、舞踊科に通う高校一年の少女に突き付けられたリンは、何かを決意した。
「ヒビキ=アカネ、コダマ=リン、非常事態権限をもって、両名を私の直属とする。階級は准尉だ」
「なっ、リン様!?なにを仰ってますの?」
リンは、アカネとアオイを自身の権限をもって、臨時の軍属とすると突然宣言したのだ。カノンでなくとも驚いて当然の決定である。
「私がですかー!?」
アオイは瞳を輝かせ、
「はあ、なに言ってんのよアンタ!アタシはお断りよ!」
アカネはリンに向かって拒絶の意思を示した。
「えーアカネー、いっしょにやろうよー」
駄々っ子の様に、アオイがアカネの体を揺さぶり、その翻意を促す。
「ちょっ、やめなさいよ。なんであんな女の下に―――」
「拒否権はないぞ、ヒビキ=アカネ。これは非常事態権限―――いわば命令だ」
相変わらず表情を崩さずに、淡々とそう言うリンに、アカネの苛立ちはピークに達し、すがりつくアオイを体にぶら下げたまま、リンに向かい駆け寄り、
「その上からの物言い!その上から目線!すべてが気に食わないわ!」
顔と顔が触れ合わんばかりの距離で、己の本音をこれ以上ない程の真っすぐさで、ぶつけたのだった。
その気迫に、リンの護衛を務めるカノンも、今度は割って入る事も忘れて、ただ呆然とその成り行きを見守るしかなかった。
「言いたい事はそれだけか」
そう言うと、リンは真っすぐにアカネの瞳を見つめた。
言葉が出てこない。しかし、負けるもんか。その一心でアカネもリンの瞳を、真っすぐ逸らさずに睨み続けた。
「次の作戦は、三十分後だ。ヒビキ=アカネ、コダマ=アオイ、すぐにスタンバイに入れ」
そう言うと、リンは身を翻し、その場を離れようと歩き出す。アカネを軽く睨みつけてから、カノンもそそくさと、その後に続く。
リンの背中に何かを言ってやりたいアカネだったが、やはり言葉が出てこない。そして、リンの姿がブリーフィングルームから消えた。
残されたアカネ―――その肩には、まだアオイがぶら下がっている。
「なんなのよ……なんなのよ、まったく……」
己の運命をまだ受け止めきれないアカネ。そしてアオイはその肩を抱く腕に―――少しだけ力を込めた。




