お城にもクリスマスがあるんですか
今日はおきぬさんの地元を訪ねるようです。
エミリーさんのもう1人の前世である「おきぬさん」がいた河内村樋ノ口というのはだいたいこの辺りだろうと、アレックスと2人でやって来た。
まず中備の駅から電車で北に30分ぐらい行き、渓谷駅で降りて、バスで20分程山を登っていく。
そこには雲海で有名な古いお城があった。
「これは、大賀の駅前にあるお城とはだいぶ違うね。」
「そうね。こういう山城に住んでいたのは一国の殿様というより、地方を治めている領主のような人だから、小さいお城なのよ。どちらかというと見張りや戦いに特化したものだったんでしょうね。」
ノッコは小学校の頃に1度ここに遠足で来たことがあるけれど、草が茂っていてこんなに綺麗にはしていなかった。
伸也によると雲海の写真が有名になって最近は観光客も多いらしい。
有名になったせいか以前より道路なども整備されていて、城の前の広場には大きなクリスマスツリーが立っていた。
その枝は綺麗に電飾のコードが巻き付けてあった。
側には今日の夜、クリスマスイブに点灯式が行われるというポスターまで掲げられている。
「日本のお城なのになんでクリスマスツリーがあるの?」
アルさんは不思議そうに、城とツリーのミスマッチな情景を見比べている。
…私もそう思う。
こういうところは田舎だなと可笑しくなる。
とにかくこの時期には電飾なのだ。
ツリーなのだ。
日本人って愛すべき国民だ。
アレックスと一緒にお城の写真を撮りまくった。
色々な角度から撮ろうとお城の周りをぐるっと回ってみたら、見たことのない郷土資料館というものが出来ていた。
これは行ってみるべきだろう。
入場券売り場に行くと「いらっしゃいませ。」と顔を上げたお姉さんが、ノッコとアレックスを見て固まってしまった。
ノッコも背が高いので、外人認定されたようだ。
「ハッ、ハロー。コングラチュレーション。」
…ダメだ。
お姉さん、おかしな英語になってる。
「すごいねノッコ。この人なんで僕たちが婚約したばかりだってわかったんだろう? お祝いを言ってくれるなんて…。」
アレックスは喜んでいるが、単なる間違いだ。
お姉さん本人は挨拶の言葉を言ったつもりだったんじゃないかな?
こんな田舎にはさすがに外人も滅多に来ないだろう。
「私は日本人ですから、日本語で大丈夫ですよ。」
ノッコがそう言うと、その人は心底助かったという顔をした。
「あー、よかった。びっくりしました。すみません、私は英語が苦手なもので…。えっと、大人2枚だと1600円です。」
「あっ、私は学生なので学生を1枚お願いします。」
ノッコがそう言って学生証を出すと、お姉さんはまたびっくりした。
「学生さんなんですか?! 大人っぽいですねー。」
そうかな?
単にでかいだけじゃないかと思うけど。
お金を払っていると、アルさんが口を出してきた。
「領収書をもらえば会社の経費で落ちるよ。」
「駄目よ。ここには個人的な興味で来たんでしょ。公私混同は駄目。それに私は今日ここに来たことを仕事にしたくないのっ。」
「さすがノッコだね。僕の好きになった人だ。」
「…………。」
もう、なんでこんなところでそんなことを言うかな。
ノッコが真っ赤になっていると、お姉さんは入場券を手に持ったまま、また固まっていた。
すみません…。
ノッコはそそくさとお金を払って、アレックスの背中を押しながら資料館の中に入った。
ここの資料館は出来たばかりらしい。
2階建ての広々とした建物で、崖に向かって地下1階が作られていて、そこが喫茶コーナーになっていた。
「わー、田舎なのに立派な建物だね。」
アレックスも感心している。
「日本の地方自治体は国からお金が出ると建物を作りたがるからね。建物かパンフレットをよく作るの。でもパンフレットはゴミにしかならないけど、こういう建物は皆が使えるからいいよね。」
「ハハッ、ノッコぶしだ。ノッコの意見は面白いよ。女性ってキレイとかステキとか同じ事しか言わないんだ。ノッコといると楽しいのは、こうしてちゃんと意見を言ってくれるところだな。そうしてしっかりしているわりに初心なところがあってさ。僕は最初にノッコとバスの旅をした時からノッコのことが気になって仕方がなかったよ。…ノッコはどう? 少しは僕のことが好きなのかな?」
珍しくアルさんが自信なさげにそんなことを聞いてきた。
そうか、社会人で、仕事をバリバリしてて、スマートな所作が当たり前のようにできる貴族で、皆をリードしていくような長男で、大人の男性だと思っていたけど、お母さんが言うようにアルも不安だったんだね。
「もちろんよ。結婚しようと思ってるのよ。アルさんのことは好きに決まってるでしょ。」
「ホント? どんなところが?」
そこまで聞きたいわけね。
「…まずね、見た目が素敵。背が私より高くて、ハンサムでしょ。それに仕事に真剣に向き合っているところがカッコイイと思う。冷静で客観的な判断力があるし、信頼できる人だと思う。そしてしっかりしてそうなのに笑えないジョークを一生懸命に考えてるところもかわいいかな。」
アレックスは照れ臭そうに笑いながら私が言ってることを聞いていたが、「最後のはなんだよぅ~。」と文句を言ってきた。
「ノッコまで妹たちと同じことを…。」とブツブツ言ってるけど、やっぱりイギリスでもあのジョークはウケないのね。
資料館では大まかなものは英語表示がされていたので、アレックスもそれを読みながら見て回っていた。
「ノッコ、これは着物を縫っているんでしょう?」
アルさんに問いかけられて行ってみると、このお城が活躍していた時代ではないけれど、地元の様子を撮った明正時代の写真の中に、何人かの女の人が集まって着物を縫っている写真があった。
「そうね。時代は違うけれど、おきぬさんもこうやってみんなで一緒に着物を縫っていたんでしょうね。」
2階に上がると半分のスペースが展望コーナーになっていて、もう半分は広いベランダになっている。
そこは朝早くに雲海を撮影する人たちが利用しやすいように、外階段からも上がってこられるようになっていた。
アレックスと外に出て、備え付けられていた望遠鏡を覗いて見た。
今日は寒いけれど晴れていたので遠くの山々の峰までくっきりと見ることが出来た。
一番遠いところには、うっすらと海も見える。
「ウワァオゥ! 凄い眺めだ! おきぬさんが言ってたのは、この山々が夕日に黄金色に輝くところなんだな。」
アレックスは興奮して、緩やかに折り重なる山のパノラマを何枚も写真に撮っていた。
おきぬさんはここのお城の上から見える山の景色が好きだったらしい。
この眺めなら自分の地元を自慢に思うのも無理はないなぁ。
ひとしきり写真を撮って、喉が渇いたので地下の喫茶コーナーに行くことにした。
紅茶とチーズケーキでお茶にする。
「どうして日本のケーキって、どこに行って食べても美味しいんだろう。」
アレックスは不思議そうだ。
「手先が器用だし、細かいことに拘るからね、日本人は。それに丁寧に心をこめて作ってあるからじゃないかな。お・も・て・な・しの心だよ。」
「うーん、日本に来て思ったけど、それにプラスして創意工夫もあるね。その場その場で細かい工夫や改善がされてるんだ。ほら、最初行ったバスターミナルの待合所。トイレやシャワールームだけじゃなくて、夜行バスに乗ってきた人たちが、店が朝、開店するまでくつろいで待つことが出来るように畳の部屋があったでしょ。それに女性だけが入れる、壁に横長に鏡が貼ってあって、長机も並べてある化粧室もあったし。痒い所に手が届くとはまさにこのことだと思ったね。」
「そうなの? 私は海外に行ったことがないから外国とどう違うかわからないな。当たり前のように日本のサービス業のやり方を享受してるからね。」
「日本のサービス業を見ていると海外は何年も遅れてるよ。大きな観光地でもここまでの工夫はされてないからね。」
「ふーん。私も見てみたいな、海外の観光地。」
ノッコがそう言うと、アレックスがニヤリとした。
「夏にはイギリスに行くけど、新婚旅行はヨーロッパにする?」
もう、また急にそういうことを言う。
でもそうか…新婚旅行というのもあるのね。
何だか恥ずかしい。
◇◇◇
そろそろ帰ろうかと矢印に沿って出口の方に向かうと、外に出る前に地元の物産品の販売コーナーがあった。
壁には雲海とお城の写真が幾つか張ってあって、プロの撮ったポートレート写真も数多く置いてあった。
アレックスはその写真のタワーに飛びついて、くるくる回しながら何やら探している。
「あったよっ、ノッコ!」
嬉しそうに見せてくれた写真は、黄金色に輝く山々の夕暮れの写真だった。
眩しい空に一筋の筆で書いたような雲がたなびき、2羽の鳥が塒に向かって飛んでいる。
折り重なるような山々の峰は最後の陽光を受けて金粉をまぶしたように浮かび上がっていた。
夕暮れの一瞬の輝きを捉えたベストショットだ。
「この写真、エムが言ってたおきぬさんの表現にぴったりだ。夕暮れの写真が撮れてなかったからね、これがあってよかったよ。」
アレックスはその写真の他に、ノッコの家へのお土産だと言って地元の物産品も買い物カゴに入れていたが、『郷土史』と表紙に書いてあるえらく分厚い本も買おうとしている。
「アルさん、そんな難しい本も買うの?」
「うん。うちの家の図書室に置いておこうと思って。」
家に図書室があるの?!
どんな広い家なの、それ…。
レジにいくとそこには受付にいたお姉さんが立っていた。
あら、またお会いしましたねと言って笑ってくれる。
「学生さんは郷土史を学ばれてたんですね。英語がお上手なのでてっきり英文科の方かと思ってました。」
商品のバーコードを次々と読み取りながら、分厚い郷土史の本を手にしたところでそう言われた。
「いいえ、私はご推察の通り英文科です。」
「えっ? じゃあこの外人さんが?!」
「違います。彼は観光業者で…。」
「熱心な方なんですね。この本を買われる方って滅多といらっしゃらないから、つい。ごめんなさいね詮索して。」
「いえいえ。」
ノッコがお姉さんから本を受け取ろうと手を伸ばした時に、目の前をチカチカッとフラッシュのように映像が通り過ぎていった。
ノッコは思わず頭を振って、その残像を拭いさった。
「大丈夫ですか?」そう聞いてくれたお姉さんに頷きながら、ノッコはお姉さんの制服のネームプレートを確認してみた。
「杉村」と書いてあった。
「あのぅ、つかぬことをお聞きしますけど。お姉さんの何代か前のご先祖さまで、杉田、いえ、杉村源兵衛という方はいらっしゃいませんか? 河内村樋ノ口の方でそういう方がいらっしゃるのではないかと捜していたんですけど…。」
ノッコが急に何を言い出したんだろうという顔をしていたアレックスも、源兵衛の名前を聞いて、ハッとしてお姉さんを見た。
大柄な人間2人に熱い目でじっと見られて、お姉さんは戸惑っていた。
「・・・樋ノ口 は、うちの屋号ですけど。んー、よく覚えていないけれど古いほうの墓石にそんな名前が彫ってあったような気がします。」
「屋号?! そうだったんですね。樋ノ口だという地名だとばかり思ってました。どうりで地図に載ってなかったはずだわっ。」
ノッコのひどく興奮した様子に、お姉さんも笑い出した。
「何を調べていらっしゃったのかわかりませんが、うちの先祖にこの城の縫い方といって、着物を縫う仕事をしていた娘さんがいたんですって。もしかしたらあなたが今仰った源兵衛さんの娘さんかもしれませんね。私はそういうことを昔から聞いていたので、このお城の仕事の募集があった時に応募したんですよ。」
ノッコとアレックスは顔を見合わせて、喜びに心が浮き立った。
こんなところで捜していた人に会えるなんてっ。
お姉さんは、私達があまりに喜んでいるのが不思議だったのだろう。
「どうしてうちの先祖を調べてらしたのか教えていただけます? それになぜ学生さんは、急に私にそういう質問をしようと思われたのかしら…。私はここの係の人が帰ってきたら交代で昼休憩なんです。30分ほどしたら出られますから、お時間が大丈夫だったら待っててもらえませんか? 駅の方まで昼食に出るついでに車で送りますよ。」
好奇心にかられてか、そんなことを言ってくれた。
もちろん私達はお姉さんのお言葉に甘えることにした。
喫茶店に後戻りをして、お喋りをしながら時間を潰してお姉さんが休憩に入るのを待った。
アレックスはその間に、イギリスのエミリーさんにこの驚きの出会いについてメールを打っていた。
お姉さんにどうぞと言われて自家用車に乗せてもらったが、この人は田舎の人特有のすごいスピードで車を運転することがわかった。
バスで20分ほどかかって登って来た山道を、10分もかからずに駆け下りたことがわかった時には驚いてしまった。
それでもそんなスピードで走る車の中で、ノッコはお姉さんの疑問に応えるべく事情を話し続けた。
「アレックスが探しているのはそういった理由なんですけど、私は杉村さんに手を伸ばした時に源兵衛さんとおきぬさんが話をしている所や、おきぬさんが城に戻って行く時に若い娘さんが手を握って別れを惜しんでいる情景が目に浮かんだんです。…えっと、あの…私って小さい頃から第6感みたいなものが鋭くて…。」
「なるほどねー。パラレルワールドと言っても、似たところがあるってわけね。私はこういう話が好きなんですよー。小説もファンタジー系をよく読むしね。ずごぉーい、私って今、物語の中の登場人物みたいっ。私ねぇ、名前が杉村加代子っていうんですよ。そのおきぬさんの姉で、お婿さんをもらって杉村家の後をとった人の名前『カヨ』っていう人にちなんでつけられたの。その人が私の前世だと考えると、私って魂的には公爵夫人になる妹がいるってことね。面白ーい。」
この杉村加代子さんは本当に柔軟な考え方をする人だ。
駅前で「また面白い話があったら教えてねっ。」と言ってメール番号を渡されたが、アレックスも私も加代子さんの勢いに呆然としてしまった。
お互いに目を見合わせて笑ってしまう。
アレックスは頭を振り続けていた。
「なんとも面白い人だねあのおカヨさんは。そしてあの行動力。バイタリティ。日本の女性にはいろんな人がいるんだね。」
「あら、アレックス。あなたああいう人が好きなの?」
「バカだなぁ、僕には君だけだよノッコ。」
…外国人のものの言い方って…ちょっと、恥ずかしい。
・・・痒くなった方ごめんなさい。