その人の名は知っています
前世を訪ねて三千里・・というところかしら。
またお母さんは張り切って用意したようだ。
台所のテーブルの上に所狭しと料理を盛り付けたお皿が乗っていた。
「どーぞ、食べて。ヘルプユアセルフ。ほらお父さんお酒お酒。」
「よっし。ビァ・オア・日本酒、どっちがいいですか?」
…お父さんそれ日本語だし。
でも通じてるみたい。
「ニホンシュ、オネガイシマス。」
アレックスも大丈夫なの?
日本酒を飲んだことがあるのかしら?
「これ、美味しい。ノッコの料理とおんなじ味だ。」
「お前、もう手料理を食べさせてるのか?」
伸也に言われたけど、ニュアンスが違うと思う。
「彼氏じゃなくて、バイト先の上司なの!」
「まぁ、そういう事にしといてやるよ。」
なに上から目線なのよ。
まさかお父さんとお母さんも勘違いしてるんじゃないでしょうね?
後で確認しとかなきゃ。
「アレックスさんは大賀で行きたい場所があるそうですけど、どちらなんですか?」
お母さんが喋ったことをノッコが訳した。
「中備は小溝の360の5番地という所に行きたいです。」
アレックスの答えを聞いて私と伸也が固まった。
それ家の番地なんだけど…。
「なんて言ったの?」とお母さんが言うので、説明する。
「まぁ、偶然ね。」お母さんとお父さんもびっくりしている。
ノッコがエミリーさんの前世のことなどを詳しく話すと、お母さんが勢い込んで話し出した。
「夏美さんならうちの初枝おばあちゃんのお姉さんのことじゃない? 岸蔵にお嫁に行った、ほら貴方たちもよく知ってるじゃない。尾方のおばあさんよっ。」
は?
尾方のおばあちゃんという名前でしか知らなかったが、その人は尾方という苗字じゃなくて太田夏美という名前だという。
尾方というのは岸蔵の東の方にある地名だそうだ。
尾方のおばあちゃんはだいぶ前に亡くなったが、よく私と伸也にお菓子を持って来てくれていた人だ。
あのおばあちゃんは夏美と言う名前だったのか…。
お母さんの話を聞いてアレックスは興奮していた。
「ほらっ、やっぱり僕たちは赤い糸で結ばれているんだね。異世界でもこんなに繋がりがあるなんて!」
伸也はアレックスの言ったことがわかったようでニヤニヤしている。
もうっ、何でそういうことを言うかな。
困った。
とても困る展開だ。
もうスルーするしかないと思っていると、お父さんが空気を読まない発言をした。
「ところで、アレックスとノッコはお付き合いをしてるのかい?」
お父さん…滅多と喋らないのに、なんでポツッとそういう発言をするの?
「今、ノッコにアプローチをしてるんですけど、返事をもらえないんです。」
伸也も訳さなくていいから…。
皆で私を見るのはやめて欲しい。
何だか私が悪者みたいじゃない。
◇◇◇
男たちが酔いつぶれて寝てしまってから、お母さんにアレックスとのことを相談した。
「ノッコの場合は前世が見えるっていうことを理解してもらえるかどうかということが大きいと思うけど…。彼、あんな話をしていたぐらいだから、その事は知ってるんでしょう?」
「うん。最初に会った時に話した。」
「それなら貴族だとかどうとか、そんなことはどうでもいいじゃない。ノッコがアレックスを好きかどうかでしょ。ただカレンさんのことは本人に直接訪ねたほうがいいわね。お母さんから見たらアレックスはノッコにめろめろに見えたけど…。アレックスがどんな顔をしてあなたを見ているか気づいていないでしょう。」
それは…知らない。
「でもお母さん、天皇陛下や皇后陛下、それにイギリス国王と話が出来る?」
そうノッコが聞くと、さすがのお母さんも言葉に詰まった。
「うーん。ハードルが高いわね。でもそんなに頻繁に会わないでしょ。アレックスがイギリスの王子様だとでも言うのなら、考えるのもわかるけどね。それにまだ結婚の話が出たわけじゃないし、気軽に付き合ってみたら? いい人そうじゃない。」
そうなのかなぁ、私が考えすぎなのかしら?
翌朝、二日酔いの顔で起きて来たアレックスに思い切ってカレンさんのことを尋ねてみると、「カレン?僕のすぐ上の上司だよ。」とサラッと言われた。
上司?
そうだったのか…。
「なんだよノッコ、やいてくれてたの?」とニヤニヤするので、おでこにデコピンをくらわせてやった。
「アウチッ!」と大袈裟に痛がっていたが、へー本当に外人はアウチッっていうんだ…とノッコはどうでもいいことをぼんやりと考えていた。
今日は岸蔵の尾方に行ってみることになった。
お母さんが太田の家に電話をしてくれたので、手土産を買ってから電車に乗る。
「何だか、ドキドキするね。」
アレックスのそんな気持ちもわかる。
その土地の様子を見るだけでいいと言っていたのが、家が実際に存在していてその中に住んでいる人と会えることになったのだ。
朝ご飯を食べた後でイギリスの妹さんとスカイプをしていたが、エミリーさんも驚いていたようだった。
太田の家はアパートや新築の家に囲まれて建っていた。
ノッコが小さい頃に初枝おばあちゃんと来た時には、田んぼの中の1軒家だったように記憶している。
インターフォンを鳴らすと直ぐに颯介さんという人が出て来てくれた。
腕に拓真くんという男の子を抱いている。
その子が恥ずかしそうに「ハロー。」とアレックスに挨拶したのが可愛くてキュンキュンした。
ノッコがアレックスが訪ねて来た経緯を颯介さんと百合子おばあさんに話すと、二人ともびっくりしていた。
そうだよね。
すぐには飲み込めない話だよね。
それでも、私が前世を見ることが出来るというのは知っているので、いくらかその手の話に慣れていたのだろう。
色々と質問もされた。
「しかし、その話は驚きますね。…でも夏美ばぁちゃんがそのエミリーさんみたいに、別の世界で元気にやっているんだったら嬉しいな。」
「妹さんのエミリーさんのエピソードを聞いているとばあちゃんらしいなぁと思うね。うちの母さんはもしかしたらもう1つの地球というところでもう1人のエミリーさんをやっているのかもね。」
颯介さんも百合子おばあさんも感慨深そうにそう言ってくれた。
アレックスはその様子をビデオに撮っていた。
イギリスに送ってエミリーさん達に見せたいらしい。
前世、異世界、パラレルワールドとややこしい話だったのに、素直に受け入れて聞いて下さってホッとした。
今回は颯介さんと拓真くん、それに百合子おばあさんの3人に会えただけだったが。
「またいらっしゃい。エミリーさんたちもこちらに来られるようだったら、ぜひ家に来て頂きたいわ。」
と言ってくださった。
太田の家からの帰り道にイギリスに送るクリスマスのプレゼントを買いたいというアレックスに付き合って、岸蔵駅の近くにある大型のショッピングモールに寄った。
お母さんには、草木染の和風のショールを。
お父さんに日本酒を選んでいた。
エミリーさんの婚約者のロベルトさんは科学に造詣が深いようで、「このロボットの組み立てキットならエムの注文に叶うな。」と言って最新式のロボット工作用キットを買っていた。
家族全員の好みを把握しているようで、そう悩みもせずに次々とプレゼントを選んで、まとめて航空便にしてイギリスに送る手はずを整える。
ふーん、なんだかいかにも長男って感じ。
そしてノッコが疲れて来たのが判ったのだろう。
さりげなく「買い物に付き合ってもらったから奢るよ。」と言って、抹茶の美味しい喫茶店に連れて行ってくれた。
こういうところは、紳士なのよねぇ。
「でもよかったね。とんでもない話なのに受け入れて下さって。」
「うん。日本に来て、そしてもう1つのなつみさんの家族を捜そうと思い立って良かったよ。僕にとってはノッコに会えたことが一番良かった。ねぇノッコ、改めて申し込ませて。僕はノッコが好きです。これから末永くお付き合いしていきたいと思っています。どうか僕と結婚してくれませんか?」
「結婚?!」
「うん。ノッコにとっては急な話だと思うかもしれない。でも、エドガー神父さまの部屋でノッコに会った瞬間に、この人のこと知ってる。僕の花嫁さんはここにいたんだって思ったんだ。」
それって、前世が関係してるのかしら…?
でも、一足飛びに結婚?
私はまだ学生だし、結婚のことなんか考えてみたこともなかった。
ノッコ、・・・どうします?