居心地がいいんですね
アル、居ついちゃいましたね。
あれからアレックスが毎晩やって来る。
「I'm home.」(ただいまー。)と言ってうちに来る。
おかしくね?
「今日は何のご飯かな? おおっ、ロールキャベツか、いいねぇ。今日は寒かったからあったまるね。うちのジボアの得意料理だな。ノッコのロールキャベツはどんな味なんだろう。」
なんとアルの家にはお抱えコックがいるらしい。
金持ちは違うね。
舌が肥えているだろうに何故かノッコの料理が美味しいという。
毎日、昼ご飯を外食しているので、夕食は家?でゆっくり食べたいそうだ。
…まあ、いいけどね。
ノッコとしては食費を全部持ってくれて、その上手間賃をプラスしてくれるので、アルの分を1人分余計に作ることなど何という事はない。
材料も豊富に使えるので、ありがたい限りだ。
今日あったことをノッコに向かっていろいろ話しながら食事をすると、気づかなかった観点から仕事を振り返ることが出来ていいらしい。
それもあるのか、食後のスコッチを飲みながら、パソコンで報告書を作成するのもうちでやる。
カレンさんという名前をよく口にするので、イギリスに残してきた彼女なのかもしれない。
独身女の家に毎日上がり込んでて、彼女は心配しないのだろうか?
まあ、ノッコは日本でのお抱え料理人のようなものだから、気にならないのかもしれないが…。
「アレックス、私は明日で大学が終わるの。明後日から冬休みだから田舎に帰るつもりなんです。なので、明後日からの夕食はどこかで食べて下さいね。」
報告書を書いていたアルは、「んーー。」と生返事をしているけど、聞こえているのだろうか?
「んんん?! なんだって?! 聞いてないよっ、ノッコ。」
「だから今、報告しているじゃないですか。明後日の午後の新幹線の席が取れたから、田舎に帰ります。あまり年が押し詰まって来ると席が取れなくなるから、早めに帰ろうと思って。」
「僕もノッコと一緒に帰るよっ。ネットで席の予約、取れるよね。東京は何時発?」
帰るって、どこに?
イギリス…じゃないよね。
…なんとアレックスは、ノッコについてくるつもりらしい。
「だって、なつみさんの地元を案内してもらう約束じゃないか。ノッコ、京都に用事があるから京都に寄って行こうよ。電車代出すからさ、ねっ、つき合って。」
なつみさんというのは、アルの妹さんの前世の人だそうだ。
もう一人おきぬさんという人もいるらしい。
この人が大賀県の北部の村の人だと言っていた。
結局、ノッコが取った新幹線の席はキャンセルされて、アルと一緒に京都まわりで大賀に向かうこととなった。
こういう時は、手配が素早い。
さすがに旅行会社の人だけある。
◇◇◇
新幹線の中で、びっくりする話をされた。
アルが言っているなつみさんとおきぬさんは、パラレルワールドになっている異世界の地球という星での妹さんの前世だと言うのだ。
このアースに同じような人がいるかどうかわからないが、とにかく同じ地名があるのなら訪ねてみたいそうだ。
ノッコも人の前世が見えるような特異体質だから大概のことには驚かないが、こんな話は初めて聞いた。
京都駅で新幹線を降りると、ホームに、アレックスの名前が書かれた札を持って立っている背広姿のおじさんがいた。
「誰? 京都の旅行会社の人?」
「んー、多分お迎えの人じゃないのかな。」
アルがそのおじさんに近付いて行ってパスポートを見せると、そのおじさんはにっこり笑って「お待ちしていました。こちらにどうぞ。」と私達を案内してくれる。
連れて行かれた先には黒塗りの車が待っていた。
見間違いじゃなかったら、車のバンパーの辺りに外交官の人が乗るような国旗が立っているんですけど…。
どゆこと?
ノッコたちが連れて行かれた先は…京都新宮御所だった。
テレビではよく見るけれど、門の中に入ったのは始めてた。
驚き過ぎて声も出ない。
車は堀沿いの道を奥の方に進んでいく。
門からだいぶ走ったところに広場のような駐車場があった。
「今回は正式なご訪問ではないので、失礼ですが通用口の方からご案内します。」
「構いませんよ。滝宮様のご両親に写真を持って来ただけですから。」
…え、今なんて言った?!
え、えっ、ええーーーーー?!!
「ほらノッコ、通訳して。」
一瞬、頭が真っ白になった。
滝宮様って皇太子の滝宮様?
その人のご両親っていうことは…もしかしてもしかして天皇陛下と皇后陛下っていうことぉ?!
「先日、シグ・アレックスさまからお電話いただいた時に、両陛下も今日の日で良かったと仰っておられました。もう少しするとお正月に向けての行事が始まりますから。」
「お忙しい時にお訪ねして申し訳ありません。これから大賀に向かいますので、お会いできなくても写真だけでもお託しようと思いまして…。急に連絡をさせてもらったのに、ご配慮いただき感謝します。」
ノッコはもう言いたいことを押さえて、通訳に徹することした。
黒子よっ、私はいないの見えないのっ。
履いているジーパンはよれよれのサンキュッパだけど、アルに言いたいことは山ほどあるけれど、後にすることにした。
両陛下は暖かそうな客間のソファに座って私達を待っていた。
アルが部屋に入って行くと、お2人とも立ち上がられて、互いに挨拶をかわしている。
そんな非日常の光景を、嘘みたいと思いながらノッコがぼんやり見ていると、アルに呼ばれた。
はいはい、もうこうなりゃやけくそで通訳しますよっ。
「こちら、私が今お付き合いをしている片岡典子さんです。ノッコ、知ってるだろうけど僕の友達の滝宮様のご両親、崇人殿下と燈子妃殿下だよ。」
はっ?
今なんかおかしな単語が聞こえた気がしたけど…。
気のせい?
「まぁ、お噂はかねがね。お料理が上手なんですってね。秀次も羨ましがっていましたわ。アレックスに先を越された。自分の方が年上なのにってね。」
「はぁ? …はぁ。…あの何か勘違いをしておられるのでは? 人違いではないですか? 私、通訳をさせて頂いてる片岡典子というものですけど…。」
「まぁ、アレックス。駄目じゃないですか。ちゃんとお付き合いを申し込んでいないの?」
「あれ? 僕ちゃんと言ってなかったけ、ノッコ。」
…言ってない。
お付き合いのことも、滝宮様のことも。
天然?
…じゃないよね。
両陛下の前でこんな話をしなきゃならないなんてっ。
こんな人、他にいないよねーー。
さてさて、とんでもない状況です。




