友だちからの電話
友達にはメールをしておかないとね。
元旦は初詣に行くと言うアレックスに付き合って、正月早々に大賀市にある大きな神社に参った。
いつもだと午前中に近所の氏神様に参って、後は家で正月番組を観ながらゴロゴロしているのだが、観光業に携わっているアクティブな人と一緒だとそういう訳にはいかないようだ。
アルはまず早朝の電車の人の多さにびっくりして、その大勢の人たちが同じ駅で降りて同じ神社に参ることにもまた驚いていた。
「これはイギリスのクリスマスより凄いね。みんな神様を信仰しているんだね。」と言うので、その勘違いを正しておいた。
ここにいる日本人の何人が信仰心を持って神社に参っているだろうか?
その人数はほんの一握りに過ぎないと思う。
ただの季節の行事として捉えている人が大半なのではないだろうか。
久しぶりに疲れる初詣をして家に帰ってみると、「ノッコ、携帯忘れていっただろう。何度もブーブー鳴ってたぞ。」と伸也に言われた。
着信履歴を確認してみると、その殆どが田原千里からの電話だった。
ラインにもそのターチや、宗田亜美からのものが何件か入っている。
アミが書いてきているのは「ケイタイに慣れていないと言っても、こんなに重要な話を一言のラインの連絡で済ませるとは何事かっ。」というお叱りの言葉だ。
ターチに至っては、そのラインにいくつか質問を書き込んだ後に「ラチがあかない電話する。」と書いてあり、その後に電話着信の履歴が続いていた。
…すみません。
初詣に行く前に、あけましておめでとうメールのついでにアレックスと結婚することになったという連絡を入れておいたのだ。
2人には大学が始まってから詳しい話をすればいいやと思っていたが、私が思っていたより2人とも心配してくれていたようだ。
申し訳ないと小さくなってしまう。
ノッコはアルが伸也たちとお茶を飲んで寛いでいるうちに、自室に行って2人に連絡を入れることにした。
「ターチ、ごめんね。なんか何度も電話をくれてたみたいで…。」
「もう、長時間イライラし過ぎて気が抜けたわよ。ノッコはのんびりし過ぎよ。そんなのんびり屋が一番に結婚するなんてっ。まさか結婚の連絡を入れたのは私達だけで、中学や高校の友達にはまだ言ってないなんてことはないよねっ。」
「……まだ。」
「もうっ、何やってんのよ。アミに連絡入れたら、その後で親しい友達には連絡入れときなさいねっ。」
「はぁーい。それでその…ターチが聞いてた生活の場は、向こう、イギリスになりそうなの。アルって知らなかったけど伯爵の跡継ぎの長男だったみたい。」
「……なんっ。なんですってぇーーーーっ。伯爵?!!」
ターチ、声デカ過ぎ。
耳元で怒鳴らないでよ。
ノッコは携帯を耳から少し話しながらもう1度恐る恐る話した。
「それでね。まだはっきりとは決まってないんだけど、結婚は夏頃になりそうなの。」
「…夏?! という事は、ノッコ、学校はどうするのよっ!」
「んー、今の予定ではイギリスの大学に今年の9月から編入することになってるみたい。」
「なってるみたいって、あんたねぇ。他人事みたいに…。もう、もうもうもうっ。信じられない。」
「でしょ。私も信じられないのよ。こんなに急に結婚することになるなんてねぇ。」
ノッコがそう言うと、ターチは今度は笑い出した。
叫んだり笑ったり、忙しいやつである。
「そう思ってたのは、ノッコだけよ。私もアミも、あの様子だとノッコはアルに完璧にロックオンされちゃってるねって言ってたのよ。気付いてないのは本人ばかりなりだろうってね。」
え、そんなことを思われてたんだ。
…ショック。
私ってなんて鈍いんだろう。
2、3回しか会ってないはずのターチとアミにもわかるぐらいだったのねアルの気持ち。
ターチとは詳しいことはまた大学でねと言って、今度はアミに電話した。
アミも直ぐに電話に出たから、連絡を待っていたんだろう。
「二重におめでとう、ノッコ。」
冷静なアミらしい。
ノッコもくすっと笑って答えた。
「ありがとう。あけましておめでとう、アミ。アルと私が結婚することになったのはアミのお陰だね。」
「どうしてよ。」
「だって聖ビンセント教会のエドガー神父を紹介してくれたのはアミじゃない。」
「そう言えばそうだね。ところで、いつ結婚してどこに住むの?」
2人とも考えることは同じようだ。
ターチに話したことをアミにも話した。
伯爵の跡継ぎだという事は普段冷静なアミでも驚いていたが、「でもそんな感じもしたかも。立ち居振る舞いが普通の人じゃないなと思ってたよ。」と分析していた。
「ノッコが奥さんになってイギリスに住むのか…遊びに行ってもいい?」と聞かれたので、どーぞどーぞと言っておいたけど、実際どういうところに住むことになるんだかさっぱりわからない。
友達が泊まれる部屋があるのかしら?
図書室があるぐらいだからあるのよねぇ??
◇◇◇
疑問に思ったので、アレックスにイギリスの家や結婚して住む所について聞いてみた。
「ノッコ、今更そんなことを…。なにあなた、そういうことを何も聞かないで結婚するってお返事したの?」とお母さんに言われたけれど、みんな恋愛初心者に高度なものを求め過ぎである。
今まで聞こうと思いつかなかったのだ。
仕方がないだろう。
「ノッコのこういうところが好きなんだ。」とアルも言ってくれていることだしいいじゃない。
「たぶんパソコンの中に写真が入っていると思うけど…。」と言ってアルが写真のファイルを開いて見せてくれたので、テレビを切って家族皆で写真を見せてもらうことにした。
「ああ、この僕とエムの誕生パーティの写真に、僕の家の庭から見た全体像があるよ。」そう言ってその写真を最初に大きくして見せてくれたのだが…。
「…これ、誕生パーティー?」伸也がそう言った言葉がうちの家族全員の総意をわかりやすく表していた。
これ、「僕のうち」とか「僕と妹の誕生日パーティー」というレベルじゃないんですけど…。
テレビで観た皇居の園遊会がもっともイメージに近いかもしれない。
それに来ている人が…学校の学園祭ぐらいの人数がいるんですけど。
私達の無言を家が小さいと心配していると考えたアレックスは、滔々と説明をしてくれた。
「ごめんね。うちは今、田舎の子爵領に住んでるんだよ。お祖父さんの住んでいる街中にある伯爵家の本邸の半分ほどの大きさだから小さいんだ。でも心配しないでも、ノッコの友達は泊まれるよ。たいていこういう家は2階が全部ゲストルームになってるからね。家族の部屋は3階にあるんだ。でも僕たちはこの子爵邸には住まないよ。森の外れに先々代の子爵未亡人の家があるんだけれど、そっちに住むことになる。ここは部屋数が10部屋でこじんまりしているけれど中を今、現代風に改装してもらってるから子爵邸より空調なんかが快適になると思うよ。」と言われた。
そう言われて見た改装中の家は、小溝にある一番大きいお医者さんの家の倍ぐらいの大きさだった。
なんかアルの説明ってどこかずれてる。
でもこの家、どこかで見た覚えがある…。
そう言えば、MHKのマナーハウスの庭特集で観た大きな領主館そっくりなんですが…。
そのことをお母さんが気づいて、アルさんに指摘した。
「ああ、滝宮様のお付きの人の口利きで日本の放送局が取材に来たことがあるらしいね。うちの庭師のピートはほら、代々腕がいいから。」
ほらって言われても知らないし。
お母さんは無言でテレビを操作してHDDに録画していた番組を再生してアルさんに観せた。
「へぇー、綺麗な画像だね。これはパソコンの写真よりよくわかるよ。ここに屋根が見えるでしょ。これは物置。子供の頃に遊んだソリなんかを置いてるの。ああ、これが僕たちが住むことになる家だよ。」
そう言われた家は、『美しい庭を抜けると目の前に現れる、森の入り口にあるおとぎ話に出て来るような家です。』とナレーションの人が言っている。
私……おとぎ話に入り込んだみたいな気分。
道理で最初に会った時に、よく知っていたはずですね。