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エンゼリカ物語  作者: 豆の闘士
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第一話 手紙

己の使命を全うするたび、己に出来る事に力を尽くせば尽くすほどに、

そのたびに理想はかけ離れてゆく。そのたびに思いはやせ細ってゆく。

進むべき道に迷いかけてていた時、一通の手紙が、忘却の彼方より我が身に届いた。



「・・・いやすごかったよありゃ。あんな崖も同然の山のてっぺんから馬で駆け下りるんだぜ!?どんだけの馬術がありゃあんなことできんだろうなァ」


「お前休憩中その話ばっかじゃねぇか!いい加減耳にタコができるわ!」



アリアの矢継ぎ早の三度目の奇襲から二日の時が経過していた。昨日の雷雨の影響からか、クラディウス北部戦線付近の野営地の修復はすこし難航していた。昨日の悪天候と打って変わってカラリと晴れた快晴の日の下で、昼食の配給をつまみながら二人の兵士が二日前にあったアリア侵攻の話に花を咲かせていた。



「いいじゃねぇかよォお前よォ。こんなくそ寂れた辺境で他になんか話す事も特にねぇだろ?」


「ま・・・そう言われるとそうだけどよ・・・」



大陸の最西端の海沿いに位置するこの野営地、もとい防衛基地付近には、それなりに大きな港町があること以外は本当に何も無い。兵士のささやかな楽しみといったら、漁村で採れた新鮮なタラの煮付けにありつくくらいしかない。そんな辺境も辺境なこの地に突如としてクラディウス領のエリート達が雷鳴の如く現れたのだ。兵士達の話題も自然と一つのテーマに落ち着くのも無理は無い。



「けど、俺は正直・・・」


「なんだ?なんか思うことでもあるのか?」


すると主に聞き手に回っていた若い兵士が、訝しげに顔をしかめながらその心中を明かした。


「直属軍の方々には感謝してる。そりゃもうあの時あの人たちが来てくれなかったら、俺達は今頃どうなってたかわかんねぇ。・・・けど」


「けど?」


「俺は正直、すごいとかかっこいいって思うよりも、怖いって感情のほうが強いかもな。あの隊長、フィリップ百人長っつったっけか?あの人の目・・・おっかなかった。」


「・・・まぁそれに関しちゃ俺もそう思うな。なんつうかこう・・・迫力のある顔ってかんじじゃなくて、すげぇ冷淡っていうか・・・人間味がないっていうか・・・」


青き鎧を纏った者達が北方戦線の兵士達にもたらした衝撃はとても深いものだった。中でもとりわけ話題に取り沙汰されるのは直属軍の若き司令塔、フィリップ百人長だった。


「あんな若造がよぉ・・・あんな目をしてやがんだぜ?一体どんだけの人間をぶっ殺したんだろうなぁ」


聞き手に回っていた兵士が相槌を打とうとするが、べらべらと話を続ける彼の後ろにいつの間にやらいた人物を見て一気に血の気が失せ、一瞬思考が止まりその場に動けなくなった。



「俺が若いときは、まァその頃から兵役に就いてはいたが、もっと優しくて明るい男だったと言えるぜ。本当に並大抵の修羅場じゃあんな顔に・・・」


「ご無礼をお許しください!!」


聞き手に回っていた兵士は、“後ろにいた人物”に対してほぼ直角に体を折り曲げて謝罪の意を示した。


「いやすまない、たまたま近くを通りがかっただけなのだが、どうやら休憩中に邪魔をしてしまったようだ」


ここで話を続けていた兵士はようやく自分の後ろに人がいることに気付き、後ろを振り返ったと同時に激しく動揺して尻を強かに大地にうちつけてしまった。




「っど、どぅ…どうか御許し下さいぃ!どんな罰でも受けます!百叩きでもなんでも!だからどうか命だけは…」



今の今まで罵詈雑言同然の軽口を、目の前の人物に吐いてしまった事を、防衛軍の兵士は心から後悔した。とても頭を上げる事など出来ず、尻餅を着いたついでと言わんばかりに立て膝をついて地に跪き、決死の思いで許しを乞うた。


「いや、いいんだ。謝る程の事でも無い。束の間の休息だろうから、羽を伸ばして次に備えていて欲しい。邪魔をしたね」



そう言うと声の主はどこか気怠げな様子で、話し込んでいた衛兵二人の前をゆったりと歩いて行った。しかし未だ畏れ多さを感じていた二人の兵士は暫くの間、直属軍の隊長が去っていった後もひたすら頭を下げ続けていた。









「さすが田舎者と言った所ですかな。よりによって無条件で救援に駆け付けた閣下への当て付けとは、私ならば幾つもの罰則を施した事を…」



フィリップの左隣を、青き鎧を身にした厳格で威圧的な騎士が、冷たい声に僅かな憤りを滲ませながら歩いていた。フィリップの直接の部下に当たる彼は、先程のやり取りの一部始終を端から見ていた為、伝言を兼ねて隊長を気遣っていた。


「よしてくれクロード。少なくとも彼らは私を傷付けようとして言った訳ではない。仕事の合間の軽口くらい多目に見てやって欲しい」



そう言葉を掛けられた時、目下のものに対する処置が甘い事も指摘しようと思ったクロードだったが、フィリップの声から感じる少なからぬ倦怠さを察知し、短くため息をついて口から出かけた言葉を胸に押し留めた。


「本当に閣下は、部下に対しての慈悲が深い方ですね。故に人を率いる力もあり、要らぬ噂も呼び込んでしまうのでしょうね」


「そんなことを言いに来たんじゃないんだろう。本営からの返事の旨を伝えてくれないか」


少し出すぎた真似をしたかも知れない。これ以上声を掛けても空回る恐れがあると判断したクロードは一礼を添えてから当初の予定通り報告のみを済ませる方向に行動指針を固めた。



「恐れながら、本営からの返事は『報告承った。フィリップ百人長率いる直属隊は引き続き北方戦線の修復、その補助に専心せよ。三日後に修復状況を伝令にて報告せよ』とのことです」


それを聞いたフィリップは小さく頷くと歩みを一旦止め、改めてクロードに向き直り事務的な口調で指示を出した。


「報告ご苦労。引き続き野営地の修復を頼む。港町から牧草が夕刻近くに届くそうだから、届いた時点で俺に連絡をくれ。俺は残りの報告書類に一通り目を通すためにこのテントにしばらく篭る。それ以外で緊急の所用があればすぐに俺に知らせてくれ」


その言葉を聞いたクロードは短く敬礼し、元来た道をほぼ真っ直ぐ後ろに足早に駆けていった。自室のテントの入り口をくぐり、四人用の木造のテーブルの上に山と積まれた羊皮紙を見て、フィリップは小さくため息をつくと、両頬を手のひらで二度軽く叩き、仕事に取り掛かるために身を引き締めた。





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