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エンゼリカ物語  作者: 豆の闘士
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序章 2


山頂にどこからとも無く現れたクラディウス直属軍。その騎馬隊の先頭、恐らくはその隊の指揮官と思われる人物がサーベルを引き抜いた。光り輝く太陽を背に、彼の者が跨る黒馬が大きく嘶く。もしも自分に絵画を描く才能があったのなら、今見ている光景をキャンバスいっぱいに油絵にして描き残しておきたいと思った程の光景だった。頼もしいと言う言葉では到底足りない、期待に胸が膨らむなんて陳腐な言葉をこんな戦場で連想するとは思わなかったが、今まさにその心境に達している自分がいる。・・・しかし次の瞬間、自分の抱いた期待など、まさに凡人の抱くそれだったのだと思い知る事となった。



「嘘だろ・・・」



考えてれば、おかしな事にはすぐに気がつけるはずだった。普通高低差を利用した戦略ならば、定石ならば落石か、そうでなければ大量の矢を浴びせるかのどちらかだ。あんな山頂、しかも騎馬隊が布陣したところで、一体何をしようというのか。冷静になって考えればすぐに気がつくことのできる違和感だっただろう。彼ら直属軍はなんとあろうことか・・・


指揮官の黒馬が嘶いたや否や、傾斜はもはや崖と言って遜色無いこの禿山を、騎馬に跨ったままアリアの侵攻軍の中腹目掛け突撃を敢行したのである。指揮官を先頭に据えた、この悪路で完璧な魚鱗の陣を形成し、蹄の音も猛々しく、地上目掛けて一気に駆け下りてゆく。自分が見ている光景が信じられなかった。自分の知りうる世界の狭さを、まざまざと思い知らされた。一体どれだけの乗馬技術が・・・どれほど凄絶な練兵を耐え抜けばこんな戦術を可能に・・・考えれば考えるほど途方もないことだった。地上で今まさに戦闘を行っているはずの両陣営は、目の前で起こっている超常に、手を止めてただただ眺めるばかりだった。


アリアの軍勢が呆気に取られている間に青鎧の騎馬隊は猛然と地上に到来し、侵攻軍の横っ腹、弓撃隊に向け山頂から下ってきた勢いをほぼ維持したまま、獅子が獲物に覆いかぶさるように突撃した。いくら数では侵攻軍が勝っているとはいえ、この突撃にはひとたまりもなかった。騎馬を迎撃するはずの槍兵隊はこのとき全隊が前線にいたため、騎馬の突撃など全く想定に入れてなかった弓撃隊はそのほぼ全員が直属軍の餌と化した。ある者は騎兵の槍に貫かれ、またはサーベルに首を刎ね落とされ、またある者は馬に轢き殺され、あるいはその重機に踏み潰され息絶えた。そこから先は最早戦闘とは呼べず、クラディウスの直属軍による一方的な殺戮が行われた。



アリアの軍勢は総崩れとなった。今回奇襲に挙兵した侵攻軍の総勢は約数千程あったはずなのだが、僅か100騎しかない騎馬隊に指揮系統は完全に狂わされた。弓撃隊は完全に戦意を失い、黒馬の暴威から逃れようと四方八方に蜘蛛の子を散らすように逃走した。


「怯むな!増援はたったの数10騎ぞ!数では圧倒的に我らの有利!体勢を立て直し、集団で迎撃せよ!」


アリアの指揮官の懸命な鼓舞も空しく、侵攻軍の中腹はもう隊列の体を成していなかった。突然の援軍に完全に浮き足立ったアリアの騎馬隊、もとい前線の兵士達は進行方向をもたつきながら真後ろへ変えようとし、大混戦の最中なんとか援軍に応対しようとした。


「よっしゃ形勢逆転だ!!俺達も直属軍に続こうぜ!!」


しかしそんな隙をクラディウス側が放っておく訳がない。一転して大優勢となったクラディウス側の陣営はこの機を逃すなとばかりに、まごつくアリアの前線に更なる打撃を与えてやろうと押されっぱなしだった戦線を一気に引き上げようとした。




「後退せよ!!巻き添えでもって命を落としたくなければ正面に構えたまま戦線を下げよ!!」



その時、今まさに先頭で馬を走らせていた直属軍の指揮官が突然見方側の陣営に視線を向け、追い討ちを加えんとするクラディウスの前線兵に号令を轟かせる。その声はヘルムに覆われ多少くぐもってはいたものの、若々しく力強い響に支えられ、迫力を与えるには十二分すぎるものだった。こんな凄まじい戦いを目の前でやっているのでは尚更である。まるで国王命令を言い渡されたような表情のクラディウス側の前線兵たちは恐怖からぴたりと歩を止め、命令通りゆっくりと戦線を下げた。


「・・・なめおって!!たかが一度奇襲に成功した程度で、そんな寡兵で幾千にも及ぶ軍勢と渡り合うつもりか!物量で踏み潰してしまえ!!」


怒りに燃え上がったのはアリア側の指揮官。奇襲の効果は甚大なものだ、そこは認めよう。しかしだからと言ってこんなせいぜい100騎程度しかいないような連中に、我ら侵攻軍が同等などと見られるのは心外甚だしい。その傲慢さ死をもって思い知らせてやる、と意気込んだ。事実予想外の後退号令に少なからず助かったとアリア側の兵士達は安堵した。自陣側の混乱にいまだもたついてはいたものの、アリアの騎馬隊はようやく青鎧の騎馬隊向けて攻撃を開始しようとした。すると、それを待っていたかのように、逃げ惑うアリアの弓撃隊に攻撃を行いつつ、直属軍は皆一斉にアリアの騎馬隊に向けて、なにか岩のような黒いものを放り投げた。



「投石か?」


辺境のしがない見張りの一兵卒である自分が連想できたのはせいぜいこれが限界だった。ただの投石だったらどれだけ良かったろうかと、後に自分は悟る事になった。アリアの前線目掛けて放り投げられた“それ”は大きな放物線を描いて地上に落ちたかと見えた次の瞬間・・・


耳を劈くような凄まじい炸裂音と共に黒い煙が一瞬にして立ち上がった。その衝撃で後退し、次に備えていたはずのクラディウスの前線兵たちは、何人かが腰を抜かし、何人かは謎の風のようななんとも言えない圧迫感に襲われ、なれない痛みにその場にうずくまった。その轟音が鳴り響いた直後、両陣営共に理解を超えた事態が発生したため、耳を聾するばかりの人の声で埋め尽くされていた戦場は、嘘のように静まり返った。やがて濛々と立ち込めた煙が晴れたとき、そこにはこの世のものとは思えない光景が広がっていた。


離れていてあれほどの衝撃があったのだ、直撃したアリア側の陣営が無事なはずがない。そこには、体の一部、主に腕や足が先ほどの衝撃で吹き飛ばされたアリアの前線兵達が逃げる事もできずにうめき声を上げながら地面を這っていた。中にはすでに動いていない者もいたが、恐らくはあの衝撃で命を落としたのだろう。物が焼け焦げるような臭いに血なまぐささが相まり、戦場の光景は異様と化した。


「間違い無ぇ・・・“爆弾”だ。あいつら爆弾を使ったんだ」


自分の隣にいた兵士が恐怖に目を見開きながら、小声で呟くのが聞こえた。どこかで聞いたことのある、確か新兵器の名前だったような気がするが、頭の中が混乱していてよく思い出すことが出来なかった。


これが直属軍の戦争・・・。今はただ目の前で起こった光景を飲み込むことが精一杯だった。とはいえ自分が現実の只中にいるのだということを自覚するために、ただただその場に立ち尽くすことしか出来なかったのが本来のところなのだが。





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