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エンゼリカ物語  作者: 豆の闘士
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序章

優駿は駆ける。ただひたすらに血の海を。それが己の定めだから。それが夢を叶える為に必要な事だから。掲げているのか、それとも言い聞かせているだけか、今となってはもう分からない。とにかく深く考える事だけはしなくなった。こんな狂った時代において、何が正しいかなど、考えるだけ時間の無駄だと言う事を知っていたから。無駄になってしまうと言う事を知っていたから。


あとどれだけの痛みを抱えれば、温もりにたどり着けるのだろう。


あとどれだけの力を得れば、傷つかず、傷つけに済むのだろう。


あとどれだけの時を待てば、忘れる事ができるのだろう。



誰もが誰も救いを求め、誰もが誰も潤いを欲し、誰もが誰も満ちる事のない世界。


確かなものは目紛るしく変わってゆく町の姿と、途方も無い人の愚かしさのみ。


あの日あいつらと誓った夢は、心の中に抱いた想いは、いつの日か必ず辿り着くと決めた場所は



―――まだ遥か先にあるのだろうか……それとも永遠に叶えられない場所に行ってしまったのだろうか……。





「くそ!!アリア領のゴロツキ共が!まだ湧いてきやがる!」


クラディウス北部戦線を守る辺境の兵士は、次々と押し寄せてくるアリアの軍勢に毒づきながら、これで何本目になるかも忘れた矢を、向かい来る敵軍目掛けもう一度渾身の力で放った。前方に構える槍兵部隊がアリアの騎馬隊を必死に食い止めているが、兵力差の不利もあってか状況は芳しくない。もうかなり長い間後方から弓矢による援護を行っているが、正直なところ効果があるかどうかすら疑わしかった。


今日の夜明けの事だ。まだ日も明けきっていないような早朝、初夏とはいえ冷える空気に少しだけ凍えながら、いつものように高台ににて見張りの代わりを待っていたところだった。橙色に光り輝く雨みたいのが野営地目掛けて降り注がれているのが見えた。それが敵、ひいてはアリア領の兵士達による奇襲である事はすぐに分かった。この一ヶ月でもう3度目になるアリアによる侵攻だった。


備えの部隊が迎撃に時間を稼いでくれたものの、火の処理にどうしても人員を割かねばならず、戦況は正午の今現在に至るまでずっとアリアの優勢のままだった。幸い野営地が大火災になる最悪の事態だけは免れたが、部隊の編成、立て直しも充分に行えず戦線はじりじりと後方に押され、味方の陣営にも限界が近づきつつあった。


援軍の要請も即座に行いはしたが、拠点基地から援軍が到来するには早くても半日強の時間が掛かるだろう。それまでに持ち堪えればいいのだが、今回のアリアの攻勢は凄まじく、撤退も視野に入れなければならないような状況だった。


「ちくしょう!援軍はまだか!西は海で東は禿山じゃ、もう一目散に後方に逃げるっきゃねぇじゃねぇか!」


敵勢力からの雄たけびが、地鳴りのように響き渡る中、こちらも負けじと応戦するも敵側に有効打は与えられなかった。もちろん撤退などという事態にだけは陥りたくは無い。ただ後方に真っ直ぐ撤退するには必ず前線の兵士を足止めとして犠牲にしなければならない。


それよりなにより今現在のアリアの攻勢ぶりを考慮して、足止めが機能するのかどうかすら怪しい。よってここで援軍が来るのを耐え忍ぶ以外に道はないのだ。しかしもう限界が近い事くらい、たかが見張りの一兵卒の自分でも分かる。矢も残り5本を切ってしまった。


このままでは負ける。クラディウス北部警備軍の誰もがそう覚悟した


その時だった。


最初、それに気付いたのは後方で援護射撃を展開しているクラディウス側の弓撃隊だった。それは土煙を巻き上げ、血の河を歩いて渡る戦場にはあまりにも似合わない、華やかで、それでいて勇ましい響きもあるラッパの音だった。


「援軍か…!?」


自分もその音色に遅れて気付き、咄嗟に後方を見るも、それらしい軍勢は見当たらなかった。


「あそこだ!山頂に隊列を組んだ騎馬隊がいるぞ!」


やがて自陣の兵士の一人が東の山頂を指差して叫んだ。優勢の真っ只中にいるアリアの軍はその声にすら気付かなかったが、兵士の叫びに呼応して自分を含めた弓撃隊は皆一斉に山頂の方角に視線を向ける。増援の旗手が持つ旗には、大陸の中央に3つの星が描かれたエンブレム。自分達と同じクラディウス領を示す旗。


援軍だ。予想よりも早い到来にクラディウスの兵士たちは歓喜の雄叫びを上げる。アリアの軍勢はここで初めて異常に気付き、猛進する騎馬隊の勢いは低下した。しかも…


「青鎧だ!青鎧の兵士達だ!」


「嘘だろおい!?皇太子の直属の軍隊がなんでこんな辺境の戦地に来てるんだよ!?」


青き鎧、それはクラディウス領内の軍において極めて重要な意味を持つ。総勢二十数万人程いるクラディウスの軍において僅か三千人しかいないエリート中のエリートの存在、クラディウス第二皇子の直属の軍隊。それが青い鎧の持つ意味だった。


その直属軍が何を血迷ったのか、こんな辺境の地に援軍にやって来たのだから自陣の士気の上がりかたはとんでもないものとなった。自分も実際にこの目で青鎧の兵士を見るのは初めてだった。


ラッパを吹いていた最前列に位置する兵士は演奏をやめると、後ろの兵士達に号令を掛ける。黒い馬に跨がった兵士達が一斉に動きだし隊列を組み直すのを、今やアリアの兵士たちまで思わず手を止めて見ていた。


「何を、するつもりなんだ?」

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