・今昔祥子3
今回長いです。
・今昔祥子3
・大丈夫だよママ。
・ママは悪くないよ。
・ママだけでもあの人から逃げて。
・私は大丈夫だよ。
・ママは頑張ってるよ。
・ママいつもありがとう。
・ママあの人と別れて。
・このままじゃ二人とも危ないよ。
・ママが辛いほうが嫌だよ。
・私よりもママはいいの?
こんなことばかり言って甘やかして一年。
なんとか離婚の目処が立ってきた。周りのいじめも辛いけど、アレも中年だ。駄目な暮らしをしてるせいで、体力が落ちてきたから、少しは楽になってきた。
離婚用のお金もようやく貯まってきたみたいだ。アレは金遣いが荒いから、財布から抜き取っても気が付かない。だからそれも貯めてママに渡した。奪い返したと言えば、建前でお説教してきても、受け取るんだから呆れる。
何度か警察と児童相談所には相談したけど、世間体を気にするこの人のせいで、ズルズルと時間がかかってしまった。
私たちはどこかに匿ってもらうことも、できなかったけど、とっくの昔にうちのことが、ご近所に知れ渡ってることに、二人はやっと気付いた。
それでも二人して、私のせいだと思ってるんだから、酷い話だ。自分たちのせいで、こんなことになってるのに。この人たちは自分が悪いくせに、それを全部人のせいにする。人のせいにできないときは、何とかして誤魔化す。
最後にはムキになって襲い掛かってくる。そんなに大事にするほど、大事な人じゃないくせに。
でもそんな暮らしももう直ぐだ。もう直ぐ終わる。なんとかママが、敵にならないようにしたから、アレと学校のアレどもとママと、全部を相手にしなくて済んだ。
今日は珍しくアレが担任と大喧嘩した。私がいっつも傷だらけなのは、いじめとアレの虐待のせいなのに、担任は全部アレのせいにしようとした。呼び出されたアレは、いじめを虐待に摩り替えて、誤魔化す気かと大声で怒鳴った。
嘘の吐き合い。
出た出た綺麗な言葉がどんどん出た。担任は近所から連絡があったとか、周りの子はやってないと言ってるとか、自分で確かめたことが、いっこもないことを次から次へと言う。
アレも負けずに、一人の子どもをいじめで怪我をさせておいて、それを虐待にして、一つの家ごと葬ろうとするのか、この人殺しと大声で喚いた。
私のことを一度も見ないで、お互いに唾を飛ばしながら、子どもの権利とか、親子の愛情とか、自分たちには一つも持ち合わせのないことを、本当に沢山喚いた。
結局お互いに本当のことなんか、一つも言わずに話は終わった。平行線っていうんだよねこれ。けどアレはそのせいで益々荒れた。そしてとうとう言ったんだ。
――お前らなんか放り出したいって。
きっかけができた。ママを煽てて、煽って、一年前から用意させておいた、離婚届。他にも裁判所や弁護士さんや、警察に頼っての離婚がいいかと、聞いてやった。とにかく色んな離婚の方法を調べて、出来る限り準備した。
皆とっくにうちのことを知ってるって、言ってやった。
世の中には本当に沢山の離婚の方法がある。それだけ大勢の男と女が、本当は愛し合ってなんかいないんだって、ことだよね。
それで、アレは散々暴れて、怒鳴って、喚いて、いつもみたいに嫌だと言ったけど、嫌でもどうしようもないってのが、分かんないみたいだった。私にもよく分からないけど、普通の離婚さえできなかったみたいだ。
でも結局はアレより強くて偉い人たちのおかげで、別れられた。ママは嬉しそうだった。そして結局、あの人は私を連れては行かなかった。分かってた。そういう奴だってことは。まあいいや、私も躾に疲れてた。もういいよね。
今度は幸せになってね、ママ。
ーーここは愛研同総合部部室。
「いいか、思考と学習能力は直結するんだよ。考え方がおかしいと、答えも歪んでちゃんと勉強できなくなるんだ。とは言っても科目が違えば、勉強のほうが要求してくる考えかたも違うから、向き不向きってことになるんだけど」
机を挟んで向き合い、説得を試みる。
「それで思考っていうのは、本人の性格から来てる訳だから、自己分析をして科目が要求する性格や考え方と、自分のそれを比較すれば、苦手分野の間違え方、覚えられなさ、その補い方が、ぼんやりと見えてくるって寸法だな。感情論から勉強を考えるんだよ」
目の前の年下の先輩は、聞いているのかいないのか。
「やる気とか動機付けが、勉強に繋がるってのは、こういうことなんだな。それでその自己分析と、他との比較を包括して、適性検査というんだ。思考の指向は嗜好によるという訳だな。それと学校の言うことは、あまりは当てにするなよ」
俯いて話が終わりの待つ先輩。まるで喧嘩をして不貞腐れているかのよう。
「当たり前だが、業種毎に専門的な勉強をしなければいけないこともあるし、専門的な分野は、それを勉強できる人間を要求する。つまり勉強ができる性格というものも、より限定的になっていくんだな」
貧乏揺すりはやめなさい。
気持ちは分かるけど。
「一つ一つの分野に、自分の適否を問うでもなく、検査結果を各分野が、吟味する訳でもない。そこを踏まえずに、適正を鵜呑みにすると、それこそ自分が分からなくなるぞ。続けられそうなものを、続けていかないと、それこそ適正なんか育たないんだからな」
自分でも励ましてるのか、説教してるのか、分からなくなってくる。
「性格ってのは人格なんだ。人間的に成長すれば、勉強も捗るようになる。人として一番未熟な思春期、つまり今が一番、勉強できない時期なんだ。それを忘れるなよ。思い詰めるんじゃないぞ」
なんで俺は一年生なのに、先輩の進路相談に乗ってるんだろう。俺の目の前には柄にもなく、死ぬほど落ち込んでる北斎の姿があった。首の曲がるコケシ。
それにしても、普段人の話をろくに聞かないこの人が、こんなにしょげ返るとは。
「お、おお、そ、そうなんだ……」
「そうだよ。ていうか勉強できるほうだろ。南、先輩はどうしたんだ」
「いっちゃんねえ、担任から進路のことを聞かれてねえ。進学するけど、その間にバイトと同人活動でお金を溜めて、専門学校に通って、一生同人活動できるようになりたいって答えたの。それがまあ、かなり強めに否定されたみたいで」
前代未聞の『なるには』だな。しかし壮大と言えなくもない。
「いっそ起業しようとか、どっかに就職とかは考えないんですか」
「お前それ本気で言ってんの? ここ日本だよ? それなら外国語勉強して、こんな国出てくよ」
「外国に来て良い日本人は、襲ってきた外国人を余裕で殺せる日本人だけよ、いっちゃん」
うぜえ。元気を取り戻しつつあるけどうぜえ。そして南からの、身も蓋もない忠告。仕事の技術よりも、暴力がないといけないのが辛いな。
「それにこのご時世アニメもゲームも外国に浸透してて、日本のブランドなんかタンポンにもならないわ」
メッキはタンポンにはならんなあ。
「場所的には金隠し」
「やめようぜ」
なんだろうなあ。男子も女子も下ネタに走ると、瞬間的に元気になるの、何とかならんのか。
というか本当にこの人は落ち込んでいるんだろうか。
「とにかくねえ、私はなるたけ自分の人生を、楽しく過ごしたいんだ。生きていくための仕事が当然っていうなら、趣味を仕事にしたいんだよ」
「それやると趣味が嫌いになるっていいますけど」
「そうだね。でも食べていけるだけの技量と、伝手を得られたら、その限りじゃないと思うんだ。二十年とかご長寿のサークルもあるし。私のモチベって全部趣味から来てるし、趣味と全く関係のない仕事に時間を取られたら、その分ごっそりモチベが抉れると思うんだよ」
当たり前だが仕事の外から人々が来る以上、仕事の外にも世界がある。
仕事の外に動機付けがあったとしても、それは不思議でもなんでもない。極端な例を持ち出すと、依存症の中毒患者の仕事をする理由が、酒や賭け事に費やすお金を得るため、というのがそれである。
あくまで極端な例ので、ごくごく一般的なものもあり、それだけに珍しくもなんともない。
「だからこれは私にとって、前向きに生きていくための、せめてもの野心ってことだね」
気持ちはともかく資質面ではどうか。
この人は放っておくと、お金にならないものを量産した後で、値段の付けられないものを吐き出し始める。白い卵が徐々に金色になるという周期を持っている。でもなあ。
「画材やゲーム買うお金を一番稼げるのは、堅気の仕事ですよ、たぶん」
「う!」
「先輩欲しい物買っちゃうでしょ」
「はい」
「イベントあれば行っちゃうでしょ」
「はい」
「成人したらやろう買おうと考えてるのが、幾つもあるでしょ」
「はい!」
「駄目じゃねえか!」
ああなんだろうこのやり取りすっげえ懐かしい。そして珍しく俺怒ってる。とてもイラつく。
「気持ちの分では収支がプラスでも、金銭面が破綻するほどマイナスになったら、現実はマイナスってことですよ先輩」
「うう、嫌だあ働きたくなーい!」
「本音が出たわね」
「明日よりも今、明日よりも今なんじゃー」
「日本の年寄りみたいなこと言わないの」
日本の年寄りに限らず、現状行き詰ってる奴はだいたいそんなものだけどな。
「いいから軌道修正しましょう、ね。知り合いから借金しまくって、サークルから人相書きが出回る将来なんて嫌でしょう」
「ああ~今が~、今が~!」
先輩は散々じたばたした後に、渋々と進学と就職の道筋を、一応考えるようになったので、ここからは南に預けることにする。
色々あってあいつももう二年生だし、社会人経験もあるんだから、為になる助言をしてやれるだろう。 一応俺も経験はあるけども。
「明日を目指すとか意味分からんこと言って、今から目を背けるようなこと、私はしたくないんだ!」
「立派なこと言ってもいっちゃんは別に明日なんか目指してないでしょ」
「現実逃避というんだそれは」
「光で影を照らせても、灯りで夜は明かせない。日が上るから夜が明けるんじゃない。夜が明けるから朝が来るんだよ」
「闇が太陽を覆っても、夜は光を消せやしないから」
「壮大な言い換えをしてるけど、仕事と趣味の話よね」
先輩はなおも意味の分からないことを言っていたが、俺と南の突っ込みによって、尽く論破され沈黙した。
しかし先輩にも野心というか、展望があるにはあったんだなあ。考えてるところを見たことがないけど、考えが無い訳ではないんだな。
「くそう、こうなったら最後の負け惜しみだ」
「早かったような長かったような」
先輩は机に突っ伏すと、短い両腕を真っ直ぐこちらへと伸ばしてきた。掌を上にして、ワキワキと開けたり閉じたりしている。
「サチコのおっぱいもまして」
「どんな負け惜しみよ」
「ほらよ」
「うひょー!」
両方合わせて約1kgの重量がある乳を、どしっと載せてやると、先輩は嬉々として揉み始めた。が、十秒かそこらで息を切らせ始めた。
体勢に無理がある上に、筋力が無さ過ぎる。持ち上げていた腕が、ぷるぷると震え始める。
「お、重くね」
「そりゃどーも」
やがて乳の重さに負けた先輩は、両手をそれに押しつぶされたまま、力尽きた。今日も平和だな。
「帰るか」
「そうね」
「あ、手があったかいからもうちょいこのままで」
ああ、俺は今、死ぬほどアホな時間を過ごしてる。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




