表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/518

・今昔祥子1

今回長めです。

・今昔祥子1


 ママはいつも暗い。私が何度話しかけても上の空。気付いたら気付いたで嫌々。理由は分かってる。あの男がいつも怒鳴って違う違うというからだ。


 お酒を飲んでは訳の分からないことを喚き、何も違ってないことを言われて、叱られると猛然と怒る。物に当たる。放っておかれるとまた怒る。ネチネチネチネチとしつこく付きまとって、ずっと悪口を言い続ける。


 お前は人のせいにする。俺の気持ちを汲め。俺と仕事のどっちが大事だ。お前の言ってることはでたらめだ。誰のおかげでお前のせいだ生意気だうるさい俺を悪く言うな誠意がない俺の飯オフクロのメシ話を聞け。


 俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺は俺は俺は俺は俺は俺は!


は自分の中に誰もいない男は、ひたすら喚くばかりで、いつも自分のせいを、誰かのせいにした。


 それは私のことでもそうだ。あいつが余計なことばかりして、物事がもっと悪くなると、それも私とママのせい。


 学校から呼び出されても誰も来ない。私が怪我か病気になっても『気のせい』『大丈夫』『仮病』とか、そんな言葉ばっかり。


 いつだったか他の子に蹴られて、足の指の骨が折れて、上手く歩けなくなった。保健室に行ったことで、先生が親に電話した。二人は大慌てで、何故か先生に謝っていた。謝る相手は私だ。でも二人は謝らなかった。


 それどころか病院に行くことになったら、文句や不満ばっかり。私が他の子に骨を折られたことは、絶対に口に出さなかった。相手の家が怖くて、私を庇うどころじゃなかったんだ。何それ。


 ――やりかえしてやればよかったんだ。


 無責任な言葉。俺が行ってやるとは、嘘でも言えない臆病者。


 ――ちゃんと言わなきゃダメじゃない。


 私は言った。何度も言った。それでイライラするだけ。絶対に私を見ない卑怯者。


「私ね、保健室の先生に言ったの。クラスの○○たちに、足を思い切り踏まれたり、蹴られたりしたって。担任の先生にも言ったの」


 あら不思議。いつもな仲の悪い二人が、息を合わせて私を詰るの。余計なことをするな。仕事があるんだ。他の家からなんて言われるか。お前はいつもいつも。あなた何もしないじゃ。なんだその口の利き方は人の通帳全部使って!


 車の中で二人はごちゃごちゃ言いだして、病院に着けば私とママは、追い出されるように車から出る。車は行ってしまった。


 夜になればアレがまた、お酒を飲んで怒鳴って、ママはまた黙ってイライラする。こんな他の子の親と取り換えて欲しいくらい、出来の悪いのが私の両親。


 何かの間違いとか、本当の親が現れるとか、そんなことがあってくれないだろうか。こんな親いやだ。


 ーー

 ーーーー

 ーーーーーー


 珈琲の香り漂う店内に、人影も疎ら。


 そろそろ夜の七時。学校帰りが引き上げて、会社帰りが趣味的空間に、癒しを求めてやって来る。


 残りは何処にも行き場が無いから、珈琲一杯で時間一杯粘る、邪魔な訳有り。


 店側で客が店に居て良い時間を、二時間と決めて、細則を整えて、客もどきを追い出せるようにした。


 それからは店先に、ゴミを投げられるなどの嫌がらせを受けたが、張り込みをして犯行の瞬間を取り押さえ、お巡りさんに突き出してからは、静かなものだ。これだから大陸系は嫌だ。


『食器を下げてから、三十分以内に注文がない場合は、お引取りして頂きます』と書いたら、最初の一杯にさえ手を付けなくなったし、水のお代わりばかり注文するので、水道代もかかる。


 時代が下ると、人をちゃんと首にできる仕組みと、客を選べる仕組みを、整えないといけない。客商売の悲しいところだな。人間とペット以外、利用してはいけないのだ。


 であるならば、邪魔な彼らに残された道は三つ。犯罪を続けて全員お縄になるか、人間になって客になるか、大人しく去るかである。


 答えは二番で、一番安い珈琲のSサイズを頼み、退店してはまたやってきて、同じ物注文する。


 回転率は良いから構わないけど、彼らはどうしたいんだろう。ただそんな不審な外人客がいるせいか、俺のクラスの生徒が、嫌がらせにバイト先までやってくる、ということはない。


 敵の敵を味方にしようという、危ない橋を渡らなかったのだ。


 で、そんな邪魔者たちも、お金と体力が無限にある訳ではない。お金が尽きれば店は使えないし、嫌がらせのために体を動かし続ければ、崩れたホルモンのバランス、引いては腐った精神が治っていき、継続的な活動に支障を来たすようになった。


 目が覚めてきたと言うべきか。


 夏草や兵共が夢の跡。今では残っているのは、昔に捕まった人が連れて来た、取り巻きが一人だけ。


 知り合いが近くにいると、退店するポーズを取るが、それ以外は一般的な客となり、ダラダラしている。難儀な奴である。


「最近あいつら大人しいっすね」


「ええ、万引き対策にかかった費用も高かったけど、やっぱりああいうのは、いないに限るわ」


 ショートカットというよりも短髪。褐色の肌に活力のある瞳、ぱっと見オープンな感じがするけど、話してみるとかなり保守的な、ボーイッシュの海さんがしみじみと呟いた。


「しつけのされてない人がかける負担って、世の中に皺寄せって形で出るのね」


「人間は動物じゃないって反論ありますけど、動物未満の教育ってこってすからね」


「ダメなものはダメでいいんだよ」


 レジでお喋りする俺たちは、別に誰に咎められたりもしない。客は客で自分の時間を過ごしているし、マスターも干渉したりしない。ここの時間は穏やかだ。


「自分の良心と一般道徳が両立しているなら、自分の言葉で良し悪しは教えられるもの。教え方にも拠るけど、私はそれで納得したし、間違っている人は如何にも間違っていたから、正しさも分かる。親子の触れ合いを怠ると、あんな人たちみたいになるの」


 あんな人たちとは、嫌がらせをしてきた人や、海さんをいじめていた不良たちである。


 今は南から借りた未来アイテムで、返り討ちに遭い、単なる金蔓と化している。一般道徳とは。別に構わないけど。


「ああいうのを見ると、うちの親の顔を見せてあげたくなるよ」


 小悪魔っぽいとでも言うんだろうか、ニヤついて挑発的な言い方。相手も毎日のように来てるから、ほぼ毎日マスターの顔を見かけてるはずだが、言わないでおこう。


「また古典的っすね」


「いいじゃない。私の両親は自慢できる両親。気に入らない所も、沢山あるけどね」


 そう言ってはにかむ海さんだったが、どこか寂しそうだった。視線がマスターの背中と、次は店の壁、たぶん奥にいる、お袋さんを見ているんだろう。


「いいなあ。俺と違って娘って感じがして」

「自営業だからって、他と違いすぎることもないしね」


 ああ、海さんはいいとこの子だな。


 金持ちじゃないし、英才教育なんてものもないけど、ちょっと気の利いた、上手く行ってる家庭の子。

 

 厳しいけど間違ってないっていう、周りにいるのが底辺層だと、100%いじめられる類の、ああ、だからあんなことになったのか?


「でもそれもね、私が大学行くまでの話なのよね」

「え、なんで」


 海さんは深々と溜め息を吐いた。五月頃に見たような、憂いのある表情だった。また何か問題を抱えたのだろうか。


「だって、大学行ったら今みたいに、家の手伝いなんか出来なくなるだろうし、そうしたら今の関係だって、きっと崩れちゃうよ」


「なんだそんなことか」

「そんなことって何よ」


 海さんの心の声が出る前に、彼女の目の前で、人差し指を一本立てる。行動で思考を遮るのだ。


 あまり他のことに興味が無いせいか、それとも俺が『別にいらないな』と思っているせいか、読心系の超能力は早くも沈静化しつつあった。


 あったがちょっとした拍子に発動するので、こういう対処法を使うこともある。


「そんなことだろう。反論するなよ。よく考えてみな。俺の言ってること」


「祥子さんの言ってること……」

「俺は今、海さんの言葉を否定したんだ。それを考えて」


 不快感も露だった彼女の表情は、少しだけその色を薄めた。俺も海さんの声を聞く気になった。彼女の心の声が聞こえてくる。


(私が今の家の関係が崩れちゃうって言って、この人はそれをそんなことって言った。否定したんだって。何を否定したって、手伝いが出来なくなることと、今の関係が崩れること。否定したってことは、出来るし崩れないってことで、反論するなってことは、ええと)


「そこまで分かればいいよ」

「え」


「そりゃ毎日は無理だろうけど、たまには今みたいに手伝えるだろうし、それこそ心変わりなんかしないだろ。ボロが出るとか、そういうんじゃないんだし」


 海さんはきょとんとしている。珍しく俺がこの人に対して、主導権を握っている。普段は頭が上がらないし、今だってとやかく言える立場じゃないんだけどさ。


「そう、言える立場じゃないんだけどね、そこは信じてみたら。悪い親子じゃないしさ」


 うちと違って、と添える。ずるいやり方だと分かっていたが、海さんはそれで、納得してくれたみたいだった。


 同情心と優越感を、擽るようなやり方だったが、結果オーライということにしとこう。


「結局、どっちのことだったの」

「俺の言葉じゃなくて、自分の家族のことだよ」

「そっちじゃなかったんだけど、まあいっか」


 疲れたように呟いて、海さんは顔を背けた。照れ隠しだろうか。家の手伝いと家族関係、そのどちらを継続できるかなんて、意味の無い質問を、このタイミングでする訳がない。


 それにしてもよく今の台詞を咄嗟に言えたな俺。


 実質同じだけど『俺が言ったということ』と『言葉の内容』とで並べるとか、普段の怠けたいばかりの俺では、絶対出なかった台詞だ。これが喫茶店効果って奴か。


「この話題は続けないのが、お互いのためね」

「そうっすよ」


 俺たちはそのまま沈黙したが、心なしか空気は和らいでいたと思う。


 そのまま時間が来て、俺は定時で上がった。店を出るときに振り向くと、レジの奥から海さんのお袋さんが、出てくる所だった。


 勤務中はあまり喋らないマスターと海さんが、何かを話し始める。決して賑やかではないけど、嬉しそうに、楽しそうに。


 親子水入らずってことだろうな。


 喫茶『東雲』の灯りに、背を向けて歩き出す。俺もあんな光景に、憧れたときもあったな、なんて考えが、不意に頭をよぎったりもした。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ