・既知との遭遇
・既知との遭遇
「先輩これどうにかなりませんかね」
「どっちかというと先輩はあなたね」
放課後。俺はオカルト部の部室を訪れていた。用件は先日取得していた超能力についてだ。成長点を使うことなく取得できて得したと思ったがとんでもない。日常生活にとてもとても邪魔なのである。
「五感、いや六感が全部煩くてすごい鬱陶しいんですよ」
「え、鬱陶しいで済むの」
『超能力』と一口に言ってもやれESPだのPKだのと種類がある。どうやらパネルにあったのは八つのメロディーとか八箇所の自分の場所探しをする人のように全部コミコミのタイプだったようだ。
制御方法が分からないのでテレパシーで内心の声は聞こえてくるし触った物からうっかり記憶は読み取れちゃうしそんなときに予知が働こうものなら視界に映像が溢れてどれが現在か分からなくなる。
霊視も出来ちゃうから現在過去未来のお化けも見えて疲れるったらない。耳のほうだってそうだ。例えるなら街の雑踏の真ん中でテレビとラジオの両方の音が混ざってくるようなものだ。糞つまらない上に煩くて敵わない。
漫画にありがちな炎や電機が出るタイプは魔法で培った感覚のおかげか垂れ流しになるようなものでもないのか、使おうと思わないと使えないのでまだ安心である。現状得した要素はテレポートだけ。転移魔法が使えなくても超能力である程度代用できるのは大きい。
尤も、転移魔法のほうが移動距離も長いし場所も本人の技量に左右されない分使い易いのだが。この辺は技術体系の有無と習熟度の差だなあ。
ともかくそんな訳で俺はこの能力の制御方法を求めてオカルト部に来たんだよ。最悪封印するけど勿体ないしなあ。
「他の子たちだって最初は情報量の増加や未知の感覚に苛まれて苦しむっていうのに」
「そんなもの渡さないでください」
「ちゃんと克服できる子にしか感染してないわ」
この人はこの人で厄介だなあ。他の部員から超能力を写し取った挙句自分の中でまとまった複数の能力を他人に写すっていう漫画で言えば黒幕的な活動を平然とやっている。
「そのうち慣れるから大丈夫よ。日頃から物を注意深く見ていないように目に映る能力はぼやけ、触れても気付かないように触る能力は潜み、耳に入っても振り向かないように聞く能力は静まっていく。それまではもっと辛くなるはずなんだけどね・・・・・・」
「『ばか』で良かった」
前に結構な成長点を払って取った特技の『ばか』がまさかこんな形で役に立つとは。言われて見れば超能力ものの登場人物って神経質だしな。まさかこんな相性があったとは。考えすぎは良くないってことだな。
「つまり覚えたてに付き物の初期症状ってことだな」
「病気みたいに言わないで欲しいんだけど」
「じ、自分から言ったくせに」
仕方がないのでオカルト部部長から超能力の安全講習を受けて今日は帰ることになった。他の部員からも体験談を聞いて超能力の諸注意や活用法を教えてもらった。
一つ、炎を操ると言っても普通に火傷はするので熱いものへの反応は別に変わらないこと。
一つ、電気を操ると言っても家電は自分から電力を補充するような構造はしていないこと。
一つ、コンサートで奏者の心の音のほうが綺麗な場合があってそれを聞くと疲れが吹き飛ぶこと。
「後、これはあなたから魔法を受け取って試してから分かったことだけど、超能力は暴発する危険が魔法よりも格段に高いわ。引き金が軽いとでも言おうかしら。魔法は瞬時には使えないけど、超能力は感情が昂ぶり意識が集中すると発動してしまうことがある。平常心が大事よ」
「じゃあ、座禅とか写経とかしますか」
「お坊さんの法力や神通力というものも精神を高い位置で留めておくことで齎されるようだし、宗教上の修行も一考の価値はあるかも」
薮蛇だった。何と言うか不思議パワーは洋の東西で言い方が違うだけ人体に関する以上同じか互換性があるものが大半なのかもな。
マナでチャクラでオーラでマジックパワーで術力で念動力で波動で霊力で妖力で気合で努力と根性だ。最終的にはだいたい裸になる。だから原始人は強かったのか。
「しかしここは驚く静かっすね」
「慣れれば心の声だって聞かれなくすることができるの」
「ちなみに俺って今何考えてます」
特に何もと、オカルト部部長は悪戯っぽく笑った。正解である。思った以上に自分も他人も思考はしてないのである。文章になってないというか。良くてテスト時かメールの文章考えてるときくらいで、他はだいたい舌打ちみたいなものだ。内容も聞こえるタイミング。
だから余計つまらないしイラっとする。
「周りが大したこと無ければ、大したことは起きないから安心していいよ」
「そんなもんかなあ」
「そんなものだったわ」
「そっか」
俺はオカルト部の面々に礼を言って部室を出ると駐輪場へと向かった。自転車のタイヤをパンクさせた奴の踵を一人残らずパンクさせてやったから最近は自転車通学が捗る。徒歩じゃないから夕飯の買出しに足を伸ばすことも出来るようになった。
駅前のホームセンターに行って米とお惣菜を買おう。ミトラスがここのミートローフ好きなんだよな。朝の残りの味噌汁があるし、ほうれん草の胡麻和えは冷蔵庫にある。小麦粉振って蓮根でも焼くか。果物は、梨ももう終わりだな。
十一月の夕方は寒い。だっさいセーラー服にこれまたもっさいセーターを既婚でペダルを踏む。本音を言うとジャージを穿きたいが足出してると引き締まるって都市伝説があるから我慢して穿かない。
一通り買い物を済ませて家に帰ると晩飯の支度だ。とは言ってもやることは米炊いて蓮根焼いて味噌汁温めて他のおかず出して梨を剥くだけだ。
「体重70kgのサチウスさん今日のごはんは何ですか」
「たった今お前のおかずが一品減ったよ」
痩せたはずなのになあ。壊れた体重計を新調したらそうなってたんだよなあ。なんでだろうなあ、おかしいなあ。悲しいなあ。
「ごめんなさいちょっとからかうつもりだったんです猫缶は勘弁してください」
「じゃあ皿におかず取り分けて。米と味噌汁をよそるときにチンするから」
「はーい」
灰汁抜きしてある輪切りの蓮根をパックから皿に取り出して一度水で洗う。目分量で片栗粉を塗したら今度はフライパンで焼き色が付くまで焼く。これと茄子をニンニクと醤油で炒めたものはご飯が進むので重宝する。
一つ試食してみる。うむ。しゃくしゃくして美味い。後はかけるソース次第だろう。皿に乗せて念のためレンジで一分加熱して終わろう。さ、後は味噌汁をあっためかえして。
「サチウス、お客さんが来ちゃったみたい」
呼び鈴が鳴るより先にミトラスがそう告げる。次いで本当に玄関から電子音が聞こえた。彼は無言で自分の食器を片付けると慌てて猫に返信した。俺もコンロの火を切って来客者へと向かう。
誰だろう。こんな時間に電話も寄越さずに来るなんて飛び込み営業が犯罪の下見くらいだろう。或いは俺の知り合いが何か厄介事を抱えて来たか。
幾らも歩かないうちに玄関に着く。引き戸の向こうに人影が見える。
(やっぱり来ないほうがよかったかも)
不意にそんな声が聞こえた。心の声だ。聞き覚えがあった。懐かしくけど苦しくなるから嫌な音。
何年ぶりだろうか。
「はい。どちらさま」
そこには誰かに似た、中年の女性が立っていた。
「あの、ここって○○さんの御宅で合ってますよね」
「ええ。そうです。私が祥子です」
「あ、そ、そうですか。あの、○○さんのお孫さん」
はい、と頷いた。相手は言葉が出てこず、俺から話すことはない。俺は目の前の女性が誰かを知っている。もう九年になるのか。
――ママ。
俺の生みの親が何故かここに現れてしまった。




