・休憩
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最低限ネットには繋げるけど、うちには金が無い。親の離婚の際に慰謝料と、俺の養育費が折半になってることで、分かれたママからお金が来ることは勿論ないし、もう片方は前の家の分ならまだしも、祖母の家のことまで金を払いたくないと、ごく一部を除いて基本的には払ってくれない。
祖母の家はローンの返済が終わり、高校の学費も既に全額支払い済みで、一部現金も残しておいてくれた。
三年前は正直なところ、ほどほどの所で退学して、残りの現金食いつぶして死ぬか、くらいの心境だった。生憎と今は角も取れて一段落してしまったので、そんな気も起きない。
手持ちの現金が尽きたら、俺とミトラスは暮らしていけないので、俺が働くしかない。こんなことなら、パンドラを連れて来れば良かったなあ。
※パンドラ
前シリーズのキャラ。初登場は『魔物が祭りを開くには』から。元魔王軍四天王の一人。何でもアリのミミック。金銭面において無敵という、ある意味本当に無敵の存在。ちなみに出身はこの世界である。
「まあなんだ。今更だけど、学校行ってバイトもするとなると、お前と一緒にいられる時間は、かなり減ることになってしまうんだ。ごめんなミトラス」
そのバイトが決まった日曜の夜。俺は夕飯の席でミトラスにそう話した。場所は地元の喫茶店で、内容は接客業。
高校生で土日一杯出られるって言ったら、割りとすんなり通った。来週から忙しくなる。
それから今日の献立は、お麩の味噌汁と里芋の煮物に野菜炒めだ。煮物は多めに作ったから、明日も使い回せる。
これをやると、ミトラスの料理の自由を奪うことになるが、楽をするに越したことはない。肉か卵を使うべきだったか、些か物足りない。
「猫姿で学校に行くし、この家にはまだ読んでない漫画も小説もあるし、図書館にでも行けばいいよ」
「うーん、でも街の人に『学校はどうした』ってちょっかいかけられるぞ」
四六時中整形外科と図書館に入り浸っている粗大ごみ共が、親切のつもり以外の何物でもない声掛けをしてくることは、目に見えている。
何かカモフラージュが必要だ。日本人に化けるくらいはするだろうけど、学校に行ってないとか、最悪登録のない人間ということがバレたら大変だ。
流石に異世界人ということまでは、分からないだろうけど。最悪妖怪で通そう。こっちから来た妖怪も、向こうの世界にいたことだし。
「その時はその時さ。大丈夫、一緒にいられる時間を大事にすればいいだけだし。気に病むことないよ」
お茶碗片手に屈託のない笑顔を浮かべて、ミトラスが嬉しいことを言ってくれる。これだからこっちは堪らなくなるんだよな。
流石にここのところお疲れだからしないけど。いや、求められたらするけどね。合体。
「ありがとう。それじゃ後はどうするかだな」
「何が?」
「たぶん、南はまた来るんじゃないかなってさ」
ぶっちゃけると、仕事を辞めさせて貰えないんじゃないかってことだ。たぶん学校行くと、北先輩と一緒のとこに、どの面かを下げてくることだろう。
「もう誤解は解けたんでしょ、協力する必要もないんだし。彼女には彼女の仕事があるってだけなんだから、放っておけばいいじゃない」
「俺もそうしたいけどな。お前の言葉を借りると嫌な予感がしてる」
フラグと言い替えてもいい。現実にもあるフラグ。現在の仕事を辞めるフラグ。派遣の又貸し状態だから、どこまで整理すれば退職できるのか、皆目見当もつかない。大丈夫だろうか。
「流石に文明の利器で襲われると俺も敵わん」
「最悪の場合は洗脳して手籠めにしてしまおう。密偵や斥候にはそれが一番だ」
ミトラスがさらっと怖いことを言う。こいつは昔ゴーストを俺に取り憑かせようとしたり、犯罪者を魔物に変えたりと、殺さない範囲でけっこう嫌なことをしてくる。
とはいえ俺を召喚した際に、寿命の保障として不老不死にしてくれたり、お互いに合意の上で避妊の呪いをかけたりと、優しい所もあるんだけど。
優しいの一言で済ますことじゃないな。
あ、そうだ。
「手籠めで思い出したけどミトラス、大事な話があるんだ」
「何? 浮気はしてもいいけどたまには僕にも構ってね」
空気を切り替えようとして、飲んだ味噌汁を盛大に吹く。やばい、気管に入った。
「えふ、えっふ! ぜふ、ぜ」
「ああごめんサチウス! はい、台布巾」
零した味噌汁をふき取り、口元を拭い息を整える。危ないとこだった。いかん、考えることが完全に被っている。
「あーびっくりした。いや、あのな、俺もそれを言おうとは思ってたんだ。お前こそ、相手が俺だけだとそのうち飽きが来ると思うから、もしも、その、したかったら他の人としても……いや、こんなことこっちから言うことじゃないんだけども」
言ってて恥ずかしくなってくるが、これは大事なことだ。俺だって毎日枕の是非が是とは限らないし、あんまり繰り返しても良くない。
でもミトラスはお盛んな時期だし、それでレスになって関係が冷え込んでも嫌だ。
個人的には俺だけで満足して欲しいけど、現実的には難しいだろう。こういう性生活のあれこれも決めておかないと、後々不満として噴出するのだ。そのときはすればいいだけだと思うけど。
「あ、なんだ、同じこと考えてたのか、う、うんん、ま、そのうん、どうも、ありがとう」
「いや、こっちこそ、飯時にすることじゃなかったな。寝る前とか、そういうときに言うべきだった」
いかん、気まずい。完全に空気が凍り付いてしまった。黙々と進む箸。テレビはアニメ以外見ないから、このタイミングで点けるのもおかしい。
どうしよう。まさか二人揃って、お互いに浮気の許可を出し合う羽目になるなんて。気を遣い過ぎた。
「あの、さ」
「あ、なに」
両者共に目を合わせてないことは何となく分かる。その状態でミトラスはぽつりと呟いた。ちゃんと返事ができないけれど、彼はそのまま続けた。
「その、僕から聞くね。何で浮気していいって、思ったの」
「そりゃ、お前も男だし、そのうち俺以外の女ともしたくなるだろうなって考えたら、ダメとは言えないかなって、そう思ったから」
「どうして」
「だって、俺はミトラスとするの、嬉しいし、楽しいし、気持ちいけど。俺だけで我慢しろっていうのも、なんか違う気がしてさ」
我ながら何を言っているのだ。飯が冷めてきてるのに顔が超熱い。ちらりと相手の顔色を窺うと、同じように顔を赤くしながら、両手を膝の上に置いて、目を逸らしてるミトラスが見えた。
「お前は、どうなんなだよ。俺が浮気しても、いいのか」
「そりゃ、サチコが僕のだってのは変わらないけど。やっぱり、人間同士でしたくなることとか、あるんだろうなって思ったら、そこは、させてあげたほうがいいかなって」
「な、なんだよその言い種」
「あう、ご、ごめんよ……」
その微妙な上から目線と弱気な態度、せめてどっちかに揃えろよ。あんまりそこは嬉しくない。
「そこははっきりと、俺のことは誰にもやらないくらい言って欲しかったぞ」
「め、面目ない」
再びの静寂。気まずい。とても気まずい。黙ったまま夕飯を完食してしまった。後片付けをして、今度はミトラスが台所を使う。
要するに、だ。俺もこいつも『違う人と致したくなったら、それは許そう目を瞑ろう』ということなんだ。
別にお互いに気持ちが離れてるとか、そういうことじゃなくて、単なる可能性の話で、そのときどうするかのことを言ってるだけなんだ。
したくないとは言ってない。そうだ。そんなことは言ってない。となれば、話は早い。
「なあ」
「ねえ」
「あ、ど、どうぞ」
「お、あ、おう」
声が被さってしまった。先手も譲られたのでこうなったらもう言うしかない。
「あのさ」
「うん」
「今日、する?」
「……うん!」
良かった。何がとは言えないけど、とにかく良かった。これでこの空気を明日に持ち越さずに済みそうだ。
いそいそと明日のご飯の支度をする彼を手伝うと、俺たちは布団を整え、掃除の準備をしてから風呂へと向かった。
――そして。
シーツ洗うのも、交代制にしたほうが良さそうだなと、終わってから俺は思ったのだった。
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